14.模擬試合
「来ないのか? エタン」
「じっくり行かせてもらうさ」
と言いつつも彼女はじりじりと距離を詰めてこようとする。
まともに武器を振るったところで、彼女に通用するはずもなく。
となれば、「能力」で行く。これから一緒に戦う団員たちに俺の能力を見せることは構わないだろ。
彼女から俺の能力のことは伝わっていると思うし。
俺の体がブレる。
次の瞬間、彼女の真後ろに姿を現すとすかさず彼女の首元にダガーを当てた。
「わ、分かっていたとはいえ。呪文もなく。前動作がないとまるで読めんな……参った」
「初見殺しなんだ。俺の転移はさ。次からはここまでうまくはいかないだろうけど」
降参するエタンに向けニヤリと笑みを浮かべ、ダガーを彼女の首元から離す。
「ほ、ほんとに転移した!」
「魔力の動きが全く無かったよ……そんなことって……」
目を見開き固まる青年とペタンと尻餅をつくピンク髪の少女ことパルヴィ。
絶句する他の団員たち。この中には髭もじゃの男も含まれていた。
これで文句なく報酬を受け取ることができるかな?
誰もが動きを止める中、のっしのっしと堂々たる足どりでこちらにやって来るのはアヒルだった。
「くあ」
アヒルは当たり前のように俺の足もとで気の抜けた鳴き声をあげる。
「純白の隠者……」
その様子を見ていた団員のうち一人が呟きを漏らす。
よく見たら髭もじゃの男じゃないか。
「見たことのない鳥だ。あれが純白の隠者の使い魔か」
「きっとあの鳥もとんでもない力を持っているに違いねえ」
いやいや、こいつは唯のアヒルじゃないかなあ……。特に意思疎通ができるわけでもなく、何故かくっついて来ているだけよ?
すみよんが中に入っている可能性もあるけど……。
「よおっし、みんな。ゾエの力は申し分ないよな?」
「すげえぞ。純白の隠者!」
「おうよ!」
団長の問いかけに団員達から歓声があがる。
その純白の何とかってのは止めて頂きたい。できればゾエって呼んで欲しい……。
純白の元ネタがアヒルってのがまた間抜け過ぎるし、微妙に格好良く聞こえるから余計に微妙な気持ちになる。
そんな中、片手剣を地面に転がしたエタンが握手を求めてきた。
彼女の手を取り、ぎゅっと握りしめる。
「ゾエ殿。貴君の強襲は分かっていても防ぎようがない」
「だったら嬉しいよ」
健闘を称え合い、これにて模擬戦は終了と相成ったのだった。
「ゾエ。いや、兄貴。疑ってごめん! あんなすげえ魔法は初めて見た!」
「疑われて当然だって。俺はこんな格好だし、素手ときたもんだ」
「俺、カミルってんだ。改めてよろしくな。兄貴」
「よろしく」
いきなり兄貴まで格上げされてしまったが、素直な少年だな。
実力を見たら、敬意を払い、悪いと思えば謝罪する。大人でも中々できることじゃないぞ。
って偉そうに考えているけど、歳の差はせいぜい3つくらいってところだよな。
今度は何だ。犬頭の団長と髭もじゃが並んでカミルと入れ替わるようにして前に出てくる。
髭もじゃが一歩前に進む。近い、近いって。
そして、彼は握りしめた拳を前に出し――。
「すまなかった。お前の絶技をしかとこの目で見させてもらった」
「あ、うん」
突き出した手は握手を求めるものだったのだ。強面で眉間に皺を寄せると緊張感が漂いまくりだろ。
お次は団長だ。
髭もじゃも長身だけど団長は更に高い。
耳の先まで含めたら2メートルはあるな。厚い胸板とはち切れんばかりの肩回りも相まって貫禄があり過ぎる。
「付き合わせてしまって悪かったな。気が向いたらいつでも兵団に来てくれ」
「礼ならエタンに。彼女が引き立て役を買って出てくれたのだから」
「面白え奴だな、おい。ますます気に入ったぜ。そうだ。ゾエ」
腰に右手をあて胸を反らす団長が愉快そうに大きく口を開け鋭い牙を見せた。
もう一方の手でガシッと俺の肩を掴み耳をピクリと揺らす。
◇◇◇
「ここだよ!」
両手を腰の後ろにやって、上半身が跳ねるパルヴィにギョッとして目を逸らす。
左右に結んだ髪の毛がぴょこんと動くのはよいのだけど、ゆさゆさと動く胸を凝視してしまった。
ワザとじゃないし、彼女も気にしていないけど慣れないものだから仕方ない。
仲の良い女子がいなかったわけじゃあないのだけど、梓はぺったんこだったし。髪が揺れいい匂いが漂ってくることがあってもおっぱいが揺れることなんてなかった。
本人の前で口を滑らしたら俺の命はない。
つい、彼女のことを思い出してしまった。あの何気ない日常を取り戻すために、頑張らなきゃな。
外から来た俺に団長が「宿舎を借りないか」って誘ってくれたんだ。
相場は分からないけど、街で部屋を借りるのに比べて半額くらいなんだと。
しばらくは宿暮らしかなと思っていた俺は、ワンルームに住めるとなれば即彼の誘いに乗った。ほら、全く知らない街だし安全面とか気になるだろ。
その点、屈強な兵団が住む宿舎だったら強盗が押し入るなんてこともない。更に格安ときたもんだ。
模擬戦とかめんどくさいと思ったが、やってよかった模擬戦。ありがとう、エタン。
部屋の位置も分かりやすい、階段を登って右手の部屋だ。ホテルのように通路があって両側にドアがある作りなので真ん中の部屋とかだと間違えてしまいそうだったからな。
こいつはありがたい。
「くあ」
俺より先に我が物顔でペタペタと中に入ったアヒルは、首だけをこちらに向け気の抜ける鳴き声を出す。
「可愛いすぎる!」
「ん?」
「ご、ごめんなさいい。ゾエさんの使い魔に」
「いや、間抜け面をしているよな、アヒル」
「くあああ!」
言葉が通じていないはずなのに、激怒したアヒルが猛然と抗議の鳴き声をあげる。
「あたしも使い魔が欲しいなあ」
「パルヴィは魔法を使うんだっけ?」
「うん。そうだよー。炎系だから、使い魔を使役する魔法を覚えてないんだ」
「使い魔とペットは違うんだよな?」
「あははは。ゾエさん。おもしろーい。ゾエさんの使い魔さんみたいに言葉が通じるようになるんだよ」
「へえ。それは中々便利かも」
「でも、使い魔によって理解力に差があるんだって。鳥で人気なのはクロウかな」
「カラス?」
「うん! 賢い子が多いんだって」
へえ。あいつを首にしてカラスにチェンジするか。
といっても特に使い魔が欲しいわけでもない。魔法を使うことができないし?
部屋に案内され、パルヴィが立ち去ったと思ったらキュウリのような野菜を持って戻ってきたんだ。
アヒルがむしゃむしゃとキュウリを貪り、ベッドに腰かけた俺はアヒルの前でしゃがんでにこにこしているパルヴィへ目を向ける。
アヒルってキュウリを食べるんだ。街ならいいが、自然下ではキュウリなんてそうそう手に入らないよな。
だったら、普段は一体何を食べてるんだろう?
とか至極どうでもいいことが頭をよぎる。
「和むにはまだ早い。昼にもなってないんだぞ」
「そうだね、あはは」
あ、パルヴィがいたんだった。一人のつもりで自分に自分で突っ込みを入れたのだけど、見られていただけじゃなく返事まで。
かああと頬が熱くなるが、毒食わば皿までだ。こういう時は開き直るに限る。




