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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師は、隠者と添い始めるのか
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回収=割と複雑だった裏事情

シャリアから離れたおれは、ミッション達成の報酬を受け取り、さて今日お兄さんはどこに顔を出すのだろう、ということに思いを巡らせた。

何故かと言えば、肉体であるディオの立ち位置が少し、普通の冒険者と違うからだ。

あいつはあんまり、ミッションを受けていなかったのだ。

よく、断罪者ドリオンの部下として、トップが出てくるまでのない調査に、関わっていたらしいのだ。

細かい事情は判らないが、神殿騎士でありながらも、ドリオンさんの配下と言うのは、問題がないのだろう。

……ギルドと神殿がもめたとき、どっちの側につくのだろう。

それはさておいて、新たな調合系のミッションを受付に聞いた。文字が読めないのだから仕方がない。

だが、受付のマイクおじさん曰く、いいのがない。どれもおれがやっていい物じゃないのである。

職業が薬師でなければいけないミッションばかりだ。

それにここは冒険者ギルド、薬師はそんなにいない。

今回の調合は、運良く薬師と限定されていなかったのだ。

だから受けた訳なんだが。


「採取系が中心ってのが痛いよな……うっかり町からでられないのは痛い」


おれは混血、そして人間の混ざらない間違いない人以外。

本当はこんな状態の街でも、ミッションは選びたい放題なのだ。

だがおれは町の外に出たくない。

だってお兄さんの生身のことがある。中に潜むぶっとんださみしがりの事があるわけだ。

あのさみしがりが何をしでかすかわからないのだから、いざという時を考えると出て行けない。

ミッションは全滅、しょうがない。さて今日は買い出しで終わらせるか、と決めて受付から離れたその時である。


「ここに、隠者殿の身内が来ていると聞いたのだが」


ギルドの扉を開けて入ってきたのは、物々しい見た目の、帝国騎士の鎧を着用した男たちだった。ざわっとどよめく冒険者たち。帝国騎士の鎧の人間なんて、どう考えてもここに現れる職業じゃなかった。

大体ここは自由都市アシュレであり、帝国のギルドじゃない。

帝国の中のギルドだったら、騎士が来る事も多少はあるだろう。

だが違う領域に、帝国騎士だってはっきりわかるやつらが来るなんて、前代未聞にちがいない。

なんなんだ、とおれも身構えそうになりながらも、あ、と彼等に囲まれている相手に気付く。

彼らのそばには、知っている女の子がいる。

彼女はおれに気づき、ぱっと顔を輝かせた。


「ナナシ。ここにいたのね。よかったわ」


輝いた顔はしかし、沈痛な物に変わる。


「隠者殿のことは……」


おれは首を振った。ここで話して良い中身とは、思えなかったのだ。ましてこんな目立つ形で。

この町で、お兄さんの死は……いや、凍れる生け贄の死亡は隠されている。

それは町を大混乱に陥らせない為かもしれないし、ほかの要因なのかもしれないけど。

ギルドのここでしゃべる中身じゃない。


「久しぶり、ルヴィー。元気だったか? ここでその話は出来ないから、どこかよそでしようぜ」


「あなたがそういうのなら。とても大事なお願いがあってきたの」


大事なお願い、その言い回しがなんとなく、おれには問題のある中身のように聞こえて仕方がなかった。

そして、周りはざわめいている。


「あれって帝国の三女の姫だろう?」


「なんで盾師と知り合いなんだよ」


「信じられない、こんな場所まで姫君が現れる事があるのか?」


「つうか盾師のつながりどんだけだよ……」


「これって公式な来訪なのか? アシュレの上層部は知ってるのか?」


皆口々に思った事を言っている。誰もかれもが動揺している。

ちらっと受付を見れば、頭をカウンターに押し当てているマイクおじさんに、目をかっぴらいたシャリアがいた。

どっちもこんな事態は想定外みたいだ。

つまり……ギルドに通達はないし、ララさん付きのシャリアにもルヴィーが来る事は知らされていなかったって事か?

ますますルヴィーのお願いが物騒な気がしてきた。

無事に今日が終わるか……?

無事に終わらないよな、と経験が呟いていた。

周囲をものともせず、ルヴィーがおれに言う。


「このあたりに、帝国の外交官の屋敷があるの、そこに一緒に来てくれないかしら」


「いいぜ」


ここで話せない以上、話せそうな場所を提案されたなら受け入れるしかない。

そして俺は、ルヴィーとその、外交官と言うよくわからない職業の屋敷に入った。そこの応接室だと言う、おれにはいかにも場違いな場所で、ルヴィーと座る。

彼女は暫し周りを見回した。何か警戒しているのが判った。


「聞き耳も覗きもないようだわ。よかった。……ナナシにしたいお願いというのは……あなたにはひどいことだと思うけれど」


そうとう言いづらいお願いらしい。

ルヴィーの名前のようにきれいな瞳が、ふるふると揺れて、決意を込めて手が握られる。

一呼吸おいたルヴィーが、その大事なお願いの中身を言った。


「隠者殿の死体を、帝国側に引き渡して欲しいという物なの」


「……」


言葉がでないって本当だった。なんで、って思った。理由も、判らなかった。どうして?

何の力も持たないお兄さんの抜け殻……と周りは思っているに違いない、実は氷界の意思が巣くっているもの……を、渡して欲しいってどういうことだ。


「訳が分からなくて、当然だわ。私自身、まさかあの隠者様が死ぬなんてことも信じがたかったのだから」


固まって動けないおれに、ルヴィーが味見をしたお茶を渡す。

お姫様毒見役にしてどうすんだよ、と思いつつも茶わんは受け取った。

受け取って、でも飲まないで待っていたら、ルヴィーが何とも言えない顔で言う。


「これだけ言っても、あなたには失礼だわ。少し理由が長くなるのだけれど、いい?」


「おれにもわかるように、教えてもらえるなら」


「ありがとう。えっとね……」


少し頭のなかで、話を整理したのだろう。一呼吸置いた彼女がしゃべりだす。


「……遡って十年ほど前になるかしら。砂漠の隠者様は、当時帝国の国内で暮らしていた凍れる生け贄から、その役割を引き継いだそうなの。本来は皇族の誰かが引き継ぐものだったのだけれども、誰もが嫌がって押しつけあっていたのだとか。私はその頃子供で何も知らなかったけれど」


すごく、醜い争いが起こっていたらしい。

泥沼の押し付け合いで、子供のルヴィーが知らなかっただけで、かなりの物だったと彼女は言う。

そこでおれは、前にお兄さんが言っていたことを思い出す。たしか、それを引き受けた、と言っていなかったか。


「隠者様は……彼は誰の権力にも従わないことを約定として、その力を引き継いだ。請け負ってくれたというのかしら。そして今後一切、皇族がそれを継承しなくて良いようにもしてくれたの」


「皇族が継承するもの、だったのか?」


「遠い昔に、軽症の資格を持つ条件をなにものかが、皇族と決めたらしいの。……ほかの誰かがそれを請け負おうとしても、それを背負えなかったと聞くわ。触れた瞬間に心臓まで凍らされたとも」


じゃあ、何でお兄さんは、請け負えたのか。

変な話だけれど、それを口に出さなかったから、ルヴィーの説明が続く。


「ただその後に大変なことが判明して、とてももめたのだけれども。彼は公国の王族だったということが。そして、公国の方には影武者が暮らしていたことも。まさか公国にそんな借りをつくったなんて、とお父様は悔やんだらしいけれど。本人が自主的にそれを引き受けてしまった以上、撤回は出来なかった」


計算が、あわないと思った。あの公国のお嬢さんは、五年前にお兄さんが追い出されたと言っていなかったか。


「そして今、公国は血眼で彼を捜しているわ。一度連れ戻したと思ったら、連れ帰った彼がただの棒きれに変わってしまったところまで、情報をもらったわ」


話が見えない。お兄さんが帝国でさみしんぼうを引き受けたのはわかった。

実はお兄さんが、公国の王族ということだったのも理解した。

あの公国のお嬢さんのように、お兄さんを血眼で捜している奴がいるのもわかる。

それと亡骸を帝国に渡すことの意味は。関係は?


「なんでお兄さんをそっちに渡す必要が出来るんだよ。公国が、王族の死体を渡せと言ってくるならまだしも」


そんなの絶対にやらねえけど。やらねえよ? お兄さんはいま再生真っただ中だし。死体じゃないって本人が断言したし。

毎日少しずつ、直っているってディオの見た目のお兄さんが、自分の体を観察して楽しそうに言ってたのもある。

おれの内心はどうでもいいとして、ルヴィーがすごく神妙な顔で言う。

帝国がお兄さんの死体を欲しがる理由を。


「彼の体には、帝国が凍れる生け贄に刻んだ、他の国に知られてはならない術があるの。その術が知られてしまったら、とても大変なことになる術が。そして……公国は死んでいても彼を、連れ戻すことを様々な物に命じていると言う話。ナナシ、意味が分かるかしら」


「つまりルヴィーは、皇帝の命令で、お兄さんの体に残る術を、お兄さんごと隠すために、おれに死体を渡せと言っている。公国の奴らが手に入れる前に」


「……判ってくれてありがとう。お願いはここまで。私はあなたに強制なんてしないわ。あなたと隠者殿がしてくれたことは、私にとって命と同じくらいに大切な物を守ってくれたことだから」


「渡さなくて、ルヴィーは困るんだろ」


「困るけれど、あなたは友達よ、命令なんてできっこないくらいの」


おれは腕を組んだ。難しい話だ。

でも、でも。

お兄さんは死んでない。お兄さんは復活する。

……それでも公国は動いている。ここまで来るのだって時間の問題、お兄さんが復活する前に来られたら、厄介だ。

そして帝国側も、おれとまともに会話ができるルヴィーをここに送ってきたって事は、穏便かつ速攻で引き渡してほしいのだ。

アシュレは帝国と割合近い距離にある自由都市で、こんな事で面倒な騒ぎを起こしたくない。

ただでさえアリーズたちの事で、アシュレと争っているんだ、帝国は。

穏便に平穏に、速やかに。

秘密の術を持つお兄さんを渡してほしいから、ルヴィーが選ばれた。

どうするのが最善か。

黙りこくったおれに、ルヴィーが言う。


「ごめんなさい。こんな無茶苦茶を言ってしまって」


彼女の瞳のなかで、不思議な文様が動いている。

そうだ、ルヴィーは。


「……ルヴィーの眼って、割と魔法とかのからくりを見抜くんだったよな」


「ええ、私の眼は生まれつき強力な見抜く力を持つけれど」


「……じゃあ見れば一発で、ばれるわな、秘密にする意味がない」


おれは肩をすくめ、これしか見つからない言葉を言う。


「ルヴィーには、今のお兄さんを見てほしいんだ。それで決めてほしい」


「えっ?」


「今のお兄さんの肉体を見て、帝国に回収するべきか考えてほしいんだ。ちょっと事情があってさ」


案内するよ、とおれは立ち上がった。


「これ以上の話は、見た後にしてほしい。知らないで決めるのは、すごく面倒だ」


帝国騎士たちも一緒でいいけど、自分の身は守れよ、と念を押しておいた。

彼等は意味が分からなさそうだった。


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