138.転職先と従魔達の様子
≪熟練度が一定に達したため、スキル「細工」がレベルアップしました。≫
≪司書のレベルが上がりました。≫
「これで必要なスキルの習得とレベルアップは完了ですか?」
「……うん、そうなるね。……あくまで最低限だけどね」
今しがた、シャーロットさんから与えられた第1の課題をクリアした。
あくまで転職に必要な最低限であり、職業の特性を生かすにはさらなる精進が必要らしい。
俺が課題を終えたことを確認したシャーロットさんは足元にいた黒猫を抱き上げる。
「……あえて言わなかったけど、あなたが転職しようとしている職業についてはわかったかな?」
「ええ、まあ。ある程度は……」
俺はシャーロットさんが抱き上げた黒猫に視線を移す。
その額には今も青い宝石が輝いている。
「その黒猫の額についている宝石は後付けですよね? 最初はそういった特徴のあるモンスターかと思っていました」
「……そう、この子の額に付いている宝玉は私の職業スキルによるものです。……確かに初めから体に宝玉を宿している子もいるけどね」
よくファンタジーものの小説などで登場するカーバンクルはこの世界にも存在する。
伝承などに記されるカーバンクルは額に赤く燃える鏡を付けた生物と伝わっており、ゲーム等では鏡を宝石に変えて登場することが多い。
このゲームでもカーバンクルは頭に宝石をつけている生物の事を差すが、姿形は様々という事らしい。
自然界に存在する妖精の魔力が結晶化し、その結晶が魔物に吸収されることで……と詳しく説明が書かれた本も読んだがそこは重要ではない。
大昔このカーバンクルを再現する研究が行われた。
カーバンクルは基礎的な魔力値が高く、精霊魔法や幸運等の珍しいスキル、特性を持っていることが多い。
要はその状態を後付けしようという事だ。
最終的にカーバンクルの再現は失敗に終わったらしい。
しかし、研究の過程で宝石・鉱石に魔法的付与を施して従魔を強化する職業が発生した。
それこそ俺が転職しようとしている職業である「オラズ・テイマー」だ。
「資料を読んだときに思ったのですが、カーバンクルの研究中に発生した職業ならばカーバンクル・テイマーでもよかったんじゃないですか?」
「……カーバンクルの宝玉は純粋な魔力の結晶なのに対して、オラズ・テイマーの宝玉は宝石または鉱石を媒体として使うから全くの別物なの。……たぶん研究者達がその違いを許せなかったんじゃないかな?」
オラズ・テイマーに転職すると「魔石晶従魔術」という職業スキルを習得できる。
このスキルには主に2つのアーツが存在する。
事前に用意しておいた宝石・鉱石に様々な効果を付与するエンチャントとそのエンチャントした宝玉を従魔に装着させるコネクトだ。
魔石晶従魔術でエンチャントされた宝玉はフォローオラズと呼ばれており、同じく魔石晶従魔術のアーツであるコネクトによって従魔に装着することができる。
このフォローオラズにエンチャントできるものは魔法スキルと種族特性である。
全ての種族特性をエンチャントすることは可能だが、装着する従魔と特性が全くあっていなかった場合、装着直後に拒絶反応を起こしてリスポーンしてしまうらしい。
例えば、ハーメルの隠遁やヌエの夜行性といった特性は大体の従魔に付与可能であるが、エラゼムとグリモの魔法生物や以前のカレルが持っていた淡水棲などは、装着される従魔によっては拒絶反応を起こしてしまう事があるという。
そうやってリスポーンした従魔は宝玉が消滅する上、テイマーとの関係も悪くなってしまうそうだ。
どんなに仲が良くても、信頼関係が氷点下まで落ち込むことがあるという。
その他、注意事項は以下の通りだ。
1.フォローオラズは従魔につき1つ装備できる。
2.エンチャントできる数は媒体となる宝石・鉱石の質に左右される。
3.エンチャントを使用した時に付与できる限界がわかる。
4.付与できるのはパーティー内の誰かが、取得している魔法スキル・特性だけである。
5.フォローオラズはスキルを使えば着脱は可能であるが、大量のMPを使用するため乱発はできない。
「……ここまでで何か質問はありますか?」
「今の所、ありません」
転職先についての確認も終えたので、これをもって第1の課題は終了との事。
シャーロットさんは次の課題の準備があるという事で今日はここまでという事になった。
ログイン時間に余裕があったので、ハーマンさんに預けている従魔達の様子を見に行くことにする。
「ほほ。まだまだこれからですぞ」
「(; ・`д・´)」
「ヂュウ……」
「ガー……」
「クッ、クーー……」
「……」
俺がハーマンさんのお店の裏庭に顔を出すと、ハーマンさんの周りで従魔達が突っ伏しているところだった。
厳密にいえばグリモ以外の従魔達が倒れていた。
ハーマンさんはといえば、綺麗に背筋を伸ばし片手に本を持ちながら悠然とたたずんでいた。
おそらくあの持っている本がグリモなのだろう。
グリモを装備したまま魔法を使用すれば、グリモにも経験値が入る。
インテリジェンスブックのような装備品型のモンスターはどういう修行をするのかと思ったが、預かっている人が直接使う事で経験値を得ていたようだ。
しかし、今のハーマンさんを見ていると別の物を連想させるな。
以前ハルに見せてもらった漫画で描かれていたが、高貴な生まれの子供に勉強を教える家庭教師の佇まいに似ている。
ある意味、俺の従魔達を個人的に教えているので間違ってはいないかもしれないが……。
「おや、ウイングさん。おはようございます。いかがされましたか?」
「いえ、第1段階の修行を終えたのでこちらの様子を見に来ました」
「ほほ、なかなか順調そうなご様子。それでは少し休憩することにしましょうか」
俺の従魔達が先ほどまでの修行で疲労困憊らしく、そのまま裏庭で話を聞くことになった。
裏庭にあるテーブルでティータイムの準備を終えたハーマンさんは現在までの従魔達の状況を話してくれた。
全滅させられた影響か、従魔達のやる気は高いらしく全員一生懸命に努力しているという。
修行がひと段落したら、ぐっすり眠ってまた修行を繰り返しているとの事。
……どうやら休憩時間はほぼ眠っているらしいので、ハーメルのスキルレベルが上がったのはそのためだろう。
このままいけば、全員睡眠スキルを習得する日も遠くないかもしれない。
「第1段階が終わったという事は次の課題は実地訓練になるかもしれませんね?」
「そうなんですか? それでは一度従魔達を引き取った方がいいでしょうか?」
「いえ、シャーロットには従魔を引き取るように言われなかったのでしょう? それでしたら、戦闘にならないところでの訓練になるのでしょう。……っと、失礼」
俺とハーマンさんが話していると、ハーマンさんの肩に1羽のフクロウが飛び降りてきた。
ハーマンさんはバランスを崩すことなく受け止めると、フクロウの顎を撫でる。
そのフクロウを見た俺はハーマンさんに疑問をぶつける。
「ハーマンさん、そのフクロウは……」
「ああ、彼は私の従魔でね。普段この辺りの上空を飛び回っているのですが、疲れるとこうして私の肩にとまるんだよ」
ハーマンさんの話を聞きながら、フクロウに視線を向けた俺は額に宝玉が無いことに気づく。
「ハーマンさんはオラズ・テイマーではないんですね」
「ん? ああ、あくまでシャーロットとはテイマーとして先輩なのであって実際修行を付けたとかではなくてね」
そうしてしばらく、ハーマンさんの昔話を聞いた俺は再び従魔達に差し入れをした後、ログアウトするのだった。




