172.謁見③
「すいません。少しいいですか」
「うむ。先程からコペル殿と相談していたのは見ていた。何か決まったのかな?」
「はい。その前に一つ。……これから話す事はここだけの話でお願いしたいのですが……」
俺がそう言うと、先ほどまでパーティー単位で相談していたプレイヤー、謁見の間に控えていた兵士の視線が俺に集まる。
皇太子も好奇心を湛えた瞳を俺に向けた。
「それはこの場にいる全員に話してもいいのかな? もし必要ならば後日別に機会を設けるぞ」
「問題ないとは言えませんが、この調査に参加するならば隠しておくのは難しい事なので……」
「ほう」
俺は全方面から興味の視線を受ける中、意を決して口を開く。
「……先ほどコペルさんとスーリオン殿下の話でも出てきたエルフ語について書かれていた手記を見た事があります。その時に一部ではありますが、エルフ語を解読する事が出来ました」
一瞬、室内の音という音は消えた。
誰もかれもが俺を見たまま硬直している。
事前に聞いていたコペルさんは、俺に任せる方針なのか特に何かする様子はない。
数十秒経過したあたりで、皇太子がゆっくりと口を開く。
「君は自分が何を言っているのかわかっているのかな? 今、君が話した内容の意味を……」
「はい」
俺は信じられない様子の皇太子に、大雑把に事の経緯を説明した。
イニシリー王国の王都であるクエストを受けた事。
そのクエストを遂行している過程でエルフ語が書かれた手記の内容を確認した事。
そして、俺の持っているスキルで多少エルフ語の解読ができた事を話した。
俺の話を聞いた皇太子は衝撃が凄すぎて聞いた姿勢のまま硬直している。
周囲を囲む兵士達、クズノハさんも似たような反応をしていた。
他のプレイヤーは調べる前に終わりそうな状況に複雑な表情を浮かべている。
気持ちは痛いほどわかるが、俺が参加する時点で遅かれ早かれ似たような状況になっただろう。
俺のようにある程度行動してから何か起こるよりはマシと思ってほしい。
しばらく静寂が続いた後、ようやく衝撃から立ち直ったのか皇太子が口を開く。
「……君はこの事を大多数に公言するリスクは分かっている……はずだな。先程コペル殿と話していたのだから」
「はい。そのうえで、ここで話してしまった方が良いと判断しました」
イニシリー王国で司書ギルドのクエストをこなしていく中で、こういう事があるとは思っていた。
『言語』スキルが最初のスキル一覧にあったのに、共通語以外の言語が秘匿されているという事実。
この情報だけでも、『言語』スキルがワールドクエストないし種族進化に関わるのは明白だった。
そして、ワールドクエストは大人数で遂行していくものだ。
どこかで『言語』スキルについて話さなければいけないとは思っていた。
……できれば、誰かが先に『言語』スキルで有名になってくれていれば良かったがそういう話は聞かない。
それならば、『言語』スキルを使用できる事を隠すか、教えたうえで黙ってもらった方が良い。
今回ならば、依頼主である皇太子が公言を禁止した。
ここにいるプレイヤーは住人から評判の良い人達なので、皇太子の要請を無視する可能性は低い。
俺の事情を把握しているヤクさん達は黙っていても気づくだろう状況では、話してしまったほうが良いと判断した。
「君の持っているスキルというのは本当に『言語』スキルかな?」
「? はい。司書ギルドの人物でも存在を知らない人がいたのですが……知っているのですか?」
「詳細は知らない。ただプレイヤーの中でも極稀にそのスキルを持つ者がいると報告が来ている」
皇太子が言うには、古の盟約について調査をすると決まった段階でエルフ語の解読についても同時に進める事は決まっていたという。
その中でプレイヤーが持っていると噂の『言語』スキルは早い段階で注目していたそうだ。
しかし、伝え聞く情報から『言語』スキルではエルフ語の解読は不可能と見ていた。
そもそも『言語』スキルを持っているプレイヤーが少数なうえ、使用されたという事例もほとんどないという。
その数少ない事例では単語の解読すらままならなかったそうだ。
俺は皇太子の話を聞いて、自分の推論を述べる。
「おそらく噂で広がっている『言語』スキルの情報はレベルの低い段階での話でしょう。自分は何度か『言語』スキルを使用する機会に恵まれたので……」
「スキルレベルが他プレイヤーより高く、手記に書かれていたエルフ語を一部とはいえ読めたと……」
俺の話を聞いた皇太子は顎に手を添えながら、思案顔になった。
他のプレイヤーはもちろん、周りにいる兵士達も固唾をのんで皇太子を見守る。
異様な緊張感のなか、皇太子は口を開いた。
「それならば予定を変更だな。ウイング殿と……クズノハ殿だな。2人には皇宮の書庫に納められているエルフ語で書かれた書物の解読をしてほしい。そして、翻訳したものを本にまとめてもらいたい。それ以外の者は今回の紛争の後始末を手伝ってもらいつつ、先程話した通り情報収集をしてもらう。……最後にウイング殿がエルフ語を解読できる事について口外を禁じる」
皇太子の発言を受けて他のプレイヤーから不満の声がチラホラと聞こえてくる。
明らかに他のプレイヤーにお願いしている事はおまけであり、俺とクズノハさんへの依頼の方が本命だからだ。
皇太子はその反応を予想していたようで、淀みなく次の言葉を紡ぐ。
「読めないとはいえエルフ語で書かれた書物は我が国の重要な資料である。保管してある書庫に必要以上の人数を入れるわけにはいかない。それに部屋がそれ程大きくなく、調べる人数を増やしたところで作業効率は落ちるばかりだろう。それに君たちが集めてくれた情報が解読の手助けになる事も有ろう」
最終的にプレイヤー達は皇太子の案を受け入れる事になった。
皇太子が言ったように、『言語』スキルを持っていないと戦力にはならない。
他のプレイヤーは俺の解読作業の結果が出るまで、古の盟約や伝承についての情報収集をする事になった。
今後の方針が決定した頃合いで謁見は終了となり、俺達は応接室のような部屋に案内される。
案内してくれた兵士は「しばらくお待ちを」と言いながら退室する。
兵士が扉を閉め切ったタイミングで、プレイヤー全員が俺に詰め寄ってくる。
その展開を予想していたらしいコペルさん、それとヤクさんをはじめとしたボスパーティーが間に割って入ってくれた。
ワンクッション入った事で、ある程度冷静さを取り戻したプレイヤー達は、先ほどまでの勢いを失いながらも次々に質問してくる。
俺はエルフ語が解読できる事を広めない事を念押しし、今回の依頼に関わっていると思う内容だけ返答をした。
質問される内容はプレイヤーにより聞き方が違うものの、イニシリー王国にあった手記の内容と、どの程度でエルフ語の解読が完了するかという事が多かった。
手記の内容は、イニシリー王国の図書館に置かれた写本にエルフ語の羅列が追加だけである事と、エルフ語の解読は蔵書の数次第である事を伝える。
プレイヤー達は写本の話で落胆し、エルフ語の話は反応に困っていた。
俺への質問タイムが終わり、プレイヤー達がパーティーごとで相談を始めた。
ひと段落着いたと判断した俺は、部屋に備え付けられたソファに体を預ける。
俺は間に入ってくれたコペルさんとボスパーティーの面々にお礼を言い、その流れで世間話を始める。
しばらく、談笑していると部屋の扉が開かれ、数人の文官らしき人が入って来た。
どうやら依頼内容が決まったらしいのだが、俺とクズノハさんは別室での説明となるらしい。
俺はボス達と別れ、クズノハさんと共に別室へと移動する。
文官に案内された先は、先程退室した謁見の間だった。




