形跡=土足で上がり込まれた後には
東区の若君たちは今日も、色々喧嘩しているらしい。
本日六回目のがれきが吹っ飛んできたので、ルヴィーを背後において盾で跳ね返す。
「東区って多様な生活をしているのね」
「北区だけが人間の居住区なんだってさ」
「聞いてはいたけれど、実際に見ると本当に別世界。こんなにがれきが降り注ぐ街なんて初めて」
「いや、普通の街でこんな降ってこないからな? 勘違いするなよ? ここ特殊過ぎだから」
ルヴィーは自然体である。なんというか守りやすい。こう、守られ慣れているのだ。
こっちが守ると思っているから、動きに無駄がない。
騎士たちはひいひいっているし、ぎゃわとか言って、細かいがれきで悲鳴を上げているけど。
おれ言ったぞ。自分の身は守れって。
ルヴィーは論外。そしておれの友達だもの。おれが案内するのだからおれが守るのが当然。
「こんな来方じゃなかったら、あなたにお願いして遊びまわりたいくらい面白いわ」
おれが何回目か数えるのを忘れたがれきの破壊中に、ルヴィーが真顔で呟いた。
「おれもこんな事情じゃなくて遊びに来てくれてたら、もっと楽しいんだけどな。こっち寄って」
「ええ」
ルヴィーを抱き寄せてくるりと回れば、最低限の動きで落石を避けられる。
「あなたすごいのね、いろんなことに慣れていて」
「おれとしてあっちで、がれきの処理してる人達すげえよ」
「そうね……」
ルヴィーは回りの、そう言ったがれきに手慣れている集団を見て同意する。
周りの騎士がこんな状況に慣れていない分、撤去作業している奴らに感心しているのかもしれない。
さっきから戻りましょうとかうるさいし。
「帝都ではこんな風な事、絶対に起きないもの」
「帝都は人間ばっかりだろ、人間がいちいちこんなに破壊活動大きくてたまるか」
「盾師、ちょっと言い方ひどいだろ」
おれが肩をすくめて事実を言っただけなのに、撤去作業している翼あるものが苦笑いする。
「アンジュー若はこんなに物をがんがん吹っ飛ばさない。ご自身は吹っ飛ばされているけれど。あの方は撤去作業の担当の事を考えてくれているんだ」
「じゃあ今回の喧嘩はどことどこの若君がやらかしてんだ?」
「この感じだと、牛頭族と風虎族。あそこも大概仲が悪い」
「ぼっちゃんじょうちゃんの喧嘩にゃついていけないな」
「まあまあ。これでも地竜のお嬢が謹慎処分で大人しいから、がれきの降り方が軽くて済む」
「地竜のお嬢が何をしでかしたんだか、俺らの方まで回ってこないけどな」
「なんか本当は退学処分でも済まない位の事やらかしたのに、母親がごねにごねまくって謹慎になったんだとか」
「すげえ金積んだとか」
色々言いあっている撤去作業要員。そこに今回の指揮をしている軟鱗族が言う。
「おまえら喋るのはいいけど手を動かせっての。ここ大通りだから早く何とかしないと、また賃金減らされるぜおいらたち」
「あいよー」
彼等の一連のやり取りをみて、またルヴィーが呟く。
「日常になるとこんなにも、余裕が出てくるものなのね……」
「死人が出ないからな」
「こんなに降って来るのに?」
「東区の奴らはこんなのが当たり前だから、子供の頃から自分の身の守り方ってのをおぼえるんだってさ。親の背中を見て育つとか。親がいなけりゃ近くの大人がなんだかんだ庇うからな。そこで覚える」
「そう言えば……帝都と違って浮浪者がいないわ」
「そうなんだ。おれにはよくわからないな」
浮浪者と貧乏冒険者の区別ってつきにくいし。ルヴィーがどこを見て言っているのかわからなかった。
そんな会話の間も足はすすんで、おれは家まで到着した。
ここまでのなかで、建物に被害はないし、争った形跡もない。
あのさみしんぼうは普通に、あの藪のなかで寝ているのだろう。
「今帰ったー」
と誰も返事をしないことが分かってても、声をかけて家に入る。
入ってすぐに、誰かが勝手に家に入った事が分かった。
「ルヴィーちょっとそこで動かないでくれ」
下々の家なんてあまり見ないから、興味深そうに見まわそうとした友達の足を止める。
「? 何か変なのかしら」
「……誰か知らない奴が勝手に、この家に入った」
「えっ?」
周りを見回す彼女には、どうしてそれが分かるのか、分からないらしい。
「足元見て見ろよ」
指さして床を示す。
おれが出かけた時は掃除をしたから、そこそこ綺麗だった床なのだが。
今はどういった事をしたのか、どんな身なりの奴が入り込んだのか、床は見事に泥だらけで砂だらけ、汚れきっていたのだ。
それだけならまだしも。
「この靴跡はおれの物でも、ここに様子を見に来る奴のでもない」
知らない靴跡なのだ。冒険者にとって靴は大事な物であり、場合によっては命を左右する。
慣れない靴で強敵とぶつかってしまって、大怪我を負う事もあるんだ。
踏ん張りがきかない時とか、足元が滑りすぎるとか。重さが違い過ぎて重心が狂うとか。
靴一つとってもいろいろなのだ。相性も大きい。
それはさておき、おれは泥の中にくっきり残った足跡が、おれの物でもディオの靴底が残したものでもない事実を見る。
「複数だな、少なく見積もっても六人前後、他人の家に土足で上がり込みやがって」
空き巣が六人も押しかけるなんておかしいから、余計におかしな話になる。
おれはじっと周囲を見回す。いつでも大盾を展開できるように、片手を構えつつ。
罠があるかもしれない、慎重に足を進めていく。風呂とか簡単な設備があるだけの部屋だ、見渡せば大体見える。
泥の足跡はあちこち歩き回ったらしい。床に大量に残るそれら。
寝台は乱暴に敷布がめくられている。
何かを探したのは明白だ、と思ってからまた違和感を抱く。
ここまでやっているのに、金品が入っていそうな所は漁られていないのだ。
そこの戸棚とかに手をやった形跡はない。
そして靴跡は隣のぶち抜かれた壁まで続いている。
そこで血の気が一気に引いた。
「うげぇ」
向こうで侵入者が氷漬けにされて死んでいたら、すごく大変だ。さすがにこんな状況で死人を出したらまずい。
慌てて隣の廃墟に足を踏み入れて、おれは固まった。
藪の一つは、寂しんぼうが隠れて眠っていた場所だ。
そこが何者かによって切り開かれている。
なのに、だ。
回復を妨げられたら、迎撃をしそうなさみしんぼうが、どこにもいない。
迎撃された侵入者の形跡もないのだ。
戦った痕跡、争った跡、そんなものが何もない。
ただ、誰もいないで終わっていたのだ。
「……どういうことだ」
「ナナシ、私も聞きたいわ。……私の眼にはここに、“凍れる生贄”が眠っていたのだろう印が見えるのに、本人がどこにもいないように見受けられるの。彼は死んだのではなかったの?」
おれの後ろを追いかけてきたんだろう。ルヴィーが警戒したようにあたりを見て、おれを見た。
「ナナシはもしかして、あの人が死んではいないと私に見せたかったの?」
「……お兄さん、簡単には死ねないって言ってて。肉体がやられても、中に巣くってるやつが再生させるから、肉体がちゃんと治るまでここで寝ているはずだったんだ」
「……にわかには信じられない事だけれど……こうも“凍れる生贄”が動いていた証のような術の形跡があると、信じるしかないわ。それにあなたは嘘をつかないし」
慎重に周りを見て、周りを見て。
ルヴィーが不意にしゃがみ込んだ。
そして何かを拾う。拾ってそれを見て、舌打ちを一つした。お姫様らしからぬ行動だ。
「どうした?」
「何が要因か知らないけれども……私たちは公国に、先を越されてしまったようだわ」
彼女の手の中には、おれの見た事のないどこかの徽章が光っていた。




