161.レポート
“
放火直後、アールヴ皇国の衛兵により図書館内及び周辺にいた人物の賞罰確認が行われた。
すると、司書ギルド職員の1人に『放火 幇助』という賞罰がついていたので、その場で捕縛した。
その職員に詳しい話を聞いたが、特に放火犯に協力した覚えはないという。
職員の家も捜索されたが、特に怪しいものは出てこなかった。
その為、職員に当日の行動を詳細に説明してもらうことにした。
職員の話と現場の状況を照らし合わせた結果、犯人はこの職員を利用していた可能性が濃厚になった。
この図書館は、状態の悪い本が多いため床に紙屑や埃が溜りやすい。
現場の状況から、放火犯は掃除の為に集められたゴミの山に着火したという事が分かっている。
そして、件の職員であるが普段から掃除が下手だったようで、他の職員や図書館の利用者から注意を受ける事が多かったようだ。
特に放火事件当日は、かなりの人数に注意されていたという。
犯人ないし協力者により放火に最適な場所に紙屑を集めさせられていたようだ。
さらに調査を進めていくと、事件当日から行方が分からない人物が数人いる事が判明した。
今後、この人物たちを重要参考人として行方を追っていく。”
コペルさんから受け取ったレポートにはこのような事が書かれていた。
この後に補足として、図書館の放火前と後の違いや重要参考人と思われる人物たちのプロフィールと人間関係について等の情報が事細かに記されている。
正直、俺が調べることはほとんどないように思う。
「確かに調査開始当初は、すぐに犯人を捕縛できると思われた。しかし、図書館の放火事件をきっかけに皇都の治安が悪化してしまってな。途中まで協力してくれていた皇国の衛兵達も捜査に手が回らなくなり、犯人が潜伏している可能性がある状態では司書ギルドから離れられない我々ではこれ以上捜査を続ける事が出来なくなったのだ」
司書ギルドで手が回らないのであれば、総合ギルド等で広く協力者を募るのも手だと思うが……。
それこそ、事件解決に動いているプレイヤーは報酬が増える事になるのだから。
「おっと、そういえばもう一つ渡すものがあるんだ」
コペルさんは俺の疑問に答えるかのように、一枚の封筒を渡してきた。
「今話に出たように治安が悪化しているわけだが、その一因にプレイヤー達の行動があげられる。その為、プレイヤーが立ち入りを禁止されてしまった施設がいくつかある。例外として国に認められた者か、司書ギルドが調査を依頼した者は許可証を開示すれば入る事ができるのだ」
今渡された物はその許可証という事だろう。
この許可証については皇国からお達しがあったらしく、司書ギルドに詰めかけるプレイヤーも多かったという。
しかし、犯人探しの為とはいえ皇都の治安を悪化させたプレイヤー達を信用できず、クエストを依頼する事はなかった。
そんな時、司書ギルド所属のプレイヤーである俺がやってきた。
話を聞くと皇都についたばかりで治安悪化の経緯すら知らず、他の国で司書ギルドの依頼を積極的に受けているという。
他の者に頼むよりははるかに信用できそうだという事で、俺に捜査の依頼を出す事にしたそうだ。
「本当は依頼の話を受けてくれた時に用意できればよかったのだが、何分急に決まったことだったからな。次に来た時に渡そうと準備していたんだ」
「そうだったんですか……。他にもいくつかお願いしようかと思っていたんですが、この資料と許可証のおかげでほとんどいらなくなりましたね」
……情報を集めるのはもっと大変なものだと思っていた。
ジャンル問わず小説やゲームでは、こういった事件解決の為に主人公が関係各所を巡って情報収集していくのが定番だ。
時には労働やアイテムを対価に情報を引出し、少しずつ真実が明らかになっていく。
その過程も醍醐味だと思うのだが……。
そこまで考えて、これがただのRPGではなくMMORPGだったなと思い直す。
確かにこのクエストは俺だけが受けているが、事件全体を見ればワールドクエストの一部なのだ。
何も自分が主人公であるわけではない。
他にこの放火事件 (もしくはワールドクエスト) について行動を起こしているプレイヤーがいれば、それだけ物語は進行していくだろう。そもそもこの放火事件の引き金を引いたのもプレイヤーらしいからな。
それに時間が進行していく中で、この世界の住人たるNPCがほとんど情報を集められないというのも不自然である。
時間経過から考えれば、これでも少ない方かもしれない。
「ほとんどという事は他にも頼み事があるのかな?」
「そうですね。こちらのお願いはできればでいいのですが----」
俺はもう一つのお願いをコペルさんに伝えた後、司書ギルドを後にする。
コペルさんは「努力はするが、叶えられるかは分からない」との事だった。
こちらもできればというくらいの事なので、無理しないでほしいと伝えておいた。
ニーベルさんに預けていた従魔達を引き取り、街道まで戻ってくる。
本来の予定ではこの後、総合ギルド等の主要施設を回りながら聞き込み調査をするつもりだった。
しかし、思いのほか司書ギルドで多く情報を手に入れたので、虱潰しに聞いて回る必要はなさそうだ。
相変わらず人通りの少ない街道を抜け、目的の場所へ向かう。
「聞いてはいたが、ずいぶんと派手なツリーだな」
やってきたのは皇都のはずれにある孤児院だ。
コペルさんから受け取った資料にあった重要参考人のほとんどが、ここの孤児院出身もしくはその関係者だった。
当然、孤児院についても調べられたそうだが、特に事件と関係はないと結論付けられている。
ただし、重要参考人達の動機は浮かび上がってきたらしい。
この孤児院は皇国が運営しているそうなのだが、つい最近まで狐の獣人である老齢の女性が院長をしていたらしい。
その獣人の女性はかなりの人格者だったらしく、皇都の老若男女問わず多くの人物に慕われていたそうだ。
しかし、獣人達が追い出されていく中で己だけが残り続ける現状と、高齢からくる心身の衰えから院長を続ける事に限界を感じていた女性は院長を引退することにしたそうだ。
そこで問題になったのが、後任の院長がエルフの男性だった事だ。
特段男性本人に問題はないが、孤児院の院長がエルフになる事に反対する勢力があった。
それが、今回行方不明になった重要参考人達である。
この孤児院は種族問わず子供を受け入れており、エルフや獣人はもちろんドワーフや人族の子供たちが共同生活をしている。
そこに種族の違いによる上下関係はなく、皆平等な扱いを受けているとの事。
反対した一派は「皇国は獣人でありながら人望のあるあの人を追い出したかっただけだ」と主張していたそうだ。
しかし、獣人の女性本人が引退を望んでいることを伝えたことで一度は矛を収めた。
これでこの話は終わりかと思われたが、放火事件後に聞き込み調査が行われると重要参考人達は皇国の決定に対して納得してはいなかった事が分かった。
ギルドや酒場等、行く先々で愚痴をこぼしていたという。
おそらくそういった不満を利用されて、今回の放火事件に加担させられたのだろうとレポートに書かれていた。
主犯とも考えられるが、いくつかの理由から犯人に利用された説が濃厚となっている。
図書館に施された細工がそれなりに古く院長の引退騒動より前に施されていた事と、一度院長に諭されているので不満はあれど、自ら大それたことはしないだろうという事らしい。
犯人に最も近い重要参考人達の情報を集めるべく孤児院にやってきたわけだが、視界に飛び込んできたのはどこからどう見てもクリスマスツリーだった。
どうも、ウィンターイベント中にプレイヤーによって作られたものらしい。
なぜ今も残っているかは不明であるが、コペルさんいわく「いい目印だろう」との事。
俺は季節外れのクリスマスツリーに苦笑いを浮かべながら、孤児院に足を踏み入れた。




