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第5章ー6

 幾ら鉄道院を鉄道省に格上げすれば基本的に済む話とはいえ、官制改革がそう簡単にできる筈もなく、鉄道省発足は1920年5月までずれ込むことになった。

 それ以前の1920年1月から後藤新平は鉄道院総裁に復帰しており、鉄道相就任を原敬首相に確約されている。

 後藤は、島安二郎前工作局長を、鉄道省発足後に鉄道省次官に抜擢することを計画しており、島前工作局長から承諾も得ている。

 後藤・島体制で新しく設立される鉄道省は動かされることになった。


 これは、原内閣が鉄道改軌を公言したものと言ってよかった。

 当然、旧来の立憲政友会支持者からは、鉄道改軌反対をずっと唱えてきた立憲政友会の変節を攻撃する声が挙がり、後藤が新しく設置される鉄道省で、鉄道相になることを知った立憲政友会の代議士会はその声を受けて大荒れになった。

 だが、世界大戦の戦訓を踏まえて、陸海軍が共同して鉄道改軌を求めている旨を、原首相自ら説明されては、立憲政友会の代議士達や支持者らの反発の声もしぼまざるを得なかった。

 何しろ、原内閣の4大政綱の1つが、国防の拡充である。

 陸海軍が国防の拡充のために鉄道改軌が必要不可欠と揃って主張しているにもかかわらず、鉄道改軌をしないと原内閣が主張しては、野党や世論から言行不一致と叩かれるのが目に見えていた。


 話が前後するが、後藤は、島前工作局長に新設の鉄道省次官への抜擢を承諾させようと懸命に口説いた。

「島君、今度、鉄道省ができた暁には、次官として私を補佐してくれないか」

「喜んで微力を尽くしますよ。鉄道院職員の辞職願いは、後藤総裁が復帰するという話を聞いて、すぐに焼き捨てました」

 島は朗らかに笑って引き受けた。

「それにしても、陸海軍が揃って、鉄道改軌を求めるとは私にも思いもよりませんでした」

 島の話に、後藤は笑って言った。

「全くだな。その代り、ちょっとしたことを頼まれたよ」

「何でしょうか」

「鉄道連隊を秘密裏に鉄道省で完全維持してほしいとな」

 後藤は少し声を潜めて言った。

「何と」

 島は目を丸くした。


「将来のことを考えると、陸海軍が中国に派兵し、そこで鉄道を運行しないといけない可能性もある。しかし、軍縮の果実を国民に見せる必要もある。そう言ったことから、鉄道連隊の人員を、表向きは予備役編入の上で鉄道省に移管させるので、よろしく対応してほしいとのことだ。その代り、陸海軍は鉄道改軌に協力するとな」

 後藤は、島に秘密を明かした。

「成程、さすがというべきでしょうか。戦後の軍縮の一環として、鉄道連隊を全面廃止することで、中国へ派兵する能力を減少させたと見せつつ、実際にはそのまま能力を維持させるとは」

 島は軍部の悪知恵に感心した。


「わしは、軍部の提案を呑んだ。わしは悪い存在かな」

「いえ、台湾で阿片専売を行ったのと同じくらいのことでしょう」

「言ってくれるなあ」

 後藤と島は笑いあった。

「ま、何もかも軍部の親切心からと言う訳ではないということだ。軍部もそれなりの見返りを求めている」

「その方が安心できます。無償と言うのは怪しむべきですからな」

 後藤の言葉に島は肯きながら言った。


 少し先走った話になるが、結局、関東大震災等のために、国内の鉄道改軌は10年の歳月と約6000万円の費用で終わる筈が、15年の歳月と1億円近い費用が掛かることになる。

 そして、鉄道改軌の完成を見ることなく、1929年に後藤は世を去った。

 1935年にようやく鉄道改軌が完了した日、島は恩人の後藤の墓に参り、鉄道改軌が完了した旨の報告を自らした。

「後藤さん、鉄道改軌が終に完了しました。一緒にその瞬間を見たかったものです」

 島は暫く涙を流し、墓の前にたたずみ続けた。

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