169.ヤクさんとの話
俺達を案内していた衛兵が本殿入り口を警護している兵士とやり取りをしている間に、ボスパーティーを含めた一団も本殿前までやってくる。
そして、後から来た一団を先導していた衛兵も本殿の入り口に向かっていく。
それを見計らいボスさんとヤクさん、そしてそのパーティーメンバーと思わしきグループが此方にやってくる。
俺もコペルさん達に許可をもらい、ボスパーティーの元へと向かう。
「お久しぶりです。ボスさん、ヤクさん」
「おう。そっちも元気そうだな。さっきも言ったがなんでこんなとこにいんだ?」
「僕は何となくこの国にやってくる気はしていましたよ」
「あ~ん?」
「はい?」
その発言を聞いたボスさんと俺は揃ってヤクさんの方に視線を向ける。
「すでに事が起こった後なので言いますが、私たちはイニシリー王国の王都に有る司書ギルドで一度ウイングさんを見ています」
「え?」
「ハイエルフについて記述された手記の情報を集めている時です。ちょうど司書ギルドから出ていくウイングさんを目撃したんです」
ヤクさんが苦笑交じりに話す内容を聞いて、俺も少しずつ記憶が蘇ってきた。
クラン対抗イベントで初めて会話した時、何人かに既視感を覚えた事。
そして、イニシリー王国の司書ギルドでチェーンクエストの資料を受け取った時に、入れ違いでプレイヤーが入って来た事を思い出した。
ずいぶん前の事ではあったが、司書ギルドに自分以外のプレイヤーが来た事が初めてだったので印象に残っている。
ただ、それがボスさん達だったかどうかはわからない。
今の姿を見ても、大分装備が変わっているからか、うろ覚えの記憶と合致しないのだ。
俺が自分の記憶を呼び起こしている間も、ヤクさんの話は続く。
「あの時点で司書ギルドに用があるとすれば、職業が司書の人物かハイエルフの手記について聞きに来たプレイヤーだけでしょう。そして、服装を見れば司書であろうと予想ができました。このタイミングで司書ギルドにいたという事は、あの手記関連のクエストを受けたプレイヤーかもしれないと予測はしていました」
つまり、俺がハイエルフについて調べていて、それを確かめる為にこの国へやってくるかもしれないと予想していたわけだ。
実際はその時にもらった資料に、チェーンクエストの本がこの国に有るとあったから来たわけだが……。
しかし、もしそうだとすれば何故クラン対抗イベントの時に聞かれなかったのだろう?
俺が聞いてみると、ヤクさんはなんとも決まりが悪そうな顔をしながら話してくれた。
「本当は第二回イベントの時にフレンド登録しておきたかったんですが、イベント終了後に探し出せなかったんですよね。クランの方に確認してもウイングさんを知る人物がほとんどいませんでしたし……」
「あ~。俺はあのクランにいる身内の誘いで一時加入しただけなので、あのクランに知り合いはほとんどいませんでしたよ」
そういえばイベント中、ボスの事についてはヤクさん達からいろいろな話を聞いたが、俺の事について話した記憶がない。
あのオアシスエリアで助けてもらった後も、少しでもイベントポイントを稼ぐべく動き回っていたので、その後合流することも無かった。
「メインメンバーの方達はイベント後の対応で忙しそうで、あまり時間を取らせても悪いと思い、周りにいた人に聞いて回ったんですが、それが失敗だったわけですね。……今フレンド登録しても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
俺はボスさん、ヤクさん含めパーティーメンバー全員とフレンド登録した。
ちなみに他メンバーのプレイヤーネームは「テキヤ」「ゴク」「(黒)」「茶華」だった。
最初「茶華」を思わず“チャカ”と読んだら、本人から“サハナ”だと強く訂正を求められた。
そのやり取りを聞いてボス達が笑っている事から、良く間違われるのだろう。
フレンド登録も済んだところで、話は現在の状況に移る。
「ヤクさん達はどうしてこちらに?」
「うーん。どこから話せばいいかな。見てもらえばわかるけど、僕と茶華はエルフでね。ハイエルフの情報を得るべくこの国に来たわけなんだが……――」
ヤクさんが言うには、クランイベントの報酬を受け取ってすぐにこの国を目指したそうだ。
ボスさん達がたどり着いた頃には、獣人達の移住も終盤に差し掛かっていたらしい。
そんな皇都の状況を目の当たりにしたヤクさん達は、この状況でハイエルフに転生する手段を見つけても実行は難しいと判断した。
手記の内容に皇族が出ている事から、転生には皇族が関わっている可能性がある。
しかし、獣人達を追い出すほど皇都の治安が悪化している事から、皇族への接触は困難だろう。
そこでボス達は皇国への心証を良くしようと行動しながら、皇族に謁見する機会をうかがっていたそうだ。
しかし、図書館放火事件が起こった事で事態は急変する。
皇都で慈善活動のような事をしつつ、情報収集をしていたボス達の元に皇国の衛兵がやってくる。
衛兵はボス達に例の許可証を渡しつつ、皇族から依頼があると告げてきた。
「僕達と他2パーティーである獣人の女性を連れてきてほしいと依頼があったんだ」
ヤクさんがそう言って一緒に来た一団に視線を向ける。
俺もそれにつられて談笑している一団に視線を移す。
ほとんどがプレイヤーと思わしき人物だったが、1名やや沈痛な面持ちの女性がいる事がわかった。
その女性は高齢の狐獣人であり、司書ギルドのレポートで見た事のある顔だった。
「その女性って孤児院の院長だった人ですか?」
「よくわかったね。……あぁ、もしかしてウイングさんがここにいるのは司書ギルド関係かな?」
「はい。司書ギルドでクエストを受注していまして、そこにいる支部長と話をしていた時にここに呼ばれました」
お互いがここにいる理由を話し終えた所で、ボス達と俺達を案内していた衛兵が戻ってきた。
「すいません。手続きに手間取ってしまいました。謁見の許可が下りたので皆さま私達の後についてきてください。司書ギルド側のプレイヤーの方はテイマーですね。従魔達はこの庭園で待機させてください」
「それはつまりこっちの2人と一緒にってことか?」
「はい。そうなりますね」
衛兵は割り込んできたボスさんの返答に淡々と返答する。
返答を聞いたボスパーティー一行は、いそいそと自分たちのグループへ帰っていった。
俺とコペルさんは後から来た一団に交ざる形で、衛兵の後ろを追従して皇宮の中へと入る。
本殿の内装は外見と同様に、白を基調とした壁に金色で装飾が施されている。
王族が住むような城より、何かを祀る神殿のような造りをしていた。
中では兵士や文官と思われる人達が走り回っており、慌ただしく作業している様子が覗える。
俺達は深緑色の絨毯が敷かれた廊下を真っ直ぐ歩いていく。
しばらく歩いていくと、突き当りに大きな両開きの扉が現れる。
左側の扉に大きな銀色の狼、右側の扉に純白の修道服のような物に身を包んだエルフが描かれている。
そして、この扉の上には三日月をモチーフとした装飾が施されていた。
この大きな扉の前で立ち止まった衛兵達がこちらに向き直る。
「この扉の先で皇族の方がお待ちしております。皇族の方から『急遽決まった謁見なので礼節は気にせずとも良い』と言われていますので、気を楽にしてください」
俺達が無言で頷く姿を確認した衛兵は、扉に向き直ると大声を発する。
「前孤児院院長とその護衛一行及び司書ギルド支部長、司書ギルドのクエストを受注した者をお連れしました!」
衛兵がその言葉を言い終わると同時に、目の前の大きな扉が開いた。




