171.謁見②
「君達には、古の盟約や湖についての情報を集めてきてもらいたい。……本来は皇都にある司書ギルドと協力して文献の解析を行っていく予定だった。しかし、例の放火事件もあり司書ギルドはすぐに動くことはできない。君達には各地に伝わる伝承を集めてきてもらいたい」
皇太子の発言を受け、俺はコペルさんを見やる。
“司書ギルドと協力して”と言っている事から支部長であるコペルさんが知らないはずはない。
コペルさんは俺の視線に気づくと、申し訳なさそうな表情を浮かべてこちらに頭を下げた。
その一部始終を見ていた皇太子が口を開く。
「ウイング殿。コペル殿を責めないでやってくれないか。成果が出るまで口外しない約束になっていたのだ。まぁ、襲撃が起こった事からクーデター側に情報が漏れていたのだろうが……。さて、プレイヤー諸君には1から説明する必要があるね」
皇太子からの説明は驚愕の一言だった。
要約すると、今の皇族達含めエルフ達は自らの聖地と言える湖についてほとんど知らないという事。
ゆえにかつてのエルフ達が、どういう形で獣人達と協力関係を築いたのか不明だというのだ。
最初にクーデターを画策した獣人は、この言い伝えがエルフの都合の良いように歪めたものだと主張したようだ。
もし、やましい事が無いのなら伝承についての資料を出せと迫ったらしい。
皇族達はその求めを受けて、古の盟約についての資料をその獣人に見せた。
しかし、その獣人はおろかエルフの皇族達も内容を確認する事は出来なかった。
その資料に使用されている言語が誰にもわからなかったのだ。
それを見た獣人は激怒。自分達に真実を伝える気はないと判断して、クーデターへ発展したそうだ。
誰も読めない言語とは実のところエルフ語である。
エルフの皇族なら読めてもいいと思うが、皇族含めて誰一人その本を解読できる人物はいないそうだ。
それにはいくつかの要因が絡んでいるらしい。
古の盟約がなされた頃は、共通語が創造神インフより授けられた直後だった。
その頃は自らの種族が使用していた言語に拘りを持つ者も多く、他種族との交流以外ではまだまだ独自の言語を使う種族も多かったらしい。
盟約の内容については当時から治政を担当していたエルフが資料を作成していた為、資料はエルフ語で作成された。
ところが、盟約から数百年程経過した頃、皇族を名乗り始めた一族によってエルフ語の使用が禁止された。
当時の記録から大きな反発が無かったようなので、何か必要に駆られての処置だったと推察されている。
使用される事が無くなったエルフ語は人々の記憶から消え去り、現在読める者は誰もいなくなった。
この為、エルフ語で書かれた盟約の資料は誰も読めなくなる。
エルフ及び獣人達は代替わりにより盟約の内容を徐々に失伝していった。
現在、アールヴ皇国の住人達が誰でも知っている範囲が伝わっている内容の全てだという。
そこで説明は終わりといった様子で、皇太子は口を閉じた。
しかし、今の話には決定的に説明不足な点がある。
他のプレイヤー達も困惑の表情を浮かべる中、ボスが皇太子に疑問を投げかけた。
「国の起源ってかなり重要な事だよな? なんで共通語の記録が残ってねぇんだ?」
「ちょっ! ボス!」
「良い、良い。当然の疑問だ」
ボスの物言いにヤクさんは慌てて声を上げるが、皇太子がそれを制する。
「そもそもエルフ語が存在していた事を知っている者も極わずかしかいないのだ。我々も皇宮に残っていた古い文献から、存在だけは確認できたがそれ以上の記録は残されていなかった。……おそらくエルフ語そのものを禁止した時にほとんどの資料を破棄したものと思われる」
皇太子は最後の部分で歯切れの悪い言い方をする。
おそらく資料が残っていない事に別の可能性を考えているのだろう。
例えば、昔の皇族あるいはクーデター側の人物が不都合な真実を抹消したとか……。
他のプレイヤーが皇太子にいくつか質問を投げかけていく。
どうやらボスと皇太子とのやり取りから、質問タイムに移ったようだ。
俺はその横でそっとコペルさんに声をかける。
「コペルさん」
「うん? なんだ?」
「俺が皇太子からの依頼を受けるのは、司書ギルド的にどうですか?」
「そうだな。すでに放火犯捜索のクエストはクリアしていると言っていい。君がこのクエストを受ける事について咎めるつもりは無い。ただ、我々司書ギルドが今回の調査に協力する事は難しい。せいぜい持っている資料の提供と改めてわかった事を資料として保管するくらいだろう」
コペルさんの立場から言えばその辺りが無難だろう。
これで司書ギルドのスタンスは確認できた。
俺は意を決してある事を相談する事にした。
「コペルさんはエルフ語の存在はご存じですよね? エルフ語の資料は司書ギルドが管理をしている訳ですし」
コペルさんは皇太子の話を聞いたとき以上に、俺の言葉に驚いた表情を浮かべる。
どうやら言外に俺がエルフ語について何か知っている事を理解したらしい。
驚愕の表情を浮かべたまま、俺に言葉を投げかける。
「……それで? 何を確認したい?」
「もし、俺がエルフ語の解読ができるとしたら司書ギルドはどうしますか?」
「………………それは本気で言っているのかな」
コペルさんは表情の抜け落ちた顔でこちらを見ている。
俺はコペルさんと目を合わせて黙って頷く。
「…………そうだな。少し待ってくれないか」
コペルさんはそういうと皇太子に向き直る。
俺もそれに合わせて皇太子に視線を移す。
皇太子は質問で得た情報を吟味しているプレイヤー達を眺めていた。
「スーリオン殿下。少しよろしいでしょうか?」
「む? どうかしたかな。コペル殿」
コペルさんは先ほど俺に話した司書ギルドのスタンスを皇太子にも説明する。
皇太子はコペルさんの宣言に少々肩を落としつつも、想定内という表情で言葉を返す。
「……司書ギルドの長たるコペル殿はそう言うしかないだろう。であるなら、さっそく知識の国に納められている資料を取り寄せてほしい。確か以前、翻訳に役立ちそうな手記も見つかったと言っていたな? それも含めて頼む」
「わかりました。すぐに写本を取り寄せましょう。……ところで今回の依頼は他言無用との話でしたが兵士を下げなかったのは何故でしょうか? 司書ギルドとしても、皇族の方々の方針を確認しておきたいのですが……」
コペルさんの発言に皇太子は、周囲に控えている兵士達に視線を滑らせて一つ頷く。
「確か司書ギルドは古の言語についての扱いは使用していた種族の長に許可を取る方針だったな。……今回の依頼はどうしても多くの人物が関わってしまう。ある程度信頼できる者たちがフォローできる体制を整えるべきとの判断である。そして、古の盟約について調べるのに必要であると判断されればエルフ語について調査する事も許可する方針だ」
皇太子は決意を固めた表情で言い切る。
それだけ今回の紛争はアールヴ皇国にとって大きな爪痕を残したという事だろう。
クーデター側の主力を抑え、混乱が収まりつつある今だからこそ、リスクを冒してでも根本的な原因を解決したいようだ。
返答を聞いたコペルさんは皇太子に礼を言い、俺に小声で話しかけてくる。
「どうやら皇国はエルフ語の存在を秘匿し続けるより、獣人達との関係を修復し平和的に紛争を終わらせる事を優先するようだ。そういうスタンスならば君がエルフ語の解読ができる事を打ち明けても問題ないだろう。もし、何か不都合が発生するようなら私の名前を使ってくれても構わない」
「えっと、ありがとうございます」
「な~に。君には多大な借りがあるんだ。これぐらいなんでもないさ」
俺は多少吟味した後、皇太子にある提案をする事にした。




