202.シークレットクエスト 試練
今回のクエストはエルフ語とは違う方法で翻訳を進める。
というのもエルフ語は翻訳する前からエルフ語と共通語両方が使われた資料があった為、予測を立てやすかった。
今回はそういった資料が無いようで、文字とも文章とも見えぬシミのようなものを『言語』スキルの結果のみで翻訳していかなければならない。
同じように進めるのは不可能である。
前回は翻訳に役立つ資料が多かった為、目的とは関係ない本から調べた。
今回は目的そのものである転生の書の内容を『言語』スキルでわかる範囲で書き出していく。
シミごとに出て来た文章をページごとに区分する。
作業していて気づいたが、以前よりも『言語』スキルのレベルが高い為、ある程度読める文章を認識できた。
そのおかげか前後の文章でニュアンスを補完する事で、内容をある程度推測する事ができる。
……というよりは、読める部分を意図的に操作されているような印象を受けた。
そうでなければ言語スキルがあってなお、文章のニュアンスすら理解できなかっただろう。
神が使う言語という事なので、深く考えないようにする。
……………………。
ゲーム内で十日ほどかけてある程度内容を理解できるようになったが、クエストクリアにはなっていない。
理由は分かっており、エルフ語の時も苦戦した固有名詞や独特な言い回し部分の理解が足りないか解釈違いを起こしているのだろう。
そこで、わからない固有名詞と言い回しを抜き出し確認作業をする事にした。
転生の書で気になる部分を抜き出し、『読書』スキルのアーツ『メモ』にコピーする。
そして、『メモ』に写した文字を元にウィスエルが用意した本棚から似たような内容と思われる本を取り出していく。
後は最初のシークレットクエスト同様、照らし合わせて分からない部分を補完していった。
≪司書のレベルが上がりました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「言語」がレベルアップしました。≫
≪司書のレベルが上がりました。≫
≪習得度が一定に達したため、スキル「神聖知識」を習得しました。≫
≪『○○知識』スキルを10種類習得しました。称号「博識」を取得しました≫
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十日でほとんど解読できた時は、本当に1ヶ月も必要かと疑問を持った。
しかし、固有名詞を探す段階になってウィスエルが1ヶ月かかると言った意味が分かってくる。
エルフ語は文字や文法に分かりやすい法則がいくつかあったので、照らし合わせる事でわからない部分を見つける事ができた。
しかし、一見シミのようなこの文字、文章から法則を読み解く事は想像以上に困難である。
例えばシミの大きさについてだが、基本的には文字数 イコール シミの大きさである。
だが、この文字数というのが曲者で漢字・ひらがな・カタカナひいては数字・記号によってシミの大きさに与える影響が違う。
おそらくだが、文章量に文字それぞれの比率を掛け算してシミの大きさが決定されているようだ。
これについては、同じ言語の書物を調べていく事で気づく事ができた。
正直、これ以上の法則を見つける事は難しいと思う。
シミの違いは色の濃淡や波紋の広がり方など多岐にわたる。
しかし、それらから法則を見つけ出し、『言語』スキルで浮かび上がる文章と照らし合わせる事ができない。
今読める資料では法則の解析など不可能なのだ。
置いてある書物に偏りがあるので法則云々などというところまで辿り着けない。
参考資料を繋ぎ合わせて、ようやくいくつかの固有名詞が特定できた程度である。
それさえも意図して特定しやすいところを読めるようにしてあるからできた事だ。
……エルフ語は比較にならない程、平易だったという事を思い知る。
現実世界の翻訳家たちには頭が下がるばかりだ。
退屈では無いが、密室で根気のいる作業を続けていると流石に気が滅入る。
集中力の切れた俺は一度資料から視線を上げて、辺りを見渡す
テーブルの反対側には相変わらず、ウィスエルが優雅にティーカップを傾けている。
時折、どこから持ってきたかわからない本を読んでいたりもするが、基本的には移動していない。
以前気になって聞いてみたのだが、試練について不明な点があった場合の質問を聞くために待機しているという。
流石に固有名詞については教えてくれなかったが、世間話は多少してくれた。
例えば、このクエストの発生条件に付いて。
もし、ワールドクエストを経験したうえであのシミのような文字を『言語』スキルで翻訳する事が
条件であれば、司書以外がこのクエストを発生させる事は難しい。
それでは‟使命を果たしている者への報酬”というこのクエストの趣旨とは反しているように思う。
俺がふと湧いてきた質問を投げかけると、ウィスエルは快く返答してくれた。
詳細は言えないそうだが、それぞれの種族、職業、ひいてはスキルに対応した発生条件があり、条件を満たせば誰にでも発生するらしい。
報酬もこれまでのアバンデント内での行動に応じた物になるのだとか。
他にどんな報酬があったのか聞いてみたが、他のプレイヤーの不利益になるとの事で教えてもらえなかった。
他にもいろいろ話しかけたのだが、ウィスエルはこの試練を攻略するヒントになるような事はもちろん、ゲームの攻略に関わるような事も話せないようなので、本当に些細な事しか会話できなかった。
それでも行き詰った時の気分転換にはなったので感謝している。
そうして時々気分転換しながら、さらに二十日ほど経過した頃。
≪司書のレベルが上がりました。≫
≪特殊転生クエスト 神の祝福 のクリア条件を満たしました。
案内人 ウィスエル に話しかけてください。≫
アナウンスを聞いた俺は本から顔を上げて、ウィスエルに声をかける。
「ウィスエルさん」
「ん? どうかしたかい?」
「あの……。条件を満たしたようなのですが」
それを聞いたウィスエルは何かの資料と思わしき紙束をテーブルに置いて立ち上がる。
「そうか。なら、主へ報告する必要があるね。君はまとめた資料を持って私についてきてほしい」
「わ、わかりました」
俺は促されるままに立ち上がり、すでに歩き始めているウィスエルの後に続く。
純白の本棚の間を進みながら、ウィスエルが話しかけてくる。
「君の持っている資料を我が主に報告する事で、試練は達成され君の存在は昇華……上位種族に転生する事だろう」
「えっ。創造神……様に会えるんですか?」
俺の質問にウィスエル立ち止まり、少し考えこむような仕草をする。
「会う、というには……ふーむ。表現が難しいな。あるがままを受け入れてほしい」
「……はい?」
ウィスエルは不穏すぎる返答をしたかと思うと、再び歩き出した。
俺は言い知れぬ不安に駆られながらも、ただ黙々とウィスエルの後をついていく。
しばらくしてウィスエルが立ち止まったので、俺も遅れて立ち止まる。
進行方向に目を向けてみると、一見純白の壁があるだけの様に見えた。
どうやら姿見程の大きさがある長方形の形をした碑のようだ。
ウィスエルはその碑に向かって、いつかの光の人型がしたような祈りを捧げるような姿勢を取る。
「○△※Σ◇○ωΩ△」
ウィスエルが何かつぶやいたかと思うと、急に全身が重くなったような感覚を覚えた。
それと同時に目の前の碑が仄かに輝きだす。
ウィスエルは祈りの姿勢を崩して立ち上がり、此方に振り返った。
「君が旅を続けるのならまた会う事もあるだろう。楽しみに待っているよ」
「そ、それはどういう」
俺が言葉を言い切るよりも先に、景色が一変する。
どうやら、どこかに転移したようだ。
辺りを確認したいところだが、正面からとてつもないプレッシャーを感じる。
プレッシャーを感じる方に視線を向けるが何があるかわからない。
暗いわけでは無い。眩しいわけでもない。何かに視線を遮られているわけでもない。
何かある事は分かるのに、見る事ができないなんとも不思議な感覚だ。
VRはこんなことができるのかと、感傷に浸っていると正面にいる存在が動いたように感じた。
「※※△Σ/Ω」
≪特殊転生クエスト 神の祝福 を完了しました。
プレイヤー ウイングの種族が「人族」から「人族【天使】」になりました。
称号 知天の司書 の称号を獲得しました。
ステータスをご確認ください。≫
何が起こったかわからないまま、シークレットクエストはクリアとなった。




