183.報酬の話
アングロドさんは俺の質問を受けて、皇太子に視線を向ける。
「時にスーリオン。彼らへの報酬はすでに決まっているのかな?」
「……いえ。今回の儀式の結果をもって報酬を決定する予定でした」
皇太子の返答を受け、アングロドさんは会議にいる全員を見渡すように視線を滑らせる。
「質問の最中ではあるが、先に報酬の話をした方が良いかもしれん。他のプレイヤーの方々もハイエルフになりたい。ここには何があるか、採取は許可されるのかという事が気になっているようですからね」
「いえ、それは……」
皇太子が何か言おうとすると、アングロドさんに手で制される。
「皇国として用意するというのだろう? しかし、先程のやり取りから見るに、プレイヤーの方々は我々ハイエルフが提供できる物を欲しているようだ。それに……」
アングロドさんは続ける。
アールヴヘイム側としても、儀式の復活に対して報奨を与えたい。
それにクーデターが紛争にまで発展してしまっているなら、アールヴ皇国はかなり疲弊しているはず。
彼らの活躍に見合った報酬を皇国だけで用意するのは難しいだろうと。
アングロドさんの意見に皇太子は閉口する。
どの意見も正論であり、皇太子としても内心報酬に苦悩していたのかもしれない。
「アールヴ皇国とアールヴヘイムの話し合いはまだまだ続くだろう。紛争真っ只中ならいざ知らず、これ以上功績を彼らに集中させるのも問題になるはずだ。ここからの依頼は他の者たちにも割り振った方がいい」
この意見が決め手となり、皇太子が折れた。
他のプレイヤーもアングロドさんの提案に賛成のようで、反対意見はほとんど出てこない。
アングロドさんの案は採用され、この場で報酬の話に移ることになった。
……話の流れに作為的なものを感じる。もしかしたら、どこかでこういう話をするつもりだったのかもしれない。
皇太子はひとまず、今回協力してくれていたプレイヤーに共通で渡そうとしていた報酬を提示してきた。
1.名誉士官認定 (俺の場合は名誉文官となるらしい)
2.現金 (金額は各々の貢献度で変動)
3.土地の譲渡 (場所は要相談)
以上3つだそうだ。
名誉士官認定は、簡単に言えば皇宮へ無期限入宮許可だ。
許可証のような一時的なものではなく、恒久的に皇宮への出入りが自由にできるようになるようだ。
一応、わかりやすいように勲章も送られるとの事。
土地については、紛争から逃れるように皇都から退去した住人達の土地を俺達にくれるという。
勿論、元の住人が所有権を放棄した場所に限られるが、報酬の現金を減らす事でより良い場所を選択できるようにするらしい。
その辺りは皇国の文官達が資料にまとめているそうなので、帰還後にプレイヤー間で相談してほしいそうだ。
かなりの大盤振る舞いのように聞こえるが、皇太子としてはこれでも足りないと思っているようだ。
これに加えて、湖の向こう側の調査次第で報酬が変化する事になっていたらしい。
アングロドさんは皇太子の話を聞いてしばらく考える素振りをした後、アールヴヘイム側で用意できる報酬を提示した。
1.アールヴ皇国とアールヴヘイム間の優先的な渡航権及びアールヴヘイムでの滞在権
2.アールヴヘイムで入手できる素材の採取許可
の2つを提案された。
1つ目は皇太子が多少難色を示したが、ハイエルフからの提案という事でOKとの事。
ただし、滞在している間に発生するトラブルはプレイヤー個々の責任となる。
2つ目についてはハイエルフに確認を取りながらになるが、アールヴヘイムでの採取する許可を出すという。
これ以外にも、個々にほしいものを上げてもらえれば相談に乗るとの事。
特にエルフのプレイヤーには、ハイエルフになる為の試練を受ける権利を確約するという。
それを聞いた他のプレイヤーからは歓声が上がる。
他のプレイヤーが報酬に思いを馳せている中、アングロドさんは俺に向き直る。
「さて……先程の質問への返答だが、この後フェンリル達が起き上がる時間になる。その時に面会して付いていっても良いというフェンリルがいれば、連れて行ってもらって構わない。1……、2匹までなら問題ないだろう。私としては大切にしてくれるなら何匹でも構わないと思うが、1人のテイマーが神獣を沢山従魔とするのは問題になるからな」
「それは…………いいんですか?」
俺の疑問にアングロドさんは大きく頷いた。
先ほど説明を聞いた通り、アールヴヘイムは増えすぎたフェンリルに頭を抱えている状態だという。
無理やり連れていくならともかく、自ら進んで付いて行くなら問題ないとの事。
「先程まで獣人との話し合いにも顔を出していたが、フェンリルのテイムに対して無条件とはいかないが禁止にはしない予定だ。そのテストケースと思ってくれればいい。先程までの獣人達と話し合いでも君が望めば試してもいいという話になっている」
アングロドさんは言う。
かつて神獣をアールヴヘイムに移住させた獣人達は、フェンリルの増加に応じてその信仰の仕方を変化させていった。
神獣は守護するべき象徴では無く、共に歩む同胞へと。
フェンリルが望めば森に帰したり、他の種族のテイマーと共に歩む事も認めていたらしい。
これは伝統の復活であり、不義理でも信仰への冒涜でもない。フェンリルの為でもあるし、選び放題なのは大きく貢献した者の特権とでも思ってほしいと。
まぁ、たとえ複数のフェンリルをテイムできる状態になっても、俺のキャパシティに限界がある。
それにアングロドさんの言い方的に、手放した時のペナルティがありそうだ。
養うのが難しそうなら、無理に2匹テイムする事もないだろう。
そこからしばらくパーティー単位で報酬についての話し合いが行われる。
それぞれのパーティーに1人ハイエルフが付き、報酬についての相談に乗ってくれるという。
俺には、先程アールヴヘイムの書物事情を熱く語ってくれたハイエルフが相談役についてもらった。
皇太子達が神聖視していた為に高貴な印象を持っていたが、こうして話してみると親しみやすい人達である。
一方的にハイエルフを特別視しているのはこちら側なので、イメージと食い違うのは仕方ないのかもしれない。
俺もハイエルフと皇太子に相談しながら、自分がもらう報酬を決めていく。
今回は司書ギルドからも報酬があるので、金銭を減らしてでもアールヴヘイムでもらえる物を多くもらう。
そうして、決まった追加報酬は以下のとおりである。
・フェンリルのテイム交渉権
・ユグドラシルの書籍
1つ目は先程相談したフェンリルとの面談する権利。
2つ目は他者への譲渡や貸し出しを禁止する事を条件に、アールヴヘイムにある写本を二百冊以上。
正直、皇太子から却下されるものと思っていたが普通に許可が下りた。
勿論譲渡できないものもあったが、ユグドラシルの常識的な事が書かれた物については良いとの事。
俺の相談に乗ってくれたハイエルフ……アムロドさんは自分の小説を読んだ時は、ぜひとも感想が欲しいと笑っていた。
相談を終えた俺は、他のパーティーの様子を確認する。
一人で報酬を決められる俺と違い、他のパーティーは相談に時間がかかっているようだ。
さてどうするかと考えていると、遠くの方から狼の遠吠えが聞こえてくる。
俺は相談役だったアムロドさんと顔を見合わせた。
「どうやらフェンリル達が起き始めたようだね。ウイング殿は既に報酬の相談を終えているから先に面会を始めてもいいかもしれない。……フェアラス! ウイング殿をフェンリルたちの元へ案内しなさい」
俺の相談役だったアムロドさんは待機していたフェアラスさんに、俺の案内を指示する。
俺は従魔を引き連れてフェアラスさんと共に集会場を後にした。




