表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師は、隠者と添い始めるのか
92/132

形跡=土足で上がり込まれた後には

東区の若君たちは今日も、色々喧嘩しているらしい。

本日六回目のがれきが吹っ飛んできたので、ルヴィーを背後において盾で跳ね返す。


「東区って多様な生活をしているのね」


「北区だけが人間の居住区なんだってさ」


「聞いてはいたけれど、実際に見ると本当に別世界。こんなにがれきが降り注ぐ街なんて初めて」


「いや、普通の街でこんな降ってこないからな? 勘違いするなよ? ここ特殊過ぎだから」


ルヴィーは自然体である。なんというか守りやすい。こう、守られ慣れているのだ。

こっちが守ると思っているから、動きに無駄がない。

騎士たちはひいひいっているし、ぎゃわとか言って、細かいがれきで悲鳴を上げているけど。

おれ言ったぞ。自分の身は守れって。

ルヴィーは論外。そしておれの友達だもの。おれが案内するのだからおれが守るのが当然。


「こんな来方じゃなかったら、あなたにお願いして遊びまわりたいくらい面白いわ」


おれが何回目か数えるのを忘れたがれきの破壊中に、ルヴィーが真顔で呟いた。


「おれもこんな事情じゃなくて遊びに来てくれてたら、もっと楽しいんだけどな。こっち寄って」


「ええ」


ルヴィーを抱き寄せてくるりと回れば、最低限の動きで落石を避けられる。


「あなたすごいのね、いろんなことに慣れていて」


「おれとしてあっちで、がれきの処理してる人達すげえよ」


「そうね……」


ルヴィーは回りの、そう言ったがれきに手慣れている集団を見て同意する。

周りの騎士がこんな状況に慣れていない分、撤去作業している奴らに感心しているのかもしれない。

さっきから戻りましょうとかうるさいし。


「帝都ではこんな風な事、絶対に起きないもの」


「帝都は人間ばっかりだろ、人間がいちいちこんなに破壊活動大きくてたまるか」


「盾師、ちょっと言い方ひどいだろ」


おれが肩をすくめて事実を言っただけなのに、撤去作業している翼あるものが苦笑いする。


「アンジュー若はこんなに物をがんがん吹っ飛ばさない。ご自身は吹っ飛ばされているけれど。あの方は撤去作業の担当の事を考えてくれているんだ」


「じゃあ今回の喧嘩はどことどこの若君がやらかしてんだ?」


「この感じだと、牛頭族と風虎族。あそこも大概仲が悪い」


「ぼっちゃんじょうちゃんの喧嘩にゃついていけないな」


「まあまあ。これでも地竜のお嬢が謹慎処分で大人しいから、がれきの降り方が軽くて済む」


「地竜のお嬢が何をしでかしたんだか、俺らの方まで回ってこないけどな」


「なんか本当は退学処分でも済まない位の事やらかしたのに、母親がごねにごねまくって謹慎になったんだとか」


「すげえ金積んだとか」


色々言いあっている撤去作業要員。そこに今回の指揮をしている軟鱗族が言う。


「おまえら喋るのはいいけど手を動かせっての。ここ大通りだから早く何とかしないと、また賃金減らされるぜおいらたち」


「あいよー」


彼等の一連のやり取りをみて、またルヴィーが呟く。


「日常になるとこんなにも、余裕が出てくるものなのね……」


「死人が出ないからな」


「こんなに降って来るのに?」


「東区の奴らはこんなのが当たり前だから、子供の頃から自分の身の守り方ってのをおぼえるんだってさ。親の背中を見て育つとか。親がいなけりゃ近くの大人がなんだかんだ庇うからな。そこで覚える」


「そう言えば……帝都と違って浮浪者がいないわ」


「そうなんだ。おれにはよくわからないな」


浮浪者と貧乏冒険者の区別ってつきにくいし。ルヴィーがどこを見て言っているのかわからなかった。

そんな会話の間も足はすすんで、おれは家まで到着した。

ここまでのなかで、建物に被害はないし、争った形跡もない。

あのさみしんぼうは普通に、あの藪のなかで寝ているのだろう。


「今帰ったー」


と誰も返事をしないことが分かってても、声をかけて家に入る。

入ってすぐに、誰かが勝手に家に入った事が分かった。


「ルヴィーちょっとそこで動かないでくれ」


下々の家なんてあまり見ないから、興味深そうに見まわそうとした友達の足を止める。


「? 何か変なのかしら」


「……誰か知らない奴が勝手に、この家に入った」


「えっ?」


周りを見回す彼女には、どうしてそれが分かるのか、分からないらしい。


「足元見て見ろよ」


指さして床を示す。

おれが出かけた時は掃除をしたから、そこそこ綺麗だった床なのだが。

今はどういった事をしたのか、どんな身なりの奴が入り込んだのか、床は見事に泥だらけで砂だらけ、汚れきっていたのだ。

それだけならまだしも。


「この靴跡はおれの物でも、ここに様子を見に来る奴のでもない」


知らない靴跡なのだ。冒険者にとって靴は大事な物であり、場合によっては命を左右する。

慣れない靴で強敵とぶつかってしまって、大怪我を負う事もあるんだ。

踏ん張りがきかない時とか、足元が滑りすぎるとか。重さが違い過ぎて重心が狂うとか。

靴一つとってもいろいろなのだ。相性も大きい。

それはさておき、おれは泥の中にくっきり残った足跡が、おれの物でもディオの靴底が残したものでもない事実を見る。


「複数だな、少なく見積もっても六人前後、他人の家に土足で上がり込みやがって」


空き巣が六人も押しかけるなんておかしいから、余計におかしな話になる。

おれはじっと周囲を見回す。いつでも大盾を展開できるように、片手を構えつつ。

罠があるかもしれない、慎重に足を進めていく。風呂とか簡単な設備があるだけの部屋だ、見渡せば大体見える。

泥の足跡はあちこち歩き回ったらしい。床に大量に残るそれら。

寝台は乱暴に敷布がめくられている。

何かを探したのは明白だ、と思ってからまた違和感を抱く。


ここまでやっているのに、金品が入っていそうな所は漁られていないのだ。

そこの戸棚とかに手をやった形跡はない。

そして靴跡は隣のぶち抜かれた壁まで続いている。

そこで血の気が一気に引いた。


「うげぇ」


向こうで侵入者が氷漬けにされて死んでいたら、すごく大変だ。さすがにこんな状況で死人を出したらまずい。

慌てて隣の廃墟に足を踏み入れて、おれは固まった。

藪の一つは、寂しんぼうが隠れて眠っていた場所だ。

そこが何者かによって切り開かれている。

なのに、だ。

回復を妨げられたら、迎撃をしそうなさみしんぼうが、どこにもいない。

迎撃された侵入者の形跡もないのだ。

戦った痕跡、争った跡、そんなものが何もない。

ただ、誰もいないで終わっていたのだ。


「……どういうことだ」


「ナナシ、私も聞きたいわ。……私の眼にはここに、“凍れる生贄”が眠っていたのだろう印が見えるのに、本人がどこにもいないように見受けられるの。彼は死んだのではなかったの?」


おれの後ろを追いかけてきたんだろう。ルヴィーが警戒したようにあたりを見て、おれを見た。


「ナナシはもしかして、あの人が死んではいないと私に見せたかったの?」


「……お兄さん、簡単には死ねないって言ってて。肉体がやられても、中に巣くってるやつが再生させるから、肉体がちゃんと治るまでここで寝ているはずだったんだ」


「……にわかには信じられない事だけれど……こうも“凍れる生贄”が動いていた証のような術の形跡があると、信じるしかないわ。それにあなたは嘘をつかないし」


慎重に周りを見て、周りを見て。

ルヴィーが不意にしゃがみ込んだ。

そして何かを拾う。拾ってそれを見て、舌打ちを一つした。お姫様らしからぬ行動だ。


「どうした?」


「何が要因か知らないけれども……私たちは公国に、先を越されてしまったようだわ」


彼女の手の中には、おれの見た事のないどこかの徽章が光っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ