178.儀式へ
いよいよ儀式を行う日が目前に迫った。
俺がアールヴ皇国に来てからそろそろ3ヶ月が経とうとしている。
皇都ルナは俺が来た時に負けず劣らず、物々しい雰囲気に包まれていた。
後から来たプレイヤー達は儀式の情報は入手しているようだが、ここから関わる事が難しい事は分かっているようでワールドクエストのクリアを待っている状態らしい。
どうやら、儀式成功後には上位種に転生するクエストが解放されると睨んでいるようだ。
皇宮内は既に祭事の準備も整っているので、現在は協力者のプレイヤー達と共に最終調整に入っている。
他のプレイヤーは不測の事態に備えての防衛戦力として参加するのに対し、俺は翻訳作業のサポートという形での参加だ。
俺の翻訳辞典を元に『言語』スキルを発現している文官はいるようだが、『エルフ語』スキルの発現には至っていない。
もし、湖の先で祖先の残した資料やエルフ語を話す存在がいた場合、即座に第二陣として湖の先へ向かう事になっている。
住人とプレイヤーとのすり合わせが完了したところで、俺達は皇宮を後にする。
次に来る時は儀式の直前になるだろう。
俺は文豪のローブで自分の装備を隠しつつ総合ギルドへ向かう。
転移の扉よりマイエリアにやってきた俺は従魔達に集合をかける。
俺は儀式の日に、護衛として従魔達を連れていく事を告げ、戦闘があるかもしれない旨を伝えた。
最近、マイエリアで寛ぐか孤児院で子供たちの相手をするくらいしかなかった従魔達は久々の戦闘という事で、待ってましたとばかりにやる気に満ち溢れている。
「今回はカレルも同伴の許可をとってある。本当に久々の全員参加だ。皆、…………特に準備する物もないが心構えだけはしておくように」
「チュウ……」
「クー……」
「……」
「( ^^) _旦~~」
「ガー……」
「キュウ!」
最後の締めの言葉が思いつかず、極まりが悪くなってしまった。
本当に久々の戦闘の為か、従魔よりも俺自身が緊張していたようだ。
あまりわかってないジェイミーはともかく、グリモには気を使われてしまう始末である。
俺は苦笑しつつ、従魔達にお礼を言いログアウトする事にした。
……………………。
次の日、現実では土曜日であり学校は休みである。
最近は休日になると、朝からゲームにログインする事も多かったが今日は昼頃にログインする予定だ。
下手な時間にログインして、儀式の時間にログインできないという事態を避けるためである。
春花はと言えば、今日が休みだからと夜更かししていたようで起き上がってくる気配はない。
俺は起きてこない春花の為に昼食を用意した後、ゲームにログインした。
ログインした俺はエラゼムとカレル以外の従魔を連れてマイエリアを後にする。
総合ギルドを後にした俺は空を見上げ三日月が辺りを照らしている事を確認した後、
カレル達を迎えに行くべく皇都ルナの出入り口付近へと歩を進める。
出入り口付近の厩までたどり着いた俺は、魔法陣を用いてエラゼムとカレルを呼び出す。
2体と合流できた所で、チラリと塀の方へと視線を向ける。
前に図書館の放火事件を調査しに来た時と変わらず、風通しの良い柵で覆われていた。
辺りを確認した俺は、従魔達を引きつれて来た道を戻る。
街道にはワールドクエストがクリアされる瞬間に立ち会おうと、沢山のプレイヤー達がウロウロしていた。
巨体のカレルを連れて、堂々と道を歩く俺に多くの視線が突き刺さる。
俺の風体を合わせてワールドクエストの関係者である事は分かっているのだろう。
ものすごい好奇の視線にさらされながら、皇宮へと向かった。
皇宮の前には、大量の兵士が陣形を組んで警護に当たっている。
さらにそれを囲うように十数人くらいのプレイヤーが様子を窺っていた。
俺は予想より皇宮の周りに人が少ない事を不思議に思いつつ、衛兵に声をかけて中へと入っていく。
衛兵に案内されるまま、謁見の間として使用していた部屋へと入る。
中にはすでに他のプレイヤー達が控えており、各々その時を待っているようだ。
俺は念の為にボスパーティーの傍で待機する事にした。
しばらく待機になるという事で、ヤクさんに話しかける。
「いよいよですね」
「本当にここまで長かった。まぁ、長い人はゲーム内で1年近くアールヴ皇国にいたわけだけど」
「そんなになるんですね。そういえば、思ったより皇宮に張り付いているプレイヤーが少ないように感じたんですけど、理由を知っていますか?」
「ああ、それは…………」
ヤクさんの話によると、俺が来る少し前までは人がごった返していたようだが、皇太子の「ここで騒ぐ者は儀式を妨害する意図があるとみなし皇都から追放する」という宣言を聞いて最低限の人員を残して解散したそうだ。
街道で声をかけてくるプレイヤーがいなかったのは、皇都から追放される事を恐れたからだろう。
しばらくすると満月の装飾が施された扉が少しだけ開き、お供を引き連れた皇太子が出てくる。
その手には最初の謁見の時に携えていた杖が握られていた。
皇太子がやってきた事で、部屋の中に緊張が走る。
部屋を一望し、儀式の関係者が全員揃っている事を確認した皇太子は高らかに宣言する。
「皆、時は来た。永きに渡りエルフと獣人が忘却してしまった湖の先。如何なる問題が噴出するとも限らない。心せよ!」
その宣言と同時に満月と三日月の扉が開け放たれた。
俺を含め部屋の中にいた者達は壁際に整列する。
従魔達も部屋の隅で待機してもらう。
皇太子が満月の扉前で待機していると、三日月の扉から数人のエルフが入って来た。
入って来たエルフ達が皇太子と同じような法衣を着ている事から、皇族である事がわかる。
エルフ達は待機している俺達の間を厳かに、ゆっくりと進んでいく。
しばらくして皇太子の元までたどり着くと、共に満月の扉を潜っていく。
皇族全員が扉を通過したところで、満月の扉に近い者から順番に扉の先へ入っていった。
俺は従魔達がいる関係上、列の最後尾に追従する。
扉を通り抜けた先には、向こう岸がギリギリ確認できる程度の湖があり、皇族達が均等な間隔で取り囲んでいた。
水面には三日月が映りこんでおり、神秘的な光を放っている。
他の人々は邪魔にならぬよう壁際で待機していた。
俺も満月の扉を塞がないように壁際に移動する。
全員が所定の位置についた事を確認した皇太子は、合図とばかりに持っている杖を掲げた。




