回収=割と複雑だった裏事情
シャリアから離れたおれは、ミッション達成の報酬を受け取り、さて今日お兄さんはどこに顔を出すのだろう、ということに思いを巡らせた。
何故かと言えば、肉体であるディオの立ち位置が少し、普通の冒険者と違うからだ。
あいつはあんまり、ミッションを受けていなかったのだ。
よく、断罪者ドリオンの部下として、トップが出てくるまでのない調査に、関わっていたらしいのだ。
細かい事情は判らないが、神殿騎士でありながらも、ドリオンさんの配下と言うのは、問題がないのだろう。
……ギルドと神殿がもめたとき、どっちの側につくのだろう。
それはさておいて、新たな調合系のミッションを受付に聞いた。文字が読めないのだから仕方がない。
だが、受付のマイクおじさん曰く、いいのがない。どれもおれがやっていい物じゃないのである。
職業が薬師でなければいけないミッションばかりだ。
それにここは冒険者ギルド、薬師はそんなにいない。
今回の調合は、運良く薬師と限定されていなかったのだ。
だから受けた訳なんだが。
「採取系が中心ってのが痛いよな……うっかり町からでられないのは痛い」
おれは混血、そして人間の混ざらない間違いない人以外。
本当はこんな状態の街でも、ミッションは選びたい放題なのだ。
だがおれは町の外に出たくない。
だってお兄さんの生身のことがある。中に潜むぶっとんださみしがりの事があるわけだ。
あのさみしがりが何をしでかすかわからないのだから、いざという時を考えると出て行けない。
ミッションは全滅、しょうがない。さて今日は買い出しで終わらせるか、と決めて受付から離れたその時である。
「ここに、隠者殿の身内が来ていると聞いたのだが」
ギルドの扉を開けて入ってきたのは、物々しい見た目の、帝国騎士の鎧を着用した男たちだった。ざわっとどよめく冒険者たち。帝国騎士の鎧の人間なんて、どう考えてもここに現れる職業じゃなかった。
大体ここは自由都市アシュレであり、帝国のギルドじゃない。
帝国の中のギルドだったら、騎士が来る事も多少はあるだろう。
だが違う領域に、帝国騎士だってはっきりわかるやつらが来るなんて、前代未聞にちがいない。
なんなんだ、とおれも身構えそうになりながらも、あ、と彼等に囲まれている相手に気付く。
彼らのそばには、知っている女の子がいる。
彼女はおれに気づき、ぱっと顔を輝かせた。
「ナナシ。ここにいたのね。よかったわ」
輝いた顔はしかし、沈痛な物に変わる。
「隠者殿のことは……」
おれは首を振った。ここで話して良い中身とは、思えなかったのだ。ましてこんな目立つ形で。
この町で、お兄さんの死は……いや、凍れる生け贄の死亡は隠されている。
それは町を大混乱に陥らせない為かもしれないし、ほかの要因なのかもしれないけど。
ギルドのここでしゃべる中身じゃない。
「久しぶり、ルヴィー。元気だったか? ここでその話は出来ないから、どこかよそでしようぜ」
「あなたがそういうのなら。とても大事なお願いがあってきたの」
大事なお願い、その言い回しがなんとなく、おれには問題のある中身のように聞こえて仕方がなかった。
そして、周りはざわめいている。
「あれって帝国の三女の姫だろう?」
「なんで盾師と知り合いなんだよ」
「信じられない、こんな場所まで姫君が現れる事があるのか?」
「つうか盾師のつながりどんだけだよ……」
「これって公式な来訪なのか? アシュレの上層部は知ってるのか?」
皆口々に思った事を言っている。誰もかれもが動揺している。
ちらっと受付を見れば、頭をカウンターに押し当てているマイクおじさんに、目をかっぴらいたシャリアがいた。
どっちもこんな事態は想定外みたいだ。
つまり……ギルドに通達はないし、ララさん付きのシャリアにもルヴィーが来る事は知らされていなかったって事か?
ますますルヴィーのお願いが物騒な気がしてきた。
無事に今日が終わるか……?
無事に終わらないよな、と経験が呟いていた。
周囲をものともせず、ルヴィーがおれに言う。
「このあたりに、帝国の外交官の屋敷があるの、そこに一緒に来てくれないかしら」
「いいぜ」
ここで話せない以上、話せそうな場所を提案されたなら受け入れるしかない。
そして俺は、ルヴィーとその、外交官と言うよくわからない職業の屋敷に入った。そこの応接室だと言う、おれにはいかにも場違いな場所で、ルヴィーと座る。
彼女は暫し周りを見回した。何か警戒しているのが判った。
「聞き耳も覗きもないようだわ。よかった。……ナナシにしたいお願いというのは……あなたにはひどいことだと思うけれど」
そうとう言いづらいお願いらしい。
ルヴィーの名前のようにきれいな瞳が、ふるふると揺れて、決意を込めて手が握られる。
一呼吸おいたルヴィーが、その大事なお願いの中身を言った。
「隠者殿の死体を、帝国側に引き渡して欲しいという物なの」
「……」
言葉がでないって本当だった。なんで、って思った。理由も、判らなかった。どうして?
何の力も持たないお兄さんの抜け殻……と周りは思っているに違いない、実は氷界の意思が巣くっているもの……を、渡して欲しいってどういうことだ。
「訳が分からなくて、当然だわ。私自身、まさかあの隠者様が死ぬなんてことも信じがたかったのだから」
固まって動けないおれに、ルヴィーが味見をしたお茶を渡す。
お姫様毒見役にしてどうすんだよ、と思いつつも茶わんは受け取った。
受け取って、でも飲まないで待っていたら、ルヴィーが何とも言えない顔で言う。
「これだけ言っても、あなたには失礼だわ。少し理由が長くなるのだけれど、いい?」
「おれにもわかるように、教えてもらえるなら」
「ありがとう。えっとね……」
少し頭のなかで、話を整理したのだろう。一呼吸置いた彼女がしゃべりだす。
「……遡って十年ほど前になるかしら。砂漠の隠者様は、当時帝国の国内で暮らしていた凍れる生け贄から、その役割を引き継いだそうなの。本来は皇族の誰かが引き継ぐものだったのだけれども、誰もが嫌がって押しつけあっていたのだとか。私はその頃子供で何も知らなかったけれど」
すごく、醜い争いが起こっていたらしい。
泥沼の押し付け合いで、子供のルヴィーが知らなかっただけで、かなりの物だったと彼女は言う。
そこでおれは、前にお兄さんが言っていたことを思い出す。たしか、それを引き受けた、と言っていなかったか。
「隠者様は……彼は誰の権力にも従わないことを約定として、その力を引き継いだ。請け負ってくれたというのかしら。そして今後一切、皇族がそれを継承しなくて良いようにもしてくれたの」
「皇族が継承するもの、だったのか?」
「遠い昔に、軽症の資格を持つ条件をなにものかが、皇族と決めたらしいの。……ほかの誰かがそれを請け負おうとしても、それを背負えなかったと聞くわ。触れた瞬間に心臓まで凍らされたとも」
じゃあ、何でお兄さんは、請け負えたのか。
変な話だけれど、それを口に出さなかったから、ルヴィーの説明が続く。
「ただその後に大変なことが判明して、とてももめたのだけれども。彼は公国の王族だったということが。そして、公国の方には影武者が暮らしていたことも。まさか公国にそんな借りをつくったなんて、とお父様は悔やんだらしいけれど。本人が自主的にそれを引き受けてしまった以上、撤回は出来なかった」
計算が、あわないと思った。あの公国のお嬢さんは、五年前にお兄さんが追い出されたと言っていなかったか。
「そして今、公国は血眼で彼を捜しているわ。一度連れ戻したと思ったら、連れ帰った彼がただの棒きれに変わってしまったところまで、情報をもらったわ」
話が見えない。お兄さんが帝国でさみしんぼうを引き受けたのはわかった。
実はお兄さんが、公国の王族ということだったのも理解した。
あの公国のお嬢さんのように、お兄さんを血眼で捜している奴がいるのもわかる。
それと亡骸を帝国に渡すことの意味は。関係は?
「なんでお兄さんをそっちに渡す必要が出来るんだよ。公国が、王族の死体を渡せと言ってくるならまだしも」
そんなの絶対にやらねえけど。やらねえよ? お兄さんはいま再生真っただ中だし。死体じゃないって本人が断言したし。
毎日少しずつ、直っているってディオの見た目のお兄さんが、自分の体を観察して楽しそうに言ってたのもある。
おれの内心はどうでもいいとして、ルヴィーがすごく神妙な顔で言う。
帝国がお兄さんの死体を欲しがる理由を。
「彼の体には、帝国が凍れる生け贄に刻んだ、他の国に知られてはならない術があるの。その術が知られてしまったら、とても大変なことになる術が。そして……公国は死んでいても彼を、連れ戻すことを様々な物に命じていると言う話。ナナシ、意味が分かるかしら」
「つまりルヴィーは、皇帝の命令で、お兄さんの体に残る術を、お兄さんごと隠すために、おれに死体を渡せと言っている。公国の奴らが手に入れる前に」
「……判ってくれてありがとう。お願いはここまで。私はあなたに強制なんてしないわ。あなたと隠者殿がしてくれたことは、私にとって命と同じくらいに大切な物を守ってくれたことだから」
「渡さなくて、ルヴィーは困るんだろ」
「困るけれど、あなたは友達よ、命令なんてできっこないくらいの」
おれは腕を組んだ。難しい話だ。
でも、でも。
お兄さんは死んでない。お兄さんは復活する。
……それでも公国は動いている。ここまで来るのだって時間の問題、お兄さんが復活する前に来られたら、厄介だ。
そして帝国側も、おれとまともに会話ができるルヴィーをここに送ってきたって事は、穏便かつ速攻で引き渡してほしいのだ。
アシュレは帝国と割合近い距離にある自由都市で、こんな事で面倒な騒ぎを起こしたくない。
ただでさえアリーズたちの事で、アシュレと争っているんだ、帝国は。
穏便に平穏に、速やかに。
秘密の術を持つお兄さんを渡してほしいから、ルヴィーが選ばれた。
どうするのが最善か。
黙りこくったおれに、ルヴィーが言う。
「ごめんなさい。こんな無茶苦茶を言ってしまって」
彼女の瞳のなかで、不思議な文様が動いている。
そうだ、ルヴィーは。
「……ルヴィーの眼って、割と魔法とかのからくりを見抜くんだったよな」
「ええ、私の眼は生まれつき強力な見抜く力を持つけれど」
「……じゃあ見れば一発で、ばれるわな、秘密にする意味がない」
おれは肩をすくめ、これしか見つからない言葉を言う。
「ルヴィーには、今のお兄さんを見てほしいんだ。それで決めてほしい」
「えっ?」
「今のお兄さんの肉体を見て、帝国に回収するべきか考えてほしいんだ。ちょっと事情があってさ」
案内するよ、とおれは立ち上がった。
「これ以上の話は、見た後にしてほしい。知らないで決めるのは、すごく面倒だ」
帝国騎士たちも一緒でいいけど、自分の身は守れよ、と念を押しておいた。
彼等は意味が分からなさそうだった。




