発覚=いやそれ本当の話ですか
「あー……」
おれは一拍遅れて思い出した。おれが前に使っていた盾。あれはアリーズたちにむしり取られて手元にない事を。
それを言ったらどうなるだろう、と思いつつも、これは事実を言わなければ締め落されると知っている。
そのため、慎重に距離を置きながら、おれはあの冬の日にはぎとられた事を説明した。
師匠は最後まで聞く前……取られたと言ったあたりで、怒鳴った。
「あれを分捕られた! 何やってんだ!」
その声は間違いなく近所迷惑になる怒鳴り声だった。
ぱりーん、とどこかのふざけた話のように、窓ガラスがその声で割れた。
声の振動で、ガラスって割れるもんなんだな。
そんなどうでもいい事を考えた後に、師匠が続ける。
「何で取り返しに行かないんだ、この馬鹿! 取られたものを取り返す程度の事もしないで!」
「……た、確かにお師匠様が独り立ちの時にくれたものですけど、そこまで値の張るものじゃないですし、相手は今どこにいるのかさっぱりわからないし」
ごにゃごにゃと言い訳が口から出てくるのだが、師匠は大きく息を吐きだした。
「あれをとられたとなれば、まずいぞ、相当にまずいぞ」
「なんで。ただのちょっと術がかかった盾じゃないですか」
見た目の割に異常に硬い盾だった。見た目皮の盾なのに、低級竜の息吹も爪の猛攻も耐えきって壊れなかったし。
師匠が餞別代りにくれた、ちょっといい盾と言う認識でいたんだが。
師匠の反応を見るに、そんな簡単な話じゃすまなさそうだ。
目の前の純血オーガは、苦い顔で言う。
「あれはうかつな奴に持たせられないものだ」
「うかつって……」
「あれは」
師匠が、普段の騒々しさとは正反対の静かな声で言った。
「ドラドニエールの遺物だ」
「?」
ドラドニエールってなにそれ。
頭の中に疑問符が大量に沸いたおれの顔を見て、彼は言葉が通じていないと気付いた模様である。
「それ位知っておけ……一回話したはずだ。ドラドニエールは通称魔王」
おれの手から、食器ががっしゃーんと落ちた。
はい?
え?
ちょ、待ってくださいよ師匠。
頭のなかが大混乱に陥りそうなのだが、おれは必死に言葉をつなげた。
ドラドニエールが魔王。
そしてそれの遺物。
……って事は、魔王の遺物って事か!?
「何で魔王の遺物なんて、お師匠様が持ち歩いてたんですか!?」
「ドラドニエールの所で傭兵やってた時に、給料の一部として寄こされた。その後にあいつは当時の勇者軍に敗北して死んだから、結果的に魔王の遺物と言われる物になったわけだがな」
「えーと、お師匠様、その頃生きてたんですか?」
「50ぐらいの餓鬼だったがな。ちょうど反抗期で里を飛び出してた」
オーガは不老長寿だ。軽く二千年は生きると言う事を、おれは目の前で思い出した。
人間だったらそこそこのいい歳である50歳も、師匠からすれば子供時代なのか。それも反抗期。
さてここで師匠の見た目を良く見よう。
今まで深く考えなかったけれども、こうしてみると彼は二十代に差し掛かったくらいにしか見えない。
人間だったら小倅くらいの年齢だ。
しかし実際は……
「御年幾つなのでしょう」
「四百までは数えたな」
人間が長生きで百年と計算して……その二十倍生きるオーガはそれ位で、この見た目になるのか。
算数があっていれば、この見た目も納得である。
師匠のあまりの長生きに、おれはついていけなさそうな気分だ。
混血のおれはどれくらい生きるのだろう。とも考えてしまいそうになる。
いや、師匠の年齢なんて気にする前に。
「何でお師匠様、魔王の遺物なんておれにくれたんですか」
「お前の生き方にちょうどよさそうだったから」
「はあ」
「お前は呪いの類が全く通用しないだろう。そうなればドラドニエールの物だろうが何だろうが、使いたいように使えると判断してだ。しかしまずいな。あれを何も知らない屑にとられたとなれば」
師匠は難しい顔で言う。
「そいつ、自滅どころか周囲を巻き込む破滅を呼ぶぞ」
「おれのせいじゃない」
「当たり前だ。人の物を良く知りもしないではぎとるのが間違いだ。だが相手は勇者だったか? ……面倒だな。そいつ今頃、魔王の遺物を発見し入手したって事で持ち上げられてんじゃないか」
こっちにいらないとばっちりが来そうだな、と言った後に師匠はおれを見る。
「そいつは帝国出身だったな?」
「え、まあ帝国から来た勇者です」
アリーズたちはそう言っていた。そこに嘘はなかったはずだ。
「ギルドから除名されても、帝国の市民と言う事は変わらない。おそらく帝国内にいるはずだ。取り返してこい」
魔王の遺物は発見次第、所属する国に渡される物で、取り返してこいですむものじゃないと思う。
そう無茶を言うわけだが、師匠は非常に悪役顔で笑った。




