125.裁縫の国
しばらく馬車に揺られながら読書をしていると、ログイン時間の限界が来たようなのでログアウトすることにした。
馬車の中でログアウトすると、次にログインする時も馬車の中からのスタートとなる。
プレイヤーがログアウトした後も馬車は進んでいくので、ただ待っているのが嫌な人は馬車が到着する時間になるまでログインしない人もいる。
ただし、馬車が目的地に到着した時にログインしていないと、馬車が次の目的地に出発してしまう。
そうなると、自力で目的の場所まで引き返さなくてはいけない上、追加料金を取られることになるらしい。
俺が目指す国までは、リアルの時間でも数日かかる距離がある。
この数日を利用して、部屋に積みあがっている本を読破しようと思っている。
読書の合間にログインして距離を確認するつもりなので、乗り過ごす事は無いだろう。
最近はゲームの中で読書していた関係で、現実の方で発売された本を読んでいない。
学校からの帰り道に本屋によって買ったまま机の上に積みあがっているのだ。
昔の自分からは想像ができない状況だな。
俺は苦笑しながら、机に積みあがっている本の1冊目を手に取るのだった。
……………………。
馬車に揺られること数日。
現実世界の方で積みあがっていた本を大体読み終わったころ。
ようやく馬車が目的地に到着する日になった。
読書の合間にログインしながら馬車の進捗を確認していたが、ログインする度に気温が徐々に下がっていくのを感じていた。
馬車から覗く風景も辺り一面の麦畑から羊やアルパカのようなモンスターが放し飼いされている牧草地帯が目立つようになっていた。
「ギルドカードの確認が終了しました。入国手続きを終了します。ようこそ裁縫の国ソウへ!」
馬車を降りた俺は入国審査を受けていた。
裁縫の国と言われている国ソウは文字通り、裁縫師が多く集う国だ。
俺が下車した場所はこの国の首都であるカリーチだ。
図書館で調べた情報によると、この国は種族で固まった国ではなく、裁縫に関わる職業の人たちが自然に集まってできた国らしい。
なぜ裁縫に関わる人が集まったかと言えば、この国周辺の気候や地理に関係している。
この辺りは年中低い気温で保たれており、防寒着の需要が高く、毛量の多いモンスターの繁殖に適している。
そのうえ、野生で出現するモンスターもそう強くないのも大きい。
基本的に毛量の多いモンスターは草食であり、肉食系モンスターの格好の餌食となるが、この辺りのモンスターはそれほど強くないので撃退が容易だ。
手続きを終えた俺はこの国の図書館によってみる事にした。
この国にある図書館は司書ギルドで調べてもらったリストには入っていない。
チェーンクエストの本はおろか危険図書を保管しておく部屋もないくらい小さい建物のようだ。
……図書館の蔵書によってはこの国はすぐに発つことになるかもしれない。
俺は総合ギルドからマイエリアに向かいグリモ以外の従魔達を預ける。
従魔達もここ数日はログインしても馬車の中だったので退屈していたことだろう。
ここで思いっきり遊んでいてもらおう。
……………………。
この国の図書館に寄って蔵書を確認した俺はカリーチの散策をしていた。
ここの図書館は建物が小さいこともあったが、何より本の系統がだいぶ偏っている。
裁縫関係が多いのは仕方ないが、それ以外の本もモンスターの生態や素材についてがほとんどだったのだ。
数少ない小説もイニシリー王国の王都にある図書館で見たことあるものばかりだった。
……この国にはあまり目的があったわけではなく、この先にある国への中継地点というだけだったので長居せずに次の国を目指そう。
しばらく歩いているとどうやらカリーチの端まで来ていたようだ。
この辺りは厩などが並ぶ区画のようで、イニシリー王国を出た時に見たアルパカや羊のようなモンスターも多く見ることができた。
「「「メ~~」」」
「フーン、フーン」
何となく厩のモンスターたちを眺めていると少し離れたところから気の抜けた鳴き声が聞こえてくる。
そちらの方に顔を向けると、一際モフモフなモンスターが密集した区画があった。
おそらく羊飼い系のNPCでもいるんだろうと、すぐに顔を戻そうとした時……。
「「「メ~~」」」
「「フーン、フーン」」
「……――!」
「「「「「メ~~」」」」」
気の抜けたまったりとした鳴き声の中に、違う声が混じっているのが聞き取れた。
「……ふ……フ……」
どうやら聞き間違えではないらしい。
あのモフモフの海から人の声らしきものが聞こえる。
しかし、俺の位置から姿が見えない。
気になった俺はモフモフの海へ近づいてみる事にした。
どこを見渡してもモフモフの海になっている区画に近づいていくと羊のようなモンスターを中心としてアルパカやただの毛玉のように見えるモンスターが犇めいていた。
そして、モフモフの中心に声の主と思わしき人物がいた。
背が低い種族なのか、ヒツジやアルパカの毛に埋もれて頭だけがかろうじて確認できる。
モフモフの海から出られなくなっているのだろうか?
一応、助けがいるか声をかけてみる事にした。
「すみませーん。そこの羊たちに埋もれてる人! 助けは必要ですか!」
「……ふふ……モフ」
聞こえてない距離ではないと思うが、何やらぶつぶつ言いながらモフモフに埋もれている。
こちらへの反応が無いので、どうするべきか悩む。
勝手に羊をどかして相手の行動の邪魔になってしまう可能性もあるし、助けを求めたいが声が出しづらい状況になっている可能性もある。
「あれー? ウイングさんですか?」
俺がモフモフの海を前に悩んでいると、背中から声がかかる。
振り向くと、俺たちの装備品を作ってもらっている裁縫師ミーシャが首を傾げた態勢で佇んでいた。




