第8章ー9
米内光政少将は、小泉六一中将に半ば詰め寄った。
「ともかく、今後、北京で新しく成立する見込みの奉天派、馮将軍、旧安徽派、孫文率いる中国国民党、以上の諸勢力が手を組んだ大連立政府に対して、現地の軍部としては厳正中立維持という現日本政府の方針を支持したいと思いますが、どう思われますかな」
「私も同感です」
小泉中将は、内心を覚られないように手短に答えた。
下手に長い話をすると、米内少将に自分の内心がばれかねない。
ともかく、これまで馮玉祥将軍に現地の軍部が行っていた秘密工作は闇に葬ると決めた自分の内心を米内少将に覚らせないようにしなくては。
米内少将は、鈴木貫太郎海兵本部長のお気に入りらしい。
そして、鈴木海兵本部長は、林忠崇元帥と昵懇の間柄で、秋山好古参謀総長や元老の山本権兵衛とも林元帥を介して知り合いになっている。
どう考えても、米内少将に自分の内心がばれては、この後、いろいろと面倒なことになりそうだ。
小泉中将は素早くそう判断していた。
「ですが、皇帝溥儀は別です。窮鳥懐に入れば猟師も殺さず、と言います。日本を頼むと言って来られた皇帝溥儀を見殺しにしては、海兵隊のサムライの名にふさわしい行動とは言えず、恥じ入ることになります」
米内少将は、そういって言葉をつないだ。
小泉中将は、米内少将を思わず見返した。
「海兵隊司令官の私としては、サムライとして、「新選組」の末裔として、皇帝溥儀を北京から脱出させたいと考えます。小泉中将にも同意していただけますか」
そういった後、米内少将は、階級上からも立場上からも上官の筈の小泉中将を半ば睨み据えた。
米内少将の気迫を感じ取った小泉中将は思わず肯きながら言っていた。
「米内少将の言葉、真に最も至極。私からも東京にそのように是非とも行動すべきと主張します」
米内少将は、小泉中将の下を辞去した後、海兵隊司令部に戻り、そこに中隊長、大尉以上の海兵隊士官全員を集めて、訓示を始めた。
「北京では政変が起こり、馮玉祥将軍率いる軍隊が、北京を制圧している。その軍勢は3万以上と見積もられている。更に直隷派の軍隊の多くが、現況から奉天派や馮将軍に続々と寝返っており、それらを合わせれば北京周辺にいる奉天派や馮将軍の軍勢は30万に達していてもおかしくない。我が国の政府は、直隷派と奉天派の争いについては、厳正中立を表明しており、私もそれが妥当だと考えている」
米内少将は、そこで言葉を切った。
「だが、皇帝溥儀は別だ。皇帝溥儀は北京からの脱出を希望しており、日本の助力を求めている。私はサムライの名にふさわしい行動として、皇帝溥儀の行動を支援すべきだと考える。皆はどう考える」
米内少将のその言葉を受けて、海兵隊士官達は次々に述べた。
「米内少将の言われる通り」
「私も「新選組」の一員として、助けを求める者を見殺しにはできない」
「よく言った」
米内少将は笑みを浮かべた後、話を続けた。
「では、東京に対して、現地の海兵隊は皇帝溥儀の脱出を全力で支援したいと希望している旨を連絡する。そして、何としても皇帝溥儀を北京から脱出させ、安住の地に住むことが出来るように、我々は努めようではないか」
「米内少将の言われる通りです」
海兵隊士官達は口々に同意した。
「では、東京にその旨を連絡し、その指示を受けた上で我々は行動しよう。そして、皇帝溥儀を北京から救い出そうではないか。我々海兵隊は三千余り、陸軍と合わせても五千を超える程度だ。だが、精鋭の諸君らの力をもってすれば、数十倍の軍勢が敵にまわっても、悠々と皇帝溥儀を救出できると私は確信している」
米内少将は力説した。
海兵隊士官達は、皆、その言葉に肯いた。
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