168.再会も突然に
コペルさんの提案は、皇国と司書ギルド双方にメリットがあった。
放火事件の調査をする人員が増えるのは、遠回しに反クーデターの勢力が増えるとも言える。
しかも、司書ギルドのクエストを受けて許可証を持ったプレイヤーは、直接皇国が雇っているわけでは無いので皇国の許可証より審査が甘いかもしれない。
分かりやすい罠ではあるが、無視もできないのだ。
司書ギルドとしても、皇国から調査の為にいくつかの許可をもらうだけという体裁がとれる。
後で内政干渉だと非難されにくいだろう。
それに皇国が特別に司書ギルドに許可証を発行する事自体が、放火犯に対する牽制にもなる。
「この提案は受け入れられ、言い方は悪いが囮としての効果を高める為に協力者の件も付け加えられた。皇国が勝手に調査を打ち切った詫びという体でな。そして、クエストを頼むプレイヤーとして君が選ばれたのにも当然理由が……――――」
コペルさんがさらに言葉を続けようとしたその時、俺たちのいる部屋の扉がノックされた。
中に入って来た職員は緊張した面持ちで、コペルさんに用件を伝える。
「失礼します!皇宮より使者が来られています。支部長に皇宮まで来てほしいとの事です」
「ついに来たか。……すまないがウイング君も来てくれないか。続きは皇宮に向かう道中で説明しよう」
「わ、わかりました。えっと、従魔達はどうしましょうか?」
「大局は決しているとはいえ、未だ戦闘は続いている。一緒に連れてきてくれ。装備もそのままでいい」
何となく察してはいたが、この騒乱はすでに終わりを迎えようとしているようだ。
そうでなければ、総合ギルドの前に行列など出来てはいないだろう。
衛兵が守っている建物はともかく、行列を作っているプレイヤー達は格好の的だからな。
そして、この最終局面で皇国がコペルさんを呼び出すという事は……。
「放火犯を捕縛できたのですか?」
「その可能性は高い。もしくは、潜伏先を突き止めたのだろう。……私は準備があるから、先に外で待っていてくれないか」
「わかりました」
建物を出た俺は辺りを巡回している従魔達を呼び寄せる。
従魔達の状態を確認するが、特に戦闘することも無かったようで異常は見られない。
本当に騒動は終息に向かっているようだ。
辺りを見渡すと、来る時にはいなかった衛兵達の姿が見受けられる。
あれが職員の言っていた使者のようだ。
おそらくコペルさんを送るべく、あそこで待機しているのだろう。
そんな事を考えていると、司書ギルドからコペルさんが出てくる。
コペルさんは皇族との謁見の為か、普段より仕立ての良いローブに着替えていた。
ただ、身の丈ほどの杖も持っている事から、ただの正装というわけでは無いと思われる。
コペルさんが待っていた衛兵達といくつかやり取りをすると、衛兵達の目が俺の方へと向けられる。
何となく衛兵たちが俺に向ける視線が同情的なものに感じた。
そういえば、聞き込みをしている時に声をかけた衛兵も、似たような眼をしていた気がする。
……どうやら、あの頃から衛兵達に俺が囮となっている事は伝わっていたらしい。
少なくとも、司書ギルドが発行した許可証の意味を知っていたあの衛兵達には通達があったのだろう。
話を聞いた今となっては、それも当然だと思う。
いつクーデター側が俺というエサに食いつくかわからないのだ。
スパイがいる可能性を考慮してもかなりの人数の衛兵に話は伝わっていた事だろう。
そう考えると、本気で聞き込みをしていた俺って一体……。
「待たせてしまってすまない。あそこにいる兵達に君の事を説明していた。それでは話しながら向かうとしよう。……どうしたんだい?」
俺が哀愁を漂わせていると、衛兵との話を終えて来たらしいコペルさんが声をかけてきた。
「……いえ、なんでもありません」
「そうか。では話もついたから、このまま皇宮に向かおう」
「わかりました」
俺とコペルさんは待機していた衛兵に連れられて、皇都の中を進む。
従魔に周辺の警戒を頼んだ俺は、コペルさんとの話を再開する。
「コペルさん。話の続きをお願いできますか?」
「そうだな……。確か今回のクエストに君が選ばれた理由を話し始めたところだったかな?」
「そうだったと思います」
そうしてコペルさんは多少申し訳なさそうにしながらも、俺が今回の作戦に選ばれた理由を語りだした。
コペルさんは皇族から許可をもらったのは良いが、人選にかなり困窮したという。
クーデター側からスパイを送り込まれる可能性もあったうえ、皇国側の思惑を考えるとただ信用に足る人物を集めるわけにはいかない。
情報が洩れると困るので、囮の件は事件解決まで話すわけにはいかず、それでいて皇国・司書ギルド双方の利となる行動をとれる人物でなければならないからだ。
最初に来たプレイヤー達は皇国から許可書をもらえず、司書ギルドに駆け込んできた者達がほとんどだった。
皇国から許可証をもらえなかった時点で信用ができず、スパイも紛れている可能性があったので全員突っぱねたそうだ。
「中には司書ギルドに所属しようとする者もいたが、その場で転職しようしている時点で怪しい事この上ない。そういった者は要注意人物として皇国に報告していた」
実際、無理してでも司書ギルドのクエストを受けようとしたプレイヤーは、今回摘発されたクーデター側の隠れ家に出入りしていたらしい。
そうして、誰にもクエストを依頼できないまま数日過ぎた頃、ニーベルさんに連れられて俺がやってきた。
すでに司書ギルドランクがBである事や、2つの国で紹介状をもらっている事。
極め付けに図書館放火事件の事を聞いてなりふり構わずやってきた事から、本を大事にする人物である事は明らかである。
そのうえ、この国に来たばかりであり事件の事を一から調べるだろうと予想される。
皇国に提案した囮としての役割もしっかりとこなしてくれる可能性が高い。
現状、これ以上に適任の人材はいないと判断し、俺にクエストを依頼する事にしたそうだ。
「まぁ、依頼した時に君に諭されてしまったがね。その指摘をした君は信頼できる人物であると確信を持てたよ」
「……その節は生意気な事を言ってすいませんでした」
「前にも言ったが、気にする事は無いよ。逆にこちらが礼を失していた。唯でさえ囮にしようとしているのにだ。謝罪の意味も込めて報酬は弾ませてもらう」
俺はその話を聞いて、ある事を思い出す。
「報酬の話なんですけど、実は1人協力を取り付けていた人物がいるんです。その人の分ってどうなるんですか?」
「それはもちろん紹介してくれれば報酬を出そう。ただ、実際に協力してもらったわけでは無いから、そこまで多くの報酬を払えない」
「そうですか……」
その辺りは後でアートと相談しよう。
コペルさんとの話がひと段落したところで、前を歩いていた衛兵が立ち止まる。
俺も足を止め、辺りを見渡してみる。
どうやら、皇宮の外壁まで来ていたようで、大きな門と外周を警備している沢山の兵士が見受けられる。
俺とコペルさんを案内していた衛兵は、門番をしている兵士といくつか話をした後こちらにやってくる。
「こちらからどうぞ」
俺達は衛兵に案内され、大きな門の隣にある扉から中へと入る。
中に入ると大きな庭園があり、一面に白い花が咲いていた。
そんな花の絨毯を突っ切るような一本道を進んでいくと、皇宮の本殿が見えてくる。
建物はそれ程高く無いが、横に大きく広がっていてその全容を確認する事は出来ない。
本殿は外壁が白く塗装されており、屋根は平たく深緑色をしていた。
外壁に等間隔で設置されている純白の柱には、金色の金具で装飾が施されている。
本殿の前は少し開けた場所があり、俺達が進んでいる道の他に左右に1本ずつ細い道が伸びている。
その左側の道から、衛兵とそれに囲まれた一団がやってくるのが見える。
俺達が本殿の前に到着するころには、その一団も全容が見えるところまで来ていた。
注意深く見てみると、どことなく見覚えのある人物がチラホラいる事に気づく。
相手もこちらに気づいたようで、驚いたような声を上げる。
「お前、なんでこんなとこにいんだ?」
「お久しぶりです。ウイングさん」
それはクラン対抗イベント以来となるボスパーティーとの再会だった。




