177.儀式に向けて
2020.12.16 ワールドクエストの名前表示変更に伴い、一部改変いたしました。
口を閉ざした俺を見て機嫌を損ねたと思ったのか、皇太子は慌ててフォローを入れてくる。
「私は君に依頼してよかったとも思っているよ。これがエルフないし獣人だったらエルフ語を翻訳しても簡単に信用できなかったかもしれない。仮に私が信用しても周りが納得しなかっただろう」
確かにプレイヤーとはいえエルフや獣人だったら、どちらかに有利な事しか伝えなかったかもしれない。
皇太子は続ける。
「それに間接的にとはいえ君を不本意な形で利用した。それを知ってなお私からの依頼を誠実にこなしてくれている。本当に感謝しているんだ」
「……ははは」
俺はアールヴ皇国に来てからの事を思い出し苦笑する。
それはもう大変だった。自分とは関係ないと思っていたのに、いつの間にかワールドクエストの中心にいるのだから。
「巻き込まれた当初はともかく、今は珍しい書物を読める環境にいるので、それ程不満はありません。旅の目的はありますが、期限があるわけでもないので」
「そう言ってもらえると助かる。では、話を戻そう」
皇太子の案は妥当と言える内容だった。
まず、国内全土に古の盟約について判明した事を包み隠さず伝える。
そして、一刻も早く正式な儀式を行い湖の向こう側の調査を行う。
エルフの祖先ないし神獣がいた場合は、これまで放置してきた事を誠心誠意謝罪し、これからの関係について話し合いをする。
「古の盟約とアールヴ皇国の歴史についてもある程度公開すれば、獣人の重鎮達も嫌とは言うまいよ。自分たちが交渉の為に引き延ばそうとすれば、それだけ祖先達への不義理になるからね」
皇太子は言い終えると、椅子から立ち上がり宣言するように言い放った。
「皇宮内にいる文官と兵士を集めよ! 皆にこれからの予定を伝える! この場にいる者も含めて謁見の準備を始めよ!」
ともに来ていた文官は皇太子の宣言を聞いて、敬礼をした後に書庫を出ていく。
俺とクズノハさんは謁見の準備が完了するまで、皇宮内で待機となった。
俺は文官に続いて出ていこうとする皇太子を引き留める。
俺以外のプレイヤーはどうするのか確認するためだ。
「皇都ルナにいる者については、衛兵を走らせる。それ以外の者は皇宮に来た時に順次説明する。今は一刻も早く儀式の準備を整えるのが先決だ。……ああ、そうだ。謁見の間を使う関係上、君達もここを退出しておいてくれ」
という事だった。
急いで書庫を出ていく皇太子の背中を見送った俺は、クズノハさんと共に秘匿されていない方の書庫へと移動する。
俺は近くにあった本を手に取り、時間が来るまで読書を楽しむことにする。
本を開いて数刻もしないうちに文官が書庫に入ってきた。
俺はそそくさと持っていた本をしまうと、クズノハさんと共に書庫を後にする。
文官を追って歩いていくと、前に皇太子と初対面した謁見の間へと案内された。
扉の前で待機していた兵士が前回同様、大きな声を張り上げた後に扉が開かれる。
前回同様、衛兵と共に入室した俺は室内を見渡してみる。
他のプレイヤーがすでに待機しているようだが、ボスパーティー含め2パーティーしか見受けられない。
そのパーティーも全員揃っていないような有様だ。
俺とクズノハさんは前回のように玉座の前まで歩いていくが、他のプレイヤーは出入り口付近で待機していた。
今回は俺とクズノハさんがメインだからだろう。
俺達は玉座の前まで辿り着き膝を着く。
それを確認した皇太子は口を開いた。
「皆、前にも増して急な招集になり申し訳ない。全員を集める事は叶わなかったが、事が事ゆえ無理をおして集まってもらった。プレイヤーの諸君はここにいないプレイヤー達にも伝えてほしい」
それから、皇太子は今後の予定について説明が行われた。
先程、書庫で説明された内容が皆に伝えられる。
それに加えて以下の事が伝えられた。
1.儀式は1ヶ月以内に行う予定。ただし、今後の調査で変更される可能性がある。
2.儀式が成功した場合、第一陣として皇太子と獣人の重鎮が代表して湖の先へと向かう。
3.今回貢献度が高いプレイヤーはこの儀式に立ち会う事ができる。
4.向こうの状況次第によっては、第二陣としてプレイヤー達の同行を許可する。
5.向こう側が現在どのようになっているかは不明なので、各自戦闘も視野に入れて準備してもらいたい。
そして最後、俺個人への依頼として儀式についての情報収集が言い渡された。
全員が頷いた後、兵士達も含めいくつか質問が飛ぶ。
1番多かったのは、「第一陣に国の重要人物を据えるのは危険ではないか」という意見だった。
プレイヤーからも同意見が出ていたが、こちらは自分たちが一陣に入りたいという下心からくるものだろう。
しかし、この意見を皇太子は全て却下した。
理由は単純で自分たちが信奉していた存在をあやふやにしてしまった責は、皇族にある。
今こそ皇族としての責務を全うする時であると。
次点で獣人の代表は誰が出るのかという話になった。
これについてはすでに決まっていたようで、クーデターに関わっていなかった獣人達のまとめ役だった者が代表として同行する様だ。
ある程度、質問の声が上がらなくなった頃を見計らい皇太子が言い放つ。
「調査によっては儀式の日程が前後する可能性もある。各々いつでも万全な状態で臨めるように備えよ」
こうして、アールヴ皇国のワールドクエストは最終局面を迎えようとしていた。
……………………。
それからの日々はというと、これまでと変わらず秘匿書庫にあるエルフ語で書かれた資料の翻訳作業に従事した。
今までと違うのは、エルフ語スキルのおかげで日に数冊のペースで翻訳が進んでいくところだ。
儀式については、先に述べた通り古の盟約に関する資料と現在の祭事から立てた予想とほぼ一緒だった。
ただし、日時や天候などに制限があったようで、予定より5日程予定を早める必要が出てきてしまった。
この情報が皇宮や協力プレイヤーに伝えられるや否や、大騒ぎしている様をどこか他人事のように見ている。
というのも、ここ最近大手を振って外を歩けない状況が続いているからだ。
どうも、プレイヤー間でアールヴ皇国のワールドクエストが達成されそうだという情報が拡散されているらしく、皇都ルナはプレイヤーでごった返している状況なのだ。
住人のお店も品切れ状態が続き、とても消耗品などを補給できる状況にない。
そして、一番の問題は俺が外を歩くとプレイヤー達に取り囲まれてしまう事だ。
辞典作成がワールドレコードに記載された時、PNを非表示にした。
そこで今までのランキングと違い雰囲気を持たせるためか、ただ“匿名希望”と表示するのではなく、“とある司書”という表記になった。
他の参加者達がパーティー単位で表示される中、単独で表示される司書。
後から来たプレイヤー達から見れば、一番根幹に関わっている可能性が高いと判断するだろう。
そのうえ、司書ギルドのクエストで情報収集をしていた事で“黒い司書服を着たプレイヤーがワールドクエストに参加していた”という情報が広まっている。
アールヴ皇国にいるプレイヤーなら、俺の事を特定するのは容易だった。
警告を恐れてかそれ程粘着される事は無いが、俺が移動する度に注目を集めてしまう。
その為周りに迷惑がかかると思い、皇宮とマイエリア以外はあまり出歩いていない。
おかげで、せっかく建物の修繕が完了した図書館に顔を出す事もままならない有様だ。
ワールドクエストが達成されて、上位種の話題に移るまでの辛抱だと思いたい。
一応、ワールドレコードの仕様については改善要望を出しておこう。




