145.クエストクリア 親子の別れ
「あのー……」
「あ~……」
女性に近づいて声をかけてみるが、聞こえていないのか言葉になっていない嘆きを繰り返すばかりだ。
このままスルーしようかと再び考え出したところで、女性の従魔らしきトラが周りの状況に気づいたらしく女性の肩を強く叩き始める。
「ん~? もうなーにトラちゃ~ん。今それどころじゃないの! 私が狙ってたアザラシの子供が他の人に取られちゃったんだよ~」
「あの! そこで蹲ってるのはジャマだと思うんですが!」
そこでようやく俺が声をかけている事に気づいたのか、女性はこちらに向けて顔を上げる。
子供アザラシと俺の顔を何度か見比べた後、女性は再び打ちひしがれる。
「そうやって私を笑いに来たんですね! 私にアザラシの子供を見せつけて! 子供の方だけ連れて行こうとした私をあざ笑おうというんですね!」
め、面倒くさい。それは完全に被害妄想だ。
しかし、親アザラシが警戒している理由がわかった。おそらくこの女性はアザラシ親子を見つけた時に、子供アザラシだけを連れて行こうとしたのだろう。
親アザラシからしたら子を誘拐されそうになった相手だから、警戒対象になるのは当然といえよう。
これ以上俺が声をかけても事態が好転する気配がないな。
後はテイマーギルドの職員にでも任せて俺はお暇しようかと考えていると、先ほどのトラが女性の首根っこ咥える。
女性は何が起こっているかわかっていないような顔をしているがトラは俺へと頭を下げた後、女性を咥えたままテイマーギルドを出ていく。
――空気の読めるトラにはGJを送りたい。
テイマーギルドを後にした俺はマイルームに戻りログアウトした。
……………………。
次の日、ログインした俺はようやくアザラシ親子のクエストクリアに乗り出す。
距離的にはそれほど遠くはないので、数回のログインでたどり着けるだろう。
例の大河の先には港町があり、そこにある総合ギルドでアザラシ親子と合流するつもりだ。
アザラシ親子をマイエリアに残し、目的地へ向かう事にした。
≪従魔グリモがレベルアップしました。≫
≪従魔カレルがレベルアップしました。≫
≪オラズ・テイマーのレベルが上がりました。≫
≪従魔エラゼムがレベルアップしました。≫
≪従魔ハーメルがレベルアップしました。≫
≪従魔ヌエがレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「水魔法」がレベルアップしました。≫
≪従魔カレルの練度が一定に達したため、スキル「水術」がレベルアップしました。≫
≪イベントポイントが27ポイント加算されます。≫
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水堀、水路、大河に沿ってアザラシ親子が迷い込んでしまった河口を目指す。
ウィンターイベントのおかげで出てくるモンスターに変化が無かったため、かなりスムーズに進むことができた。
基本的に寄り道はせず、襲ってきたモンスターだけを返り討ちにすることにしている。
金策は帰りに行う予定なので、目的地に着くまでは消耗品を補給できるくらいの金が集まれば問題ないからだ。
港町までやってきた俺はマイエリアに向かう。
マイエリアでカレルをパーティーから外し、アザラシ親子を加える。
最初は警戒心の強かった親アザラシも今ではおとなしく俺に背負われている。
マイエリアを出た俺は港町の外れにある海岸まで歩いていく。
海岸に辿り着いた俺はアザラシ親子を浜辺に降ろす。
子供アザラシは久しぶりの海だったからか、大はしゃぎで海へ飛び込み遊び始める。
親アザラシはそんなわが子に仕方ないなといった雰囲気で追従した。
「ギューー……」
「キュ! キュー?」
そんな親子を眺めながら俺ははてと首を傾げる。
これでクエストクリアの条件は満たせていると思うのだが、アナウンスが流れてこない。
アザラシ親子の種族的には寒い地域の海全域が生息地のはずなので、この辺りでも問題ないはずなのだが……。
しばらくして遊び疲れたからか、アザラシ親子が浜辺へと戻ってくる。
子供アザラシは俺の近くまでやってくると、お昼寝を始めた。
親アザラシも俺達から離れないところを考えるとやはり浜辺ではなく、大海原に出てもう少し水温の低い海域まで連れていけというクエストなのだろうか?
「キュー……」
子供アザラシが目覚めるのを待ちながら浜辺に座り読書していると、隣から間の抜けた鳴き声が聞こえてくる。
どうやら子供アザラシが起きたようで、ヒレで器用に眠たげな眼をこすっている。
親アザラシも子供アザラシが起きたことを確認すると、再び海へと潜り子供アザラシに催促する。
どうやら俺の心配は杞憂だったようで、目的地はここで合っていたようだ。
しかし、親アザラシが呼びかけているのに子供アザラシが俺の足元から動かない。
親アザラシも不思議に思ったのか浜辺に上がり、子供アザラシに近づく。
「ギュ? ギューー!」
「キュ! キュー!」
なにやら親子で話し合っているようだが、子供アザラシがチラチラとこちらを見ていることから俺も関係ある話なのだろうか?
話し合いは続き、最後はお互い涙を流しながら抱き合う。
しばらく抱き合った後、親アザラシは海へ向かい子供アザラシは俺の足元へやってくる。
何となく予感めいたものを感じながら、子供アザラシの視線に合わせるために屈む。
≪子供アザラシが正式なテイムを望んでいます。テイムしますか?≫
「いいのか? さっきの感じだと親アザラシは付いてこないんだよな? ここまで来て離ればなれに……」
「キュ!」
子供アザラシは俺の言葉を遮って真剣な顔で頷く。
どうやらもう決めたことのようだ。俺は頷いて子供アザラシにもう一度テイムを発動する。
≪アシェンセイル ♂のテイムに成功しました。名前を付けてください。≫
NAME「ジェイミー」 ウイングの従魔
種族「アシェンセイル ♂」LV7 種族特性「水棲」「鈍足」「脂肪」
HP 400
MP 110
筋力 5
耐久力 11
俊敏力 2
知力 7
魔法力 9
スキル
「水魔法LV1」「水泳LV3」「治癒魔法LV1」
アザラシは昔から様々な物語に登場するが、俺の中ではこの名前が一番しっくりきた。
子供アザラシ改めジェイミーも嬉しそうにヒレを叩く。
しかし、お別れという時に親アザラシが海に潜ったまま姿を見せない。
このままお別れという事だろうか?
ただ、俺が浜辺を離れようとするとジェイミーが引き留めてくる。
確かにクエストクリアのアナウンスも無いので、まだ何かあるようだ。
しばらく待っていると、親アザラシが海面から顔を出す。
その口には透明な結晶らしきものが咥えられていた。
「くれるのか?」
「ギューー」
≪ウィンタークエスト アザラシ親子を救え!! をクリアしました。≫
親アザラシから透明な結晶を受け取るとクエストクリアのアナウンスが流れる。
どうやらこれでウィンタークエストはクリアという事らしい。
「ギュ、ギューー!」
「キュ! キューー!」
アザラシ親子が最後の挨拶を交わす。
ジェイミーに声をかけた親アザラシは俺に視線を向ける。
俺が黙ってうなずくと親アザラシも頷き返し、そのまま海へと潜っていった。
こうして、俺のウィンタークエストは終わりを迎えるのだった。




