175.辞典の完成
2020.12.16 ワールドクエストの名前表記を「服装」+「職業」から「とある」+「職業」に変更しました。
ゲーム内で2ヶ月も過ぎると、ボスパーティーから進捗状況の確認メールが届いたり、皇宮に戻ってきていた他のプレイヤーから催促を受けるようになった。
自分としては実に充実した時間を過ごせているので、そこまで苦ではないがいつとも終わらぬ作業を待っている方はそろそろ焦れてきているらしい。
どうやら他の地域でプレイヤーが上位種族に転生を果たしたらしく、自分達も早く転生イベントを起こしたいようだ。
ただ催促するだけでなく、他の『言語』スキルを持つプレイヤーを呼び寄せたいというような具体的な案を出すグループもいたが、作業が滞っているわけでは無いという事で皇太子が却下していた。
それからさらに数日、現実世界でも1ヶ月が経とうかという頃。
完璧とは言えないもののエルフ語の翻訳辞典が完成した。
正直、古の盟約に関する部分以外の言葉についてはまだまだ抜けが多い。
しかし、皇太子には完璧にはできない事を伝えているし、待っているプレイヤー達が焦れてきている。
後は皇国に託し、ワールドクエストを次に進めようと思う。
俺は出来上がった辞典の最後のページに協力者の名前を記入していく。
謁見の間にいたプレイヤー達や皇国の中で有用な情報を提供した人物。
今回の依頼者である皇太子や俺の助手として手伝ってくれたクズノハさんの名前も書き加える。
最後に執筆・監修した人物として自分の名前を記入して、出来上がった辞典を閉じた。
≪古代語の翻訳辞典が作成されました。ワールドレコードに記録されます。≫
≪ワールドレコードの参加プレイヤー一覧の設定が未設定です。該当するワールドレコードをタップし、表示名の設定を行ってください。≫
≪称号「古代語の翻訳家」を取得しました。≫
≪上位職「考古学者」への転職条件を満たしました。司書ギルドに関係称号を提示する事で転職が可能です。≫
≪習得条件を満たしたので、派生スキル「エルフ語」が発現しました。≫
翻訳辞典が完成すると同時にアナウンスが流れた。
気になる事は多いが、初めに確認しておかなければならない事がある。
「エルフ語」LV― パッシブスキル
・エルフ語を共通語同様に読み取る(聞き取る)事ができる。
・言語スキルが使用できる状態でない場合、スキルの効果は無効となる。
ステータス画面より『エルフ語』の概要を確認した俺は、近くにあったエルフ語の本を開いてみる。
今まで言語スキルでエルフ語を読む時は、しばらく凝視する必要があった上に、かなり穴だらけの文章が浮かび上がっていた。
しかし、ページを捲る度にすぐさま翻訳した内容が浮かび上がってくる上、その文章に穴は一切ない。
……今の感情をどう表現したら良いだろうか。
辞典を完成させる事ができた達成感と共に、このスキルを解読途中で発現させる事ができれば、どれだけ楽だったろうかという切なさを覚える。
アナウンスで「習得度が一定に~」ではなく「習得条件を満たしました」となっているので、習得度とは別に条件が設けられていたのだろうが、もっと早い段階でエルフ語が発現していればと思わずにはいられない。
……そういえば、翻訳辞典の完成が“考古学者”に転職する条件ならあのお爺さんはどうやって“考古学者”になったのだろうか?
イニシリー王国に戻った時にでも聞いてみようか。
俺の雰囲気が変化した事を察してか、情報整理していたクズノハさんが此方へとやってきた。
俺は翻訳辞典が完成した事とスキルとしてエルフ語を習得した事を伝える。
クズノハさんは、大きく目を見開いた後、「皇太子に報告してきます」と言って慌てて部屋を出ていく。
クズノハさんが出て行くのを見送った俺は、アナウンスで流れた事を確認する為にメニュー画面を開く。
すると、数件のメールが届いている事に気づく。
ボスパーティー、アートから、翻訳が完了したのかという確認のメール。それから、ハル……それとラピスさんから、何をしたのかという質問のメールが届いていた。
先程のアナウンスで俺が翻訳辞典を作成した事が、ワールドレコードに記録されたとあった。
しかし、ワールドレコードの名前が未設定だと言っている。
俺が翻訳作業をしている事を知っているボスパーティーやアートはともかく、ハルやラピスさんが反応するのはどうしてだろうか?
……まさか、未設定だとプレイヤーネームが公開されるのか?
俺は慌てて、記録されたというワールドクエストの内容を確認する事にした。
ワールドレコードを確認してみると、今日の日付で「古代語の辞典を作成」という項目が追加されていた。
しかし、紛争の終結についての記載がなかった事から、クーデターについては決着がついていない扱いのようだ。
俺は新たに追加された項目をタップする。
すると、簡潔に「プレイヤーが太古に使われていた言語を解析し、翻訳した内容を辞典にまとめた」と書かれていた。
その文言の後に、「関連するワールドクエストが終了していないので、これ以上の情報は当事者以外閲覧できません。」という文字が赤く明滅している。
どうやら、他のワールドクエストの過程で別のワールドクエストが達成された場合は、区切りがつくまで情報開示されないようだ。
ただし、参加プレイヤーの名前が公開情報になっており、謁見の間にいたプレイヤーの名前が列挙されていた。
その一番上には「とある司書」(ウイング)という名前が青く明滅している。
俺は先程のアナウンスが言っていた通りに、自分のプレイヤーネームをタップする。
すると、メニューとは別にウインドウが開き「名前を伏せますか?」と出てきたので、一応YESをタップしておく。
どうやらイベント等のランキングとは違い、単純に「匿名希望」という表記にはならないらしい。
和の国のワールドクエストで確認してみると、同じように「とある」+「職業」で表記されているプレイヤーが数人紛れていた。
いつも通り「匿名希望」と表記されていなかった為に見落としていたようだ。
俺はワールドレコードを確認した後、ワールドクエストに関わるプレイヤーには翻訳が完了したと返信する。
その他のプレイヤーには、詳細を話せないと連絡しておく。
……まぁ、俺がアールヴ皇国にいる事を知っているハルは、何語を翻訳したか見当がついている事だろう。
ラピスさんが反応したのは、ハルから俺の事でも聞いていたのだろうか?
フレンドへの返信を終えエルフ語を駆使して出来立ての辞典を確認していると、部屋の扉が慌ただしく開け放たれる。
開いた扉の先では息を切らした様子の皇太子と、その肩越しに見える2人の人物がいた。
1人は報告に行ったクズノハさんで、もう1人は最初にこの部屋に案内してくれた文官の人だった。
皇太子は息を整えることも無く俺の前までやってくると、報告の内容について詳細を教えてほしいと言ってきた。
俺は皇太子の鬼気迫る雰囲気に慄きつつも、今日の出来事について話始める。
ワールドレコード等のプレイヤー特有の事象については省きつつ、翻訳辞典が完成した事や『エルフ語』スキルについて説明していく。
皇太子は辞典の完成に喜び、エルフ語がスキルとして発現した事を話すと眉間に皺が寄った。
特に『エルフ語』スキルの特性上、習得するには『読書』スキルと『言語』スキルが必須条件である事を説明すると、眉間の皺が深くなる。
話の流れとして『言語』スキルの取得条件を聞かれたが、キャラメイク時に取得したので取得条件は知らない。
しかし、スキルのレベルアップしたタイミングから、共通語以外の言語を調べればいいのではないかと伝える。
ただし、考古学者のお爺さんが『言語』スキルを持っていなかったので、文字や言葉の意味を理解する必要もあると付け加えた。
つまり、エルフ語辞典を駆使してここにある本を翻訳していけば、そのうち『言語』スキルも『エルフ語』スキルも取得できる可能性はある。
説明を聞き終えた皇太子は数度頷いた後、口を開く。
「ありがとう。エルフ語についてはこれで問題ないだろう。この翻訳辞典の扱いについては後日コペル殿と協議をするとしよう。……それでは、本題に移ろうか」




