180.湖の先で
プレイヤー達に声をかけた皇太子は、数人の文官に指示を出す。
指示を受けた文官達は足早に満月の扉から出ていく。
「協力者の皆は、それぞれどのような貢献をしたか質問される可能性が高い。こちらでも資料を用意するが、自分で答えられるようにしてもらいたい。先程の文官達が資料を用意出来次第、第二陣として私とともに来てもらう。従魔を引き連れている者は共に連れてきてもいいとの事だ」
また、俺が悪目立ちしそうだな。
従魔を引き連れているのは俺だけだし、報告内容も他のパーティーと大分違う。
……まぁ、今さら気にしても仕方ないか。
俺が頭の中で報告内容を考えている間に第二陣の準備が整ったようで、プレイヤー全員に招集がかかった。
俺も従魔達を引き連れ集団の後方に陣取る。
プレイヤー達は緊張しているのか、騒いでつまみ出される事を恐れてか一切の私語が無い。
皆が整列した事を確認した皇太子は、踵を返すと再び湖の中へ入っていった。
確実に向こう側があるとわかっているからか、第二陣のメンバーは躊躇する事無く水中へと消えていく。
皇太子のお供、他のプレイヤーに続いて俺達も湖の中へ足を進める。
湖に浸かった足から水の冷たさは伝わってくるものの、濡れたような感覚は無い。
一度足を持ち上げると水に入ったのが嘘のように乾いていた。
これならそのままグリモを持っていく事ができるだろう。
再び歩を進めると、入水した部分から防水性の布に覆われていくような感触を覚える。
濡れていないという実感はあるのに、水に触れた感触があった。
「(*’ω’*)」
グリモもページが湿らない事にご満悦である。
なんとも表現しがたい感覚に包まれながら、俺達は湖の中を進む。
歩いていて分かったが、湖の中に人工物は見当たらない。
湖の中を進む関係上、階段くらいありそうなものだが、神聖視している湖に手を加えるような事は無かったようだ。
ただ、今までに何度も儀式が行われた為か、湖の底が踏み固められており、歩き辛いという事は無い。
エラゼムも問題なく湖の底を歩いている。
カレルとジェイミーは元々水棲なので、湖の中をゆっくりと泳いでいた。
俺が頭まで湖に浸かった頃には、俺の前にいたはずのプレイヤー達の背中は見えず、どこまでも澄み渡った水中の光景が広がっていた。
いよいよ俺達も“湖の先”へと向かう。
僅かに緊張が増しながらも一歩を踏み出した瞬間、視界が真っ白に染まる。
眩しさは感じなかったが、思わず目の前に手を翳す。
すると、肌に感じていた水の感触が変わっていくような感覚を覚える。
なんといえばいいか、淡水から海水? に変わったようなそんな感覚だ。
恐る恐る、手を下ろすと先程姿を消したプレイヤー達の背中が確認できた。
どうやら問題なく“湖の先”にたどり着いたようだ。
俺がその背中を追うように一歩を踏み出すと、足の感触に違和感を覚える。
足元へと視線を向ければその正体がわかった。
先程までいた湖の底は普通の砂利が広がっていたが、ここの湖は白を基調とした美しい丸石が敷き詰められている。
足元の丸石は、以前アートからもらったカボションカットされている月長石に似ていた。
気になったものの、遅れるわけにもいかないので一団の後を追いかける。
向こう側の湖? は皇宮内の湖と同じぐらいの深さの様で、あちらで沈んでいくのと同じくらいの時間で浮上する事ができた。
浮上した先で、真っ先に視界に捉えたのは木々であった。
皇宮のように湖を囲むように建物があるわけでは無く、周りを木々で覆われているようだ。
ようだとなってしまうのは、儀式の最初に立ち込めた霧と同じくらいの霧が立ち込めているからだ。
辺りを照らす“満月”の光が、辛うじて霧の中に木々の陰影を映し出している。
俺の前を歩いているプレイヤーは、立ち止まることなく前進していく。
どうやら、ここで全員の到着を確認するような事は無いらしい。
確かに、ここで確認するのは不向きだろう。
俺は岸辺に上陸していたジェイミーをリュックサックに戻すと、急いで他のプレイヤーを追いかけた。
しばらく進んでいくと、前を進むプレイヤー達の声が聞こえてくる。
どうしたのかと思ってると、急に霧が晴れた。
薄くなっていくのではなく、ある点を境に急激に霧が無くなっている。
そうして開けた視界には、息を飲む光景が広がっていた。
真っ先に俺の興味を引いたのは、遠くに見える1本の大樹だ。
空に浮かぶ満月に届くのでは無いかと思えるほど背が高く、枝は俺達のいるところまで届かんばかりに広がっている。
枝には青々とした葉が茂り、薄っすらと発光しているようにも見えた。
その為か木陰になっているはずのところに影ができていない。
絵を描いた時に影を書き忘れたかのような光景が眼前に広がっていた。
ある意味、幻想的である。
そして、銀色の毛で覆われた巨体が幾つか視認できた。
四つ足である事は分かるが、遠すぎて全容を確認する事は出来ない。
あれが、獣人達が信奉していた神獣だろうか?
俺が目の前の光景に心奪われている間にカレル達も濃霧を抜けてきたようで、いつの間にか俺の隣で待機していた。
それを確認したと思われる皇太子が、浮き足立つプレイヤー達に声をかける。
「ここからが“光の民”の暮らすエリアになる。祖先達は普通に生活しているので、緊張する必要は無いそうだ。多少の私語は許すが、大きな声で騒がないように!」
「まぁまぁ。そこまで硬くならず、楽にしてください」
皇太子の声に続いて、聞いた事のない声が聞こえてくる。
声のした方へと視線を向けると、見慣れないエルフと思われる女性がいた。
緩やかにウェーブした金髪と長い耳、彫刻と見紛うばかりの美貌にスレンダーなスタイルは俺達プレイヤーのイメージするエルフそのものである。
背は俺と同じくらいで、上半身は皇太子が着ている法衣に似ている服を着ていた。
ただし、足元は動きやすそうな茶色のズボンを履いている。
その女性は余裕を感じさせる所作で俺達に語り掛けてきた。
「初めましてプレイヤーの皆さん。第二陣の方々を案内させていただきます。私の名はフェアラス。皆さんの言うところの“光の民”もしくは“ハイエルフ”と言われる種族になります。いろいろ気になる事はあると思いますが、ひとまず中央集会所に来ていただきます」
他のプレイヤー達は自分たちの目標であるハイエルフが登場した事に浮き足立ちながらも、フェアラスさんの指示に従い移動を開始する。
移動の最中、フェアラスさんはこの場所について簡単に説明してくれた。
この世界の名は“ユグドラシル”というらしい。それを聞いた多くのプレイヤーが首を傾げた。
ユグドラシルと言えば、世界樹と言われているように巨大な樹を連想するだろう。
それこそ俺達が向かっている大樹が世界樹と言われた方が納得できる。
「あそこに見える大樹は違うのか?」
流石というべきか、ボスがストレートに質問をぶつけた。
全員が固唾を飲んで見守る中、フェアラスさんは何てことないように返答する。
「ああ、確かにあそこに見えるのもユグドラシルと言えます。ユグドラシルは世界そのものが1本の大樹であり、あそこに見えるのはその枝という事になります」




