エピローグー5
「昨日が、そういえばノーベル賞の授賞式だったな」
ポーランド陸軍参謀本部内の一室で、レヴィンスキー少佐は新聞の記事を眺めてため息を吐いた。
昨日は、ノーベル賞の授賞式だったのだ。
そして、その席にノーベル文学賞の受賞者として、林忠崇元帥は出席していた。
アジア初のノーベル文学賞受賞者として、林の名が挙がった時は、世界中に衝撃が走ったが、その受賞作品、世界大戦の回想録、の内容からすれば、妥当極まりない、という評価が同時に沸き起こったのも無理のないことだった。
世界史上最大の大戦において、極東から駆け付けた日本の陸海空軍の最高司令官を務めた林元帥が、詳細な事実に基づいてまとめた世界大戦の回想録は、欧州の人々に、欧州以外の人が見たある意味、第三者視点の回想というものをもたらし、激しい賛否両論が巻き起こったものの、ノーベル文学賞に値する作品であると認める人が多かったのだ。
「そういう君も、林提督の回想録を愛読しているのだろう」
レヴィンスキー少佐に、たまたま同じ部屋にいた同じ独陸軍出身のボック少将は声を掛けた。
「ええ。戦車の運用法から航空機との連携法等々、いろいろと参考になりました」
レヴィンスキー少佐は素直に認めた。
「我等、独帝国陸軍軍人の最も恐るべき提督の回想録か」
ボック少将は、林元帥が世界大戦終結時に独陸軍の将兵から与えられていた称号を言った。
レヴィンスキー少佐も思った、その称号に私も異論は挟まない。
「日本には文武両道と言う言葉があるそうだが、林提督は、それに値するな」
「全くですな」
かつてマンシュタインと名乗っていたレヴィンスキー少佐は肯いた。
ストックホルムの授賞式会場で、林元帥は、見知らぬ英国人にいきなり敬礼されて、思わず答礼した。
お互いに敬礼を交わした後、その人物が発した言葉に、林元帥は絶句した。
「名乗りを上げずに敬礼して、失礼しました。英陸軍予備役大尉、ヘンリー・モーズリーです」
「あなたが、あのモーズリー」
1929年のノーベル賞は、林元帥のノーベル文学賞受賞と共に、モーズリーが2度目のノーベル物理学賞を受賞したということが最大の話題になっていた。
モーズリーは40代になったばかりである。
生涯に何個、ノーベル賞を受賞するのか、という先走った観測が出るくらいだった。
当然、林元帥も名前くらいは知っている。
「あのガリポリ作戦に、日本から林元帥率いるサムライが来てくれたおかげで、生きて英に帰れました。そのお礼を林元帥にいつか、遠くからでも申し上げたいと思っていましたが、ストックホルムで叶うとは思いもよらぬことでした。本当にあの際はありがとうございました」
頭を下げながらのモーズリーの言葉に、林元帥は、あらためてガリポリの戦場を思い起こした。
あれから10年以上の歳月が流れている。
そして、ガリポリから生還したこの人は、ノーベル物理学賞を2回も受賞したのか。
林元帥は、いろいろと想いが駆け巡ってしまった。
「それにしても、林元帥の回想録の中のガリポリの英軍に対する忌憚のない批評、私のような身でも反論したいことが幾つかあるのですが、失礼ながら後で申し上げてもよいでしょうか」
モーズリーは、辛辣な口調ながら、笑みを浮かべながら言った。
「構いませんとも。老いたこの身ですから、間違いも多々あるでしょう。英陸軍の軍人からすれば、反論したいことが山ほどあると思います」
林元帥の返答に、モーズリーの笑みは更に大きくなった。
「元帥の身にありながら、英陸軍予備役大尉の言葉にさえ、耳を貸していただけるとは、望外の喜びです。失礼に当たるかと思いますが、それでは後程」
「ええ、後程」
2人は敬礼を交わした。
これで、一旦完結です。
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