181.アールヴヘイム
「ユグドラシルは別名“世界樹”と言われる通り、大きな1本の樹です。ただし、大樹そのものが一つの世界でもあるのです。私達“光の民”と言われているハイエルフもユグドラシルに暮らす一種族でしかありません」
そこからの話は壮大の一言だった。
俺達が苦心してやってきたこの場所はユグドラシルという世界の中にある階層の一つであるという事。名はアールヴヘイム。
アールヴヘイムは昼夜という概念が無く、太陽の代わりに満月が欠けること無く世界樹の葉を照らす。
ハイエルフ達はアールヴヘイムの中心にそびえる世界樹の枝を中心に集落を形成している。
ユグドラシルにはアールヴヘイムと同じような階層が計9つ存在している。
それぞれの階層は世界樹を経由して行き来する事ができるらしい。詳しい原理については“神”の領分という事で調べられた事は無いという。
フェアラスさんの話から、このアールヴヘイムないしユグドラシルはかなり原典の北欧神話を意識している。
ただ、獣人から受け入れた神獣の件もあるので、全てがそのままという事もないようだ。
しばらくしてフェアラスさんの足取りが遅くなる。
フェアラスさんの話に圧倒されて気づかなかったが、いつの間にか集落の傍まで来ていたようで、前方から喧騒が聞こえてきた。
俺はフェアラスさんの説明に耳を傾けながらも、周りの様子を確認する。
集落の大きさはアールヴ皇国の皇都ルナより一回り大きいくらいだろうか。
集落の周り、厳密には世界樹の枝が広がる範囲には他の樹木は生えていない。先程湖の底で見た白い丸石が一面に敷き詰められている。
集落の建物は木造の平屋建てが多く、この辺りは皇都ルナに似ている。
ただし、使われている木材は白い。塗装しているのではなく、シラカバのような元々白を基調とした木材が使用されているようだ。
俺達はフェアラスさんに連れられるまま、集落の中央へと案内される。
集落の中心には、皇都ルナ同様一際大きな建物があった。
進行方向的に先程話していた集会所だろう。
集会所と思われる建物はギリシャにある神殿を思わせる様相で鎮座していた。
使われている石材は白を基調としているが、世界樹から降り注ぐ光の揺らめきで、七色に輝いている。
その様は、集会所と言われなければわからない程神々しい。
フェアラスさんは神殿のような建物の前で立ち止まると、俺達に向き直り口を開く。
「こちらが集会所になります。既に長老方が待機されていますので、このまま面談になります。もちろん従魔達も入室できます。ただ、そちらの大きな従魔については最後に入ってきてください」
俺は謁見の時と違い、待機する事もなくいきなり面会になる事に少し驚く。
他のプレイヤー達も予想外の事態に動揺が広がる。
フェアラスさんはそんな様子を気にする事無く、集会所の階段を上っていく。
皇太子がそれに続くのを見て、プレイヤー達も慌てて追従する。
俺達はフェアラスさんに言われた事もあり、最後尾で集会所に向かう。
カレルも階段に苦戦しながらも集会所へと入る事ができた。
建物は集会所と言われる通り大きなホールになっていた。
天井の中央部分は円くくり抜かれており、その先には屋根も無く世界樹の枝から降り注ぐ光が室内を明るく照らしている。
壁は外壁と同じ石材で作られているものの、何か手が加えられているのか、明かりに照らされていても七色に反射している様子は無い。
ホールの奥には円いテーブルがあり、それを大体30席程の椅子が囲むように置かれていた。
そして、テーブルを挟んで向かい側。11の椅子にハイエルフと思われる人々が座っている。
俺達はフェアラスさんと皇太子の指示で椅子に座っていく。
ただし、明らかにプレイヤーは座り切れないので、パーティーの代表者が円卓の椅子に腰を下ろす。
その他のプレイヤーは、それぞれの代表者の後ろで待機する形となった。
もちろん俺の後ろには従魔達が待機している。
全員の準備が整ったところで、皇太子が立ち上がった。
「光の民の皆さま。この度、失伝した儀式の復活に貢献した外部協力者の方々をお連れしました。先程の話し合いで直接話を聞きたいとの事でしたので、こうして会談の機会を設けさせていただきました」
皇太子はハイエルフ達に向けて頭を下げた。
それに対応するように、ハイエルフ達の中心に座っていた人物が立ち上がる。
「皆さん。今回は我々の我がままを聞いてくれてありがとう。私はこのアールヴヘイムでまとめ役をしているアングロドだ。別に偉いわけでもない。楽にしてくれていいよ。今回の事、本当に感謝している。そこにいるスーリオンから事のあらましは聞いているが、当事者である君達からも話を聞きたいと思う。それと、突然の事で全員分の席を用意できなかった事を謝罪する」
フェアラスさんの時も思ったが、予想よりフランクな話し方に驚く。
フェアラスさんはここで待機しているハイエルフを長老方と言っていた。ならば、皇太子の言っていた儀式をやめた当時を知るハイエルフである可能性が高い。
それだけの永い時を生きたというものならば、厳格もしくは無感情な話し方をすると思っていた。
俺達に気を使って砕けた話し方をしている可能性もあるが、無理をしてフランクに話しているようにも見えない。
前置きが終わり、皇太子はそれぞれのパーティーに依頼した内容、実際の成果についての資料を読み上げる。
その内容には俺がアールヴ皇国に来る前の事が多く含まれていた。
治安維持だったり、過激派の動向の調査だったりと多岐にわたる貢献をしていたようだ。
改めて聞くと、他のプレイヤーが今回のワールドクエストにどれだけの時間をかけていたかがわかる。
謁見の際の微妙な反応も納得だ。
ハイエルフの人々は1パーティーの活動報告が終わる度に、いくつかの質問を投げかける。
皇太子が返答する事もあるが、少し突っ込んだ質問が飛んでくるとパーティーの代表が返答した。他のプレイヤー達は少しでも報酬を上げる為か、かなり細かいところまで説明している。
そして、パーティー紹介最後である俺達の番がやってきた。
俺が司書ギルドで依頼を受けたところから始まり、囮として活躍? し、エルフ語の翻訳・古の盟約と儀式の復活に貢献した事が皇太子の口から伝えられる。
ハイエルフ達は他のプレイヤーと全く違う活動報告が興味を引いたのか、次々と質問を投げかける。
俺の立ち位置が特殊であった為か、直接俺が説明する事柄が多い。
ただ、ハイエルフの一人が司書ギルドに興味があるのか、今回の件と関係のないところまで質問が及んだ。
その辺りの質問は時間がないという事で、アングロドさんが止めた。
俺への質問が終わった辺りを見計らいアングロドさんが立ち上がる。
立ち上がったアングロドさんは他のハイエルフ達に目配せをした後、口を開く。
「皆さんの話を聞いて、先に来ていた子孫の者達の説明を補完できました。この度は我々の子孫に協力していただき本当にありがとうございます。ここからは我々が皆さんの質問に答えていきたいと思います」




