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エピローグー4

犬養毅立憲政友会総裁を交えて、林忠崇と蒋介石が面談します。

 1929年10月のある日、林忠崇侯爵は、西南戦争以来の親交がある犬養毅立憲政友会総裁の私宅を訪問していた。

「あの犬養が、立憲政友会の党首になるとはな」

 50年以上、立場を超えた友情を育み続け、今でも友人関係にある犬養総裁に、林侯爵は内心で忌憚のない感想を抱かざるを得なかった。


 犬養総裁は、本来なら既に完全に政界から引退している筈だった。

 1925年、犬養が多年、率いてきた革新倶楽部と立憲政友会の合同がなされた時、犬養は自らの老齢(既に古稀に達していた)を主な理由に政界引退を声明した。

 だが、犬養を選出してきた選挙区の住民が、彼を引退させなかった。


「憲政の神様と日本中に謳われてきた犬養さんを政界から引退させては、選挙民の恥です。どうか、引き続き代議士として活動してください。私の全財産を擲っても構いません」

 犬養の選挙区の住民の一人は、そう犬養に直訴までしたという。

 実際、犬養は引退声明直後の衆議院選挙で、自らの声明通り、選挙活動を一切しなかったが、勝手に支援者が衆議院議員候補者として届け出て、小選挙区で圧倒的得票率で代議士として選出されるという、ある意味で奇跡を成し遂げた。


 そして、先月、1929年9月に、田中義一立憲政友会総裁が急逝したことから、立憲政友会の次期総裁を巡って、鈴木喜三郎と床次竹二郎が主に争った。

 だが、共に脛に傷があった(鈴木は、検事総長や司法大臣も務めた経歴があり、内相時代、積極的な選挙干渉を行ったことから、国民の受けが悪かった。床次は、立憲政友会から脱党し、立憲民政党の一員として積極的な活動をした後で、復党をしたという前歴があった。)。

 こうしたことから、立憲政友会内の融和派(中間派)は、憲政の神様と謳われていた犬養を新総裁とすることを主張し、鈴木派も床次派も(敵が新総裁になるくらいならという主な理由から)それに同意した。

 このために、犬養は、立憲政友会総裁になっていたのである。


「わざわざお呼び立てしてすみません。林元帥と会いたいと言われる方がおられましてな」

 犬養総裁は、林侯爵に謎かけをして、応接間へと案内をした。

 応接間には先客がいて、林侯爵の顔を見ると深々と礼をした。

「これは、また」

 それ以上は、林侯爵も声が出なかった。

 先客は、蒋介石だった。


「先年、日本に亡命されてから、いろいろ私が支援しております。林元帥とお会いしたい、と蒋介石殿から希望されましてな」

 犬養総裁の紹介が終わらない内に、蒋介石から話し出した。

「今後の極東情勢について、林元帥にお伺いしたいと希望しました」

「楽隠居の老爺に聞く話ではありますまい」

 林侯爵の謙遜に、蒋介石は含み笑いをしながら言った。

「老いてなお盛んと聞いております。鈴木の一件とか」

 地獄耳、いや犬養が話したな、林侯爵も苦笑いした。


「張学良が中国新政府に帰順し、米も比に海兵師団を置こうとする等、極東情勢は波高しですな」

 提督らしく、林侯爵が一言で要約すると、蒋介石も犬養総裁も暫く考え込んだ。

「このまま、中国が国民党左派、共産党の手にこのまま陥っては、ろくなことになりません。何らかの手段を講じないといけないでしょうな」

 犬養総裁が口火を切ると、蒋介石も肯いて言った。

「自分も同感です。国民党の中間派が、続々と中国新政府から逃げています。国民党右派、中間派を私がまとめるように努力しましょうか」

「それが可能ならば、野党党首の身ですが、できる限りのことをしましょう」

 犬養総裁は、蒋介石への助力を約束した。


 林侯爵は思った。

 これは、満蒙で動乱が数年のうちに起きるな、既に米韓共に満蒙で動く気満々だ、そして、そこに。

 林侯爵は背筋が冷たくなった。

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