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第8章ー5

 こうして、佐世保鎮守府所属の海兵連隊のみの天津派兵が決断されたが、現場では大騒動になった。

 下手に自動車化を進めてきた海兵隊は、装備を運ぶのにも兵站(補給物資の質量共)にも第一次世界大戦前とは違った問題を抱え込むようになっていた。


「勘弁してくれ。糧食、弾薬に加え、燃料に装備が壊れた場合に備えての交換部品等、目録だけでも10年前とは比べ物にならない」

 欧州派兵以前からの海兵隊員で、二等兵から下士官に進級していた古参の部下の愚痴を土方歳一大尉は、内心では同情しながらも、口先では叱責せざるを得なかった。

「愚痴るな、全く。馬では無く自動車で運べるんだ。有り難いと思え」

「分かっています。ですが、大変なのは察してください」

「む。まあな」


 二昔前、日露戦争以前なら、海兵隊を派兵するなら、海兵隊員1人当たり小銃を1丁持たせて行けばよい、という冗談があった。

 これは、海兵隊に、白兵戦に絶対の自信があったことから、そう豪語していただけで、実際にそんな馬鹿なことは誰一人考えてはいなかったが、その当時の補給量からすれば、隔世の感があるのも事実だった。

 部下が言うとおりだ、糧食に弾薬、自動車を運用する以上、燃料や交換部品は必要不可欠だ、それに以前に比べて弾薬の種類(以前は小銃弾だけだったが、迫撃砲弾等もある)も使用量も増えている、土方大尉は頭が痛くなった。


 その夜、日の出から日が暮れるまで、天津へ赴くための準備に費やし、疲労した土方大尉を、同期の岡村徳次大尉が訪ねてきた。

 同じ佐世保鎮守府海兵隊勤務ではあるが、岡村大尉は戦車中隊長であり、今回の派遣組には入っていなかった。

「本当に海兵連隊だけで大丈夫かな。わしも一緒に行きたいところだが」

「貴様が来るということは、戦車部隊を出すということだからな。ただでさえ大変な兵站がもっと大変になるし、中国の軍閥との戦争を覚悟して行くことになる。奉天派と直隷派の内輪もめに、日本が介入する必要はないだろう。幣原喜重郎外相も、今回の海兵連隊の派遣は、あくまでも在留邦人を保護するためで、奉天派にも直隷派にも厳正中立を日本は保つと宣言している」

 岡村大尉の言葉に、土方大尉は諭すように言った。

「確かにそうだが。相手がどう見るか、日本が痛くもない腹を探られる様なことにならなければよいが」

 岡村大尉は言葉を継いだ。

「そこまで気にしていたらきりがない。とりあえず、命令に従って我々は天津に行くまでだ」

「ああ。頑張ってくれ」


 10月16日、天津港にて日本の海兵連隊は揚陸を開始した。

 急な派兵であったために、特に自動車燃料が欠乏気味で、完全自動車化されている筈の海兵連隊は、一部の部隊については徒歩行軍を余儀なくさせられる有様だった。

 天津港では支那駐屯軍司令官の小泉六一中将自らが他の司令部の要員と共に出迎えてくれた。

「よくぞおいで下されました。我々は独立9個歩兵中隊から成る部隊なので、海兵連隊の来援を聞き、勇気百倍の想いです」

 小泉中将の言葉に、海兵連隊の指揮官である米内光政少将は敬礼しながら答えた。

「我々は、支那駐屯軍の指揮下に基本的に入るように指示を受けております。何なりとご指示を」

「ありがとうございます」

 小泉中将も答礼しながら答えた。


 だが、米内少将は知らなかったが、実は小泉中将こそ、馮玉祥軍を奉天派へ寝返らそうとしている陸海軍の現地工作の現場責任者だった。

 小泉中将は、海兵隊の来援を馮玉祥軍の寝返りの一押しにしようと考えており、現地工作に当たっている部下の工作員に対して、そのように指示を出していた。

 米内光政少将率いる海兵隊は、知らず知らずの内に謀略に巻き込まれようとしていた。 

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