170.謁見①
大声を上げた衛兵は俺達の先頭に戻ると、そのまま扉の先へと進んでいくので俺達も追従する。
扉の先は大きなホールになっており、内壁は今までの通路同様、純白に金色の装飾が施されていた。
天井には大きなシャンデリアが取り付けられているが、光源は蝋燭の火ではない。
シャンデリアに取り付けられた宝石のようなものが発光する形で、部屋全体を照らしている。
左右の壁には今まで見てきた兵士の装備より、明らかに上等な鎧を纏った兵士達が整列していた。
そして、俺達の正面。深緑色の絨毯の先には、玉座がある。
玉座は周りより数段高い位置にあり、若い男性エルフが腰を下ろしていた。
皇族に謁見するとだけ聞いていたが、明らかに皇ないし皇太子クラスの人物である事が伺える。
しかし、俺のイメージする皇族ないし王族とは大分乖離した装いをしていた。
言い表すならば、古代ギリシアの服装であるキトンがそれに近いだろうか。
ただ、服の作りからキトンより純白の法衣といった方が近いかもしれない。
着用者が金髪蒼眼で彫りの深い顔の作りをしているから、法衣よりキトンを連想させるが……。
そして頭部には銀色のティアラをつけており、先端に月長石と思われる宝石をあしらった木製の杖を持っていた。
装いから連想されるのは、高貴な一族というよりは森の賢者だろう。
まさにプレイヤー達が想像するハイエルフそのものといった存在が目の前にいた。
俺と共に部屋に入ったプレイヤー達の息を飲む音が聞こえる。
ここにいるほとんどのプレイヤーがハイエルフになる為にワールドクエストに参加していた。
目的達成がすぐそこまで来ていると実感した為か、ここに来て妙な緊張に襲われているのかもしれない。
俺達を先導している衛兵は、そんなプレイヤー達を気にする事無く玉座へと足を進めていく。
衛兵が玉座の手前までやってくると、玉座に腰かける人物に一礼し跪く。
俺達も先導していた衛兵に倣い屈んで頭を垂れる。
俺達が動きを止めるのを見計らい、玉座に座っていた皇族が口を開く。
「皆ご苦労。急な要請にこたえてくれた事、誠に感謝する。司書ギルド支部長コペル、アールヴ皇国孤児院元院長クズノハ。苦労を掛けたな」
「いえ。こちらの提案を受けていただき、誠にありがとうございました」
「私の知人、教え子達が迷惑をお掛けしました。最も被害を被った司書ギルドの方々には後程改めて謝罪したいと思っております」
玉座に座る皇族の言葉に、コペルさんと狐獣人の女性が顔を上げて返答する。
小説や漫画等に登場する謁見では、王族ないし側近の人物が「面を上げよ」や「発言を許可する」と言ってから顔を上げるものが多い。
しかし、今回の謁見ではそういった形式じみた事はしないようだ。
普段からそうなのか、今回の緊急招集による特例かは不明なので、後でコペルさんに確認しておこう。
「クズノハ殿。気にされるなというのは難しいかもしれぬが、こちらの不手際もあったのだ。どうか一人で抱え込まぬよう。そして、コペル殿、今回の不義理、誠に申し訳ない。紛争解決の為とはいえ、根回しも無しに捜索を打ち切った。紛争が終息に向かい次第、相応の謝礼をしよう」
「「はい」」
2人の返答を聞いた皇族のエルフは一拍置いた後、言葉を続ける。
「2人と共に来た者達はプレイヤーであったな。この国の作法は知らぬであろう。気にせずとも良い。面を上げよ」
俺を含めたプレイヤー達はその言葉を受け、恐る恐る顔を上げる。
眼前には、金髪蒼眼のイケメンエルフが此方に微笑んでいた。
俺達全員が顔を上げるのを確認した皇族のエルフは一つ頷く。
「プレイヤー達と顔を合わせるのは初めてであったな。我はアールヴ皇国、皇が第一子。スーリオン・アールヴである」
皇が現在のこの国でトップならば、第一子であるスーリオンと名乗った人物は皇太子という事だろう。
この国の次期トップであるなら、種族進化していても不思議は無い。
あの服装はハイエルフである事を主張する為だろうか。
皇太子スーリオンが名乗った後、傍に控えていた兵士が俺達の自己紹介を促す。
ボスパーティー含め孤児院の前院長であるクズノハさんと共にいたプレイヤーから自己紹介が始まる。
最初に自己紹介したプレイヤーが名前・種族・パーティー名・クラン名を語った事から、後に続くプレイヤー達もそれに倣い自己紹介していく。
ボス達含め3パーティーの自己紹介が終わったところで、皇太子スーリオンの顔が此方に向いた。
「君は司書ギルドの依頼を受けていたプレイヤーだな」
「はい。俺はウイングと言います。種族は人族で所属パーティー及びクランはありません」
「ほう。珍しいな。兵士達の話では大半のプレイヤーは大小問わずグループを形成していると聞いていた。此度は君にも迷惑をかけたな。司書ギルド経由になるがこちらからも謝礼を出すことになるだろう」
「ありがとうございます」
この会話を聞いていたプレイヤー達から視線を感じる。
視線だけそちらに移すと、プレイヤー達が興味津々といった表情でこちらを見ていた。
そんな俺達の状況を知ってか知らずか、皇太子は本題を切り出す。
「さて、自己紹介も済んだところで本題へ移ろう。先程、孤児院前院長クズノハ殿の協力によりクーデター側最後の拠点を特定。これを壊滅する事ができた。此度招集された人員は今回の事件解決に多大な貢献をした者達である。そんな君達を信頼して依頼したい事がある」
皇太子の発言を受けて再び傍らにいた衛兵が前へ出ようとするが、皇太子がそれを手で制する。
「よい。国の根幹に関わる事だ。我から話すのが道理というもの。……さて、依頼内容の話をする前に確認しておく事がある。この依頼は極力外部に漏らさないようにお願いしたい。最初から受けるつもりの無い者は、他の者達との話が終わるまで別室にて待機してもらう。不参加の者は立ち上がるが良い」
さて、どうしたものか……。おそらくこの依頼を受けなくても図書館は再建するだろうし、報酬もかなりの物を期待できる。
クエストの内容次第ではこの国に長期間拘束されたり、戦闘に巻き込まれる可能性もある。
ただ、コペルさんやクズノハさんにも話をしている事から、荒事の可能性は低いだろう。
このクエストを受けるメリットとしては、より良い報酬を期待できる事。
それと依頼の内容次第では、皇族が所有する珍しい書物を読める可能性がある。
何より、図書館放火事件でほとんど関与できず、消化不良も良い所だ。
それならば図書館の再建を待ちつつ、この依頼の達成を目指すのが無難だろうか。
皇太子は静かに辺りを見渡すが誰一人そこを動こうとはしなかった。
プレイヤー達はもちろんコペルさんやクズノハさんも含めてだ。
それを確認した皇太子は満足そうに頷いて口を開く。
「皆、協力感謝する。話を進めるが、此度のクーデターが起こった背景には、獣人達の不満があったという話は聞いているだろう。そこで現在の皇族と対になる形で獣人達の長を据える話が浮上している。しかし、この案については早々に却下された」
それはそうだろう。
せっかくクーデターを抑え込んだのに、クーデター側の意を汲むような提案である。
そもそもクーデター側に皇族に匹敵する権限を与えるようなマネは正気の沙汰とは思えない。
それにいきなり政治体制を変えるのも混乱を生むだけだろう。
「君達からしたら、そんな提案が出ること自体おかしな話だろう。しかし、本来エルフと獣人は対等というのがこの国の理念だった。例え獣人の方が少なかろうとな。古の盟約により治政をエルフ、武力を獣人と役割分担しただけに過ぎない。我も皇族などと呼ばれているが、元はエルフ側の長を対外的に皇としたものだ」
対外的にも知られている内容であるとはいえ、当事者である皇太子が堂々と言い放つと衝撃が違うな。
他のプレイヤー達もあまりの物言いに呆けた顔をしている。
「確かに皇族と対等な地位を作るという案は穿った意見だ。しかし、このままでは再びクーデターが起こる可能性が残ってしまう。この蟠りを取り除くには、我々皇族の正統性か獣人を蔑ろにしていたわけでは無いという根拠を示さなければならない。………………そこで、君たちにこの国の起源について調査をお願いしたい」
皇太子の発言にプレイヤー達は一様に首を傾げる。
この国のトップである皇族が、皇国の起源を調べてほしいとはどういう事だろうか?
そもそも国の起源についてはある程度、住人達から教えてもらえる事だ。
皇族以上にその詳細を知る人物はいないと思うのだが……。




