150.ウィンターイベントの終了
チェーンクエストという当初の目的を終えた俺はいまだトルトゥーラに滞在していた。
次に向かう地域が治安の悪い場所という事で、イトス達に依頼した装備品が完成するまではこの国に滞在するつもりである。
現在はトルトゥーラの大図書館で読書を楽しみつつ、街の外に出てレベル上げとポイント稼ぎをしている。
最近はウィンター・転職・チェーンクエストに加えてイベントや金策と忙しい日々が続いていたが、ようやく一息つく事ができた。
ここの大図書館は小説の数は少ないものの、モンスターにまつわる伝承や伝説を綴った本が多いのでしばらくは読む本に困らなそうである。
それに、いくつか見過ごせない情報も拾えていた。
例えば、モンスターにまつわる童謡や詩を集めた本にはこのような詩が載っていた。
“大森林の奥深く、霧の立ち込める領域には入ってはいけないよ。
何故って? そこは月に愛された者たちが住まう湖があるからだよ。
どうして入ってはいけないのかって? そこに住まう者たちの機嫌を損ねると災いが降りかかるからだよ。
そこには何がいるのかって? それは天候を操る美しき月の民や月光のごとき銀色の毛におおわれた獣がいると言われているよ。
どうにか入る事は出来ないのかって? 私は知らないが「森の民」なら何かを知っているかもしれないね。”
ただの会話のような童謡のような不思議な詩であるが、重要な情報が所せましと散りばめられている。
このゲーム内で大森林と言われる森はいくつかあるが最後の「森の民」というのがエルフであると仮定するならばこの詩に出てきた大森林は1つに絞られる。
そして森の民がエルフであるならば、月の民はハイエルフの可能性が高い。
ハイエルフはエルフ同様ファンタジーのお話には定番ともいえる種族であるが、月の神々と親和性が高く霧を司る種族として有名だ。
ここまで類似点があると、むしろそれ以外の可能性は低いと考えられる。
ただし、このゲームで森の民と言える種族として、樹人も考えられるので確定とはいいがたいが……。
それにこの詩が載っている本はあくまでも伝承に記されたモンスターについて書かれた本であるため、月の民についてより銀色の毛に覆われた獣の方を重点的に考察していた。
そのモンスターは他の伝承でも度々存在を確認されているらしく種族の特定までこぎつけているようだった。
種族はフェンリルで別名「神狼」「月狼」という。
容姿は美しい銀色の体毛に覆われた大きな狼である。
生態についてはほとんどわかっていないが、雲の少ない月夜に目撃情報が集中していることから、夜行性で雨が苦手なのではと言われている。
別名の神狼とはその美しい容姿と圧倒的強さからか、いくつかの伝承で神の使いとされ信仰の対象となっていた事から由来する。
特に獣人からの信仰は厚く、獣人たちの間ではフェンリルを見たものには幸運が訪れるなんていう話もあるという。
考古学者のお爺さんの家で読んだ手記もそうだが、種族が人族である俺がエルフ族に詳しくなっても宝の持ち腐れではなかろうか?
しかし、フェンリルや月の民には少し興味がある。
チャンスがあれば“月に愛された者たちが住まう場所”へ行ってみてもいいかもしれない。
この他にも“飛竜飛び交う渓谷”や“氷上の精霊城”等様々な伝承、伝説についての本を読み漁った。
現実では物語の舞台となった地域に行くことは難しいが、ゲームの世界でなら本人の努力次第で辿りつけそうな気がするので、知識の国に着いた後にでも探してみるのも楽しいかもしれない。
久々にのんびりと読書を楽しめるようになって数日。
冬期休暇も最終日となったお昼ごろ、昼食の後片づけをしている俺の端末にゲームの運営からメールがきた。
それはウィンターイベント終了と終了時のワンタイムイベントを知らせる通知だった。
結局、開始の時も終わりの時もワンタイムイベントの演出を見逃すことになってしまった。
運営から来たメールにはワンタイムイベント終了後、アップデートを兼ねてメンテナンスが入るという事で今日の夕方までログインはできない旨も記されていた。
片づけを終えて自分の部屋に戻ってきた俺は、端末からゲームのアップデート情報を確認する。
1.レベルキャップを90まで開放する。
2.課金アイテムの実装。
3.2つ以上のアカウントを作成可能にする。
4.ゲーム内ランキング・グラフの実装。
今回のアップデートはなかなか運営も思い切った事したと思う。
今までこのゲームは比較的、和気あいあいとした雰囲気のゲームだった。
他のプレイヤーに迷惑をかけるようなプレイヤーは早々にペナルティを受け、最悪ゲームから退場させられることも多かったらしい。
イベント等もパーティーやクランを作る事を促すようなものが多かった。
しかし、ここにきてゲーム内の雰囲気がギスギスしだす要因になりやすい課金要素とランキング・グラフの投入は今までの流れとは真逆と言ってもいいのではないかと思う。
確かにゲームを運営するのには金が要るので、課金要素の追加はわかる。
というより今までデータバンクサービスを除き、課金要素の無い状態で運営できていた方が凄いことだろう。
ランキング・グラフの実装については、職業レベルや称号数等ゲーム内のあらゆる数値を視覚化して今後の参考にしてほしいとの事。
ただし、今までのイベントの時のランキングと同じように自分のプレイヤー名を非表示にすることもできるらしい。
課金要素追加のタイミングでランキングやグラフの実装は課金の促進には打って付けかもしれない。
最後に2つ以上のアバター作成についてである。
基本ゲーム機器1台につき、1つのゲームアカウントとなっている。
しかし、あるアイテムをゲーム内で入手すると別アカウントを作成可能になるらしい。
課金アイテムとして実装されるらしいが、無課金でも特定の条件を満たせば入手は可能だそうだ。
今回のアップデートの内容は俺に直接関係するものはほとんどないが、ゲーム内の雰囲気がギスギスしてくるようならば、今まで以上に情報の扱いには注意を払わなければいけないだろう。
以前のように気軽に情報を教えて、またトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。
特にハイエルフに関する情報を多く持っているので、エルフ皇国に向かう時は細心の注意が必要かもしれない。
アップデート情報の確認を終えた俺は岸嶋に連絡を取り、ゲーム内で落ち合う約束を取り付ける。
理由はもちろんクラン脱退の手続きの為である。
何度かやり取りをした結果、メンテナンス終了後すぐという事になった。
俺はメンテナンスの終了を待ちながら、机に置いてあった未読の小説を読み進めるのだった。




