同伴(4)=愉快な道中
目的地の名前はチェレン山。そこの山道の中間に、到達した印が置かれているらしい。
「チェレンか。意外に近いな」
「意外に近いって」
「近いだろ、普通に歩いて一日だ」
「それって近いとは言わないと思うんだが」
「馬鹿野郎、冒険者のミッションでどんだけの距離移動すると思ってんだ。一日で到着するんだったら確実に、近い扱いだからな」
てくてくと三人が、道なりに歩いている。おれからすれば、回り道なのだが、この校外学習は三人の力を見るものなので、おれが先回りして短縮ルートを教える事はない。
それに、現れた低級な魔物の相手も、こいつら任せだ。
意外と統制の取れた動きをする三人である。
遠距離から魔法を使うファエロの前に出る、中距離援助型のアンジュー。
驚いた事に、一番ポヤポヤした顔のミケルが前衛で非常に尖った攻撃をする。
三人は相性も良ければ、お互いの行動を先読みするのもうまいらしい。
今の所、仕留めた魔物の解体以外は合格点と言っていいだろう。
ぶっちゃけ、出会った時の勇者より、なんでもずっと上手だ。
あいつ、街の事は詳しかったけど、野山の事はあんまり知らなかったもんな。
<たてし! 綺麗な蛇だよ!>
<ばっか、それ毒蛇だからな! 投げろ!>
<投げるのはかわいそうだよ。ごめんね、いきなり上から掴んじゃって>
旅人なら誰だって知っているような、有名な毒蛇を抱き上げて、はしゃいだあの馬鹿に怒鳴ったら、あいつ暢気なもので、ゆっくり地面におろしてやったのだ。
<やっぱりさ、ニンゲンの勝手でほかの生き物に乱暴ばっかりしちゃ、いけないと思うんだ>
<おれの勇者様は優しいな>
そんなやり取りを、三人を見て思い出した。
なあ、そんな事を言っていたお前がなんで、オーガ混じりだってだけで、おれに暴力をふるったんだよ。
今でも、何かの間違いだったんじゃないかと、思ってしまう時がある。
悪い夢だったんじゃないだろうか、と思う事もあった。
棄てた振りも、忘れた振りも、結構難しいもんだ。
さておれは解体を進める三人を見ながら、手順に対してああだこうだと文句をつけている。
やってほしいと言われない限り、手は出さない。
「それにしても、安い値段の素材でも、冒険者がこんな苦労して解体しているのかと思うと、なんだかありがたみが違ってくるな」
やっと魔物の肋骨を開き終わり、内臓をより分ける所に至った三人のなかで、一番力仕事をしていたファエロが言う。
内臓に余計な傷がつかないように、慎重に脂肪膜を剥しているアンジューが頷く。
いらない場所を処分するための穴を掘っているミケルも、同じ意見らしい。
「それにしても、このコウガイガクシュー大変だな。時間制限があって、倒した魔物の数も成績に数えるから、倒したって分かる部位の採取までさせるなんて」
「勇者に同行する時に、あまりにも実体験がない場合、甘く見られすぎるからじゃないか」
やっと処理を全部終わらせたアンジューが、息も荒く答えた。
穴を埋めたミケルはと言えば、自分から魔物の体液の匂いがするのが、なんとも慣れないらしい。しきりに匂いを嗅いでいる。
「お前ら休憩するのか」
「まだ移動できるから、移動する。三日間の時間制限があるし、山登りできっと俺たちは時間がかかるから、行きの道のりは稼いでおきたいんだ。二人ともそれでいいか?」
「一番体力のないアンジューが大丈夫なら、大丈夫でしょ」
お前けっこう持久力あるな、ミケル。隣のファエロもけろっとした顔色である。
やっぱりアンジューは、筋力とかが足りなくて、体が軽いのか?
聞いていい事だったら聞いてみよう。ちょっとそう言うのは興味があるもので。
「行こう」
魔物との遭遇も四回目、結構チェレン山に近づいていると、おれの体感は感じ取っている。
そこで問いかけてみた。
「お前ら野営の準備した事あるのか」
「……あまり経験はない。というかかなり不安なんだ、だからいっそ盾師、教えてくれないか」
「やってもらったら、きっと成績に反映されないもんね」
「母上は覚えておいて損はないと言ったな」
こいつらごねないし、素直というか割といい気質だ。
知らない事を教えてもらう事に対して、変なプライドも我儘もないのだから。
「おう、一から十まで教えられる限り教えてやるさ。お前たちを無事にアシュレに帰すのが、おれの仕事だからな」
そこまで言い、空を見上げる。
「んじゃ、そろそろ野営の準備するぞ」
「早くないのか」
「この時期は日が落ちるのが、夏よりもすごい早いんだ。暗くなったらあっという間だからな。慣れないうちは、今のうちから始めておかないと、手元が真っ暗って事になる」
「灯りの術とか道具を使わないの」
「下手に使うと、魔力だのなんだのが消耗されて、明日に響くそうだ」
「盾師は魔法使えないの」
「全く使えないな、『おいらは使えるんだけどな』……ってお前なんで今顔出す?」
ミケルの無邪気な問いかけに、にょっきりとおれの外套から顔を出す呪いの本、(現在アメフラシ形態)に三人が飛びのいた。いきなり魔物が現れたとでも思ったらしい。
「た、盾師、そのぶよぶよした光る生き物なんだ!?」
「お前ら落ち着け、こいつはおれたちに危害は加えない。なんつーか、おれの相方やってる酔狂な呪いの塊」
「聞くだけで物騒だろ!?」
「星図が散らばる見た目ってだけで、いわくしかなさそう」
三人の反応は当然だろう。だが呪いの本は気にしない。ぶよぶよと笑って挨拶する。
『いよう、学生ども。俺様は呪いの塊、呪いの物質化した肉。そんでもって相方の足りないところを補うのが趣味って素性だ。お前さんらに興味がないから、危害も加えない。そっちが何かしてこない限りな』
場が硬直したものの、それ以上に野営の準備が先だ。
おれはアメフラシ姿のそいつを腰の袋に突っ込んで、言う。
「当人がそう言ってるから、あんまり怖がってやらないでくれないか。たぶんそこらの魔物より安全だから。野営するぞ野営の準備」
「あ、はい」
有無を言わせないおれの口調に、一番文句を言いそうなファエロが返事をした。
それから、火の熾し方を知らないとか、天幕の張り方が間違い過ぎていたとか、色々あったが日暮れまでに、無事野営の準備も終わっていた。
アリーズもだめだったなあ。街の住人ってこんなに、色々な物を知らないものなんだな。
そのかわり、あいつはよく
<ねえねえ、これなーに?>
とか何とか言って、おれにいろんなものを教わっていた。当時を思い出すと、ちょっと苦しい。そんなおれに気付く事なく、火の前で三人が、鍋を見ている。作り方は教えたから、三人に作らせた。
手際はすこぶる悪かったが、まあ食えない事はないだろう。
「料理ってのも大変なんだな」
「好き嫌いってあるけど、フィールドでそんな事言ったら、食べるものない時ありそう」
「お前たち、灰汁をすくってくれ……こっちはパンを焼くので手一杯だ」
鍋の灰汁をすくって呟くアンジューに、しみじみと感想を言うミケル。
簡単に作れる膨らまないパンを、焚火で焼いているファエロに突っ込まれて慌てて、二人はその作業に戻っていく。
「お前たち仲良しだよな」
「幼馴染だし」
「腐れ縁だし」
「だよねー。赤ちゃんの時から顔合わせてたらしいもん」
言いつつ食事が出来上がり、三人が取り分ける。
そこでおれの分の食器も何もないことに、気付いたらしい。
「盾師の分は」
「お前たちが自分たちの持ち寄った食い物で、おれの教えた方法があったにしろ三人で作った物だろ。おれがそれを分けてもらうのは筋違いだ」
「じゃあ何を食べるんだ」
「自分の道具袋探す」
おれは言いつつ、腰の袋に手を突っ込んだ。そして出てきた物をどんどん取り出す。
「ねえ盾師、突っ込んでいい?」
「何を」
「どうして小型の樽に入った塩漬け肉なんて物が出て来るのさ!」
「冒険者長いと、こう言うの必需品になるんだよ、遭難しかけた時とか。塩足りないと命取りのフィールドあるからな」
「ついでになんでそんなに、食材豊富なの!? それも保存性ましましの物ばっかり! 道具袋って聞いた話じゃ、入れたものをそのままの状態で留めて置けるんじゃないの!?」
「留めて置けるさ。袋の口を開かなかったらな」
「……なんだそれは」
ファエロが引きつった顔になる、意味不明と言いたそうな顔だ。
「アンジューも知らなかったもんな。これ常識だから覚えておけよ、道具袋は確かに、入れたものをそのままの状態に留める術がかかってる。でも完璧じゃないんだ。袋の開け閉めの間は、術にほころびができるから、時間が経過するんだ」
「「「術にほころび?」」」
三人の声がそろう。術のほころびは知っているのか? そこからの説明か?
「確かに術は、最初と最後を結ばないと発動しないけど、それと関係ある?」
「盾師、まさか道具袋と言う物は、開け口部分が閉まっている事で、最初と最後が結ばれた状態になるのか?」
「おー、察しがいいな、正解。ちょうどいい機会だ、食ったら見せてやるよ、いい物」
三人がそういうと、食事を始める。
おれは粉を練って灰の中に放り込み、樽の塩漬け肉をそいで口に入れる。
<これ食べると生き返った気分になるよね!>
なんでこう、アリーズの事ばっかり思い出すんだ、おれは。あいつが、一緒に巨大な竜に出くわして逃げ切った後に、おれと一緒に塩漬け肉を食べた時、そんな事を言ったのが蘇る。
三人が食べ終わった頃に、練った粉が焼きあがった。灰の中から取り出して、手で軽くそれを払い、かぶりつく。
粉を練って灰で焼く方法は、師匠直伝だ。師匠はもっと過酷な状況も経験しているそうだから、これができる間は余裕があると判断していらっしゃった。
おれは食いながら三人を手招き、おれの道具袋の口を見せた。
「おれは文字わかんないけど、お前たちはわかるだろ、袋の口に書いてある術」
おれの眼には、袋の口にぐちゃぐちゃした落書きがあるようにしか見えない。
でも三人には、よく分かるものだったらしい。
「た、たしかに口が閉まった状態じゃないと、術式がつながらない仕様だ……」
「こんなの見た事もなかったし考えた事もなかったな」
「実地で勉強させてもらい過ぎてないかな、僕たち」
「これが道具袋の欠点だ。つうか、いったん途切れさせないと術の外に弾かれるから、どうしてもこう言う形にしなきゃいけないんだとさ」
おれの言葉に、唸る三人。おれより術に関する教育はされているんだろう。納得の顔だ。
「まあ、術が完成している中に物を入れようとすれば、確かに弾きだされるそうだが」
「実用的なのか不便なのか」
「だから保存性が高くないと、いけないんだね。使っている間に、何回口を開けるかわからないし、術が途切れる時間が長かったら、生ものなんてすぐに腐っちゃう」
「そういう事さ。さておまえら、夜中の見張りはしておいてやるから、さっさと寝ろ。明け方に起こす。そうしたらお前らが飯作ってる間仮眠取るから」
この言葉にぎょっとする三人。
「仮眠それだけで足りるの」
「盾師労働環境過酷な場所に、いたのか」
「やばいチームにいたのか」
おれとアリーズの二人きりだった頃は、ぜんぜんやばくなかったぜ。
聖剣を神殿が渡して、神殿の紹介で増えた仲間の、ミシェルとマーサが来てからは、やばかったけど。
言っても仕方のない事だ。
どう頑張ったって、おれの愛した愛嬌のある勇者様は、もう、どこにもいないんだから。
「それは言わないでおくさ。あんまり思い出したい事じゃないし。……それにな、周囲の気配を探ったまま体を休める方法なんて、いくらでもあるんだぜ」
「例えば」
「ちょっと結界の上手な奴は、自分を中心にして、自分の生存を条件に結界を張ったりな。そうすると結界張れる奴より弱い奴は入れないから、朝までぐっすりとか言う話だ」
三人は顔を見合わせる。おれはそれでも促す。
「明日も大変だからな、しっかり休めよ」
「あ、はい」
明日の道が山道中心だと思い出したらしい。三人は天幕のなかに入ってすぐに、寝入ってしまったらしい。
火を眺めながら、おれは二つ目の焼いたのをかじる。
「お前らは、ましな方だからな。少なくとも夜中に暴力の嵐とかじゃないし、おれただ歩いているだけだし」




