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第11章ー3

 1928年4月初め、田中義一内閣は、米政府と協議の末に、山東省済南市に日米両国の海兵隊を緊急派遣することを決断した。

 前年の「漢口事件」、「南京事件」に鑑み、山東省にいる日米の居留民を保護する必要があるというのがその理由である。

 だが、これには問題があった。

 国際法上の理由づけが、日米共にできなかったのである。


 済南市は、漢口や上海、天津といった市と違い、予め日中、米中間の条約によって日米両軍の駐屯が認められていた市ではなかった。

 昨年の南京市の場合は、北京政府の承諾を受けて、日本海兵隊は駐屯しており、更に中国国民党軍の攻撃もあったので、ぎりぎり合法性が維持されていた。

 しかし、済南市に日米両海兵隊を派遣することには、北京政府は同意していなかった。

 かといって、北京政府の承諾を待っていては、済南市周辺にいる3000名余りの日米国民が中国国民党軍の攻撃にさらされる。

 北京政府に承諾を求めつつ、日米両海兵隊を派遣するという見切り発車を日米両政府は行わねばならなかった。


「また、中国に行くのか」

 佐世保から横須賀鎮守府海兵隊に転属していた土方歳一大尉は、溜め息が出る想いがしてならなかった。

 昨年、「南京事件」に伴い、中国に派兵されていたと思ったら、1年も経たない内に再度の派兵である。

 溜め息が出るのもやむを無かった。

「今度は陸軍が行くべきでは」

 そんな想いも頭を過ぎる。

 だが、大正デモクラシーの負の側面が、海兵隊の派兵を後押ししていた。


「日本のために、軍を派遣すべきだ」

「それなら、あなたの選挙地盤の陸軍の連隊を派遣してはどうか」

「いや、他の陸軍の連隊の方が望ましい」

「海兵隊を派遣すればいいではないか」


 日本陸軍の歩兵連隊、師団は郷土主義を採用していたため、陸軍を派遣するとなると、どこの連隊が派遣されるのか、というのは、選挙民の関心の的だった。

 誰しも、本音としては、徴兵された自らの子弟を率先して失いたくはないのだ。

 その点、海兵隊は違った。


 そもそも建軍以来の経緯から、海兵隊は基本的に志願制である。

 そして、全国から兵は集まってくる。

 つまり、海兵隊の兵にとって、密接した郷土というものはないのだ。

 更に言うなら、彼らは志願して、海兵隊の兵士になったのだ、戦死しても彼らにとっては本望だろう。

 そんな想いをする有権者も稀ではなかった。


 こういった背景もあることから、まずは海兵隊を派遣すべき、というのは、この時代の日本の世論の暗黙の了解になっていた。

 土方大尉は溜め息を吐きながら、横須賀海兵隊の一員として、済南市へ赴く準備をせざるを得なかった。


 上海にいる米海兵旅団から分遣された1個海兵大隊と青島で合流し、済南市に横須賀鎮守府海兵隊が急きょ、到着したのは、4月26日のことだった。

 未だに北京政府は、日米両海兵隊の済南市への展開を認めてはいなかったが、今にも済南市に中国新政府軍が迫っているという状況下にあっては、日米両海兵隊は済南市に強行展開するしかなかった。

 更に支援のために、青島には日本空軍、戦爆併せて30機余りが念のために展開した。


 横須賀鎮守府海兵隊を率いる永野修身提督は、顔をしかめざるを得なかった。

 日本から出発する前に得た情報では、済南市に迫っているのは、小軍閥の兵の寄せ集めだという。

 統制がとれないのが目に見えている。

 実際、進軍途中でも各地で略奪行為があったらしい、という噂が済南市にまで届いていた。

「厄介なことになったな。統制がとれている兵なら、上と話し合えば何とかなるが、上と話を付けても末端まで伝わらず、末端同士で武力衝突が起こる公算が高い」

 永野提督は部下達にそうこぼした。

 部下達も憂色を浮かべた。 

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