206.ドヴェルグ連合②
「……グゥ!」
カレルの上で読書をしていた俺にシラノの声が聞こえてきた。
読んでいる本に栞を挟んでアイテムボックスにしまい、シラノの声がした左側へ視線を向ける。
視線の先ではシラノが足を止めており、何かと対峙しているのが見えた。
俺はアーツ「精神感応」を使用してカレルに止まるよう指示し、体内空間にいる従魔達に出てきてもらう。
指示を出し終えた俺もスキル「使徒化」を使用して、臨戦態勢を整えながらカレルの上からゆったりと地上に降り立つ。
立ち止まっているシラノに近づいていくと、対峙していたのがプレイヤーである事がわかった。
位置的に立ちふさがったというよりは、シラノに声をかけたようだ。その様子に、“またか”とため息が出る。
この旅を始めてから度々、このように他のプレイヤーから話しかけられるようになった。
カレルもしくはシラノという珍しい従魔が人を引き付けるのだろう。
相手は予想通りフェンリル(シラノ)と巨大サンショウウオ(カレル)について聞いてきた。
俺はテイマー御用達の掲示板を紹介しつつ、手に入れた経緯が偶然だった事を説明する。
プレイヤーは俺の話を聞いて少し思案した後、騎乗できる従魔を譲ってくれないか聞いてきた。
……プレイヤーの視線はフェンリルであるシラノに向いている。
従魔の譲渡は「調教術」スキルが高いプレイヤーなら行う事ができる。
こうしたプレイヤー間での譲渡は普通にあるらしく、現実世界のブリーダーみたいなプレイングをしているプレイヤーもいるとか。
俺が従魔を譲るつもりは無い事を伝えると、プレイヤーは残念そうな表情をしながらも納得したように離れていった。
テイマーのスタンスとして、従魔を大事にするタイプのプレイヤーは多い。変にごねてトラブルの原因になるのは面倒だと考えたのだろう。
俺は相手の反応に安堵し胸を撫でおろしつつ、ソワソワしているシラノを宥める。
目立つのは分かっていたので、多少呼び止められるくらいは覚悟していた。
しかし、俺の予想を超えてプレイヤーの接触が多い。
もう少し人通りの少ない経路を通る事も考えたが、あまり人里を離れたコースを通ると遠回りになる。
そのうえモンスターとの遭遇率も増えるので、消耗も増えてしまう。
シラノを宥め終えた俺は、カレルの背へ戻る。
どうするか考えるにしても、安全地帯で休憩した時だろう。
従魔達をカレルの体内空間に撤収させて再び目的地に向けて移動を再開した。
近くの村までやって来た俺は、厩の傍にカレルを停止させる。
大きな都市ならともかく、小さな村程度の厩では中で待機する事ができない。そういった場合は、村の外壁周りで待機させる形になる。
当然だがセーフティエリアではないので、野良のモンスターに攻撃される可能性はある。
まぁ、人が生活している近くなので、滅多に起こることではないそうだが……。
念の為にヌエとハーメルも外で待機してもらう。逆にシラノは目立つので、カレルの体内空間で待機だ。
ジェイミーとグリモを引き連れ? 総合ギルドの支部に向かい、旅の途中で手に入れた素材を売却する。
支部と言っても出張所としてこじんまりとした小屋があるだけだ。
カウンター1つに職員が二人。掲示板に貼られたクエストも数枚程度の規模である。
それとなくクエストの貼ってあるエリアを確認してみたが、あまり気になるクエストは無かったので、そのまま支部を後にした。
総合ギルドを後にした俺は、道なりに露店を見て回る事にする。
現在ドヴェルグ連合国はプレイヤーが多く集まる国である為、大きくない村でも住人の露店に交じりプレイヤーが開いている店があった。
こういった村では、プレイヤーメイドの消耗品の方が品質も良く安い。
ただ戦闘で使うような消耗品は使っていないので、食品類だけ補充しておく。
ある程度、実用的なアイテムを補給した後は住人の開く露店を冷かしに向かう。
住人の店を確認するのは、珍しい書物を探すためだ。
書籍に限らず、珍しい物があれば購入していきたいと思う。
今はアールヴ皇国のワールドクエストのおかげで、資金は潤沢にあるからだ。
シラノとベルジュをテイムする時に資金調達を心配していた頃を考えると、感慨深い。
本をメインとした露店は無さそうだったので、雑貨屋のような店を中心に物色していく。
時々、本を見つける事はあるもののスキルの教本や魔物図鑑、ドヴェルグ連合に近い為か鉱石についての本が多い。
その辺りの本はアールヴ皇国の司書ギルドから大量に貰っているので、すでに持っているものばかりだ。
俺は本については諦めつつも、露店の物色を続ける。
そうしているうちに、青い頭巾をかぶったお婆ちゃんの開いている雑貨屋に辿り着いた。
ここには本らしきものは無かったものの、気になるものが目に入った。
見た目は赤い水晶だ。特に加工されることも無く、発掘したままの状態だと思われる。
しかし、その水晶は光に照らされてもいないのに、淡く煌めいていた。その煌めきは揺らめく炎を思わせる。
俺がお婆さんに赤い水晶について尋ねると、予想通り赤い水晶は火系の力を宿した精霊石だという。
値段を聞いてみると、かなり高い値段だった。お婆さんが言うには相当良心的な値段だという。
……値段が高い理由はプレイヤーが絡んでいるそうだ。
精霊石は装備品に追加効果を施すのに必要らしく、プレイヤーが高値で購入していくらしい。
大きい商会では仕入れた先から売れていく状況が続いているという。
……そういえば、イトスやノブナガさんにアールヴヘイムの素材を渡した時、月光石を買い取りたいと言われたな。
かなりの高値だったのでそれぞれ2、3個ずつ売ったが、赤い水晶の値段を見るに、もう少し吹っ掛けられたかもしれない。
まぁ、良くしてもらっているのでお友達価格だったとしておこう。
少し悩んだが、水晶を購入する事にした。
精霊石はフォローオラズの素材として優秀だ。しかし、それぞれ特有の属性を持っており、付与するエンチャントには気を付けなければならない。
俺が多く持っている月光石は光・闇・空間の適性が高いが、それ以外は微妙だ。
火系限定かも知れないが、エンチャントの選択肢が増えるのはありがたい。
早速アートに加工の依頼を出しておこう。
代金を払いつつ、赤い水晶を受け取る。
所有権が移った事で、アイテムの詳細が見られるようになった。
お婆さんの説明通り、火屋水晶という火属性の精霊石だ。
水晶の確認を終えた俺は礼を言うためにお婆さんに向き直ると、笑顔でこちらを見ていた。
俺が首を傾げると、お婆さんはケラケラと笑う。露店の雑貨屋は値切るのが普通だと。
もっと言えば、この水晶は鍛冶場で発生する精霊石の為、その事を知っていればさらに値切るものだよと。
お婆さんはひとしきり笑った後、声を小さくして話始めた。
精霊石が欲しいなら、この町の傍にある廃坑に行ってみるといいらしい。
稀に闇属性や水属性の精霊石が見つかる事があるそうだ。
お婆さんが小声で話してくれた事から、その廃坑で精霊石がとれるのはあまり広まってないようだ。
それなら、一度くらい見に行ってみるのもいいかもしれない。
お婆さんは俺が行く気になっているのを察したのか、ツルハシ等の採掘道具を勧めてくる。
俺は苦笑しつつ、採掘道具の値切り交渉を始めた。




