エピローグー1
エピローグ編です。
全5話の予定です。
1929年8月のとある昼下がり、青島市から無事に帰国した土方歳一大尉は、休暇を取って、横須賀から父、土方勇志予備役大将の家を1人で訪ねていた。
土方勇志は、「南京事件」の際に、日英米連合軍の総司令官を務めた後、正式に志願して予備役に編入されている。
本人曰く、敬愛する林忠崇元帥を見習い、自分も還暦を前に予備役に編入を希望するとのことだった。
息子の土方歳一にしてみれば、気が早すぎるのでは、と思わなくもなかったが、父の意志は固かった。
それと引き換えに、伯爵に叙爵している。
陸軍で言えば、黒木、奥大将、海軍で言えば、東郷元帥と同格ということだった。
土方勇志の進退は、実父、土方歳三少将の名を辱めない歴戦の軍人の所作進退ということで、海軍内外の反応は好意的だった。
土方歳一は、あらためて思った。
偉大な父や祖父を持つのは重い、自分も土方の名を辱めないようにしなければ。
土方勇志の家は、東京都日野町にあった。
土方勇志の父、土方歳三の出身地に、予備役編入を機に家を建てたのである。
それまで、土方勇志は官舎を転々としており、自宅と言うのが無かった。
土方勇志は、北海道の生まれ故郷に帰るということも考えたのだが、父の遺産の田畑は弟が受け継いでおり、自分にその気は無くても、身内でトラブルになりかねないと危惧して、日野町を終の棲家とすることに決めたのだった。
「一人で来たのか」
「ええ」
長男の土方歳一が、妻子を連れずに一人で来たことに、土方勇志は驚いた。
そして、息子の目が何かを宿しているのに気づいた。
「ちょっと待ってくれ。一緒に外で散歩しながら話そうか」
子どもが相次いで独立した今、家にいるのは、自分以外は、自分にとっては妻、歳一してみれば母だけだが、息子の目は、父子だけで語りたいと言っていた。
当たり障りのない会話をしつつ、猛暑の日差しの中を多摩川の畔まで父子で歩いた。
川を渡る風の為に、気持ち、涼しさを土方歳一は感じた。
「何だったら飲め」
父は家を出る際に持っていたアルミ製の水筒を差し出した。
土方歳一が一口、口に含んでみると清酒だった。
猛暑のせいか、人肌のぬる燗に近い温度になっている。
酒で思いのたけを吐き出せか、父の配慮に、土方歳一は感謝した。
「父さんは、女子どもを撃ったことはあるの」
「ある。朝鮮で、台湾で、義和団の時とな」
父の返答に、土方歳一は驚いた。
父は、そんなに女子どもを撃ったことがあったのか。
「お前も撃ったのか」
「ええ」
土方勇志は思いを巡らせた。
斎藤一提督を上官に、日清戦争の時は朝鮮で、その後の台湾平定で、義和団事件でと自分は銃を女子どもに向けたことがある。
心を痛めなかったわけではない、今でも、悔恨の想いが湧き上がることがある。
息子に何と声を掛けるべきだろうか。
黙って想いを巡らせる間にも、息子の会話、というよりも独り言は続いた。
「世界大戦のときや、上海から南京に向かうときは、経験しませんでしたが、今度の済南や、済南から青島へ撤退する時に、女子どもと言えども、撃たざるをえませんでした。部下も同様です。部下の何人かの心労は本当に酷く、予備役願いを出して、海兵隊から離れました。自分も」
それ以上は、口に出せないのだろう、息子は沈黙した。
「そうか」
息子の気持ちを推察すると、自分も言葉少なにならざるを得なかった。
自分も似たような想いをした。
「ともかく溜め込むな。人に話すなり、いろいろして吐き出せ。それ以上の事は、わしにも言えん」
土方勇志は、そうしか言えない自分に腹立たしさを感じた。
だが、息子は気が楽になったらしい。
「そうですね」
息子の顔に明るさが灯った。
父子は暫く黙って、川面を眺め続けた。
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