同伴(3)=強者を使いこなすわざ
「しょっぱなの話。目的地点はどこの地名だ」
出発して数時間。アシュレの町中でおれは、生徒たちに聞いた。
「アシュレから北東にある山」
何か書かれているらしい、まるでそれに書かれている事で全部か、と言いたくなる返答に舌打ちを一つ。
「地名って言ってんだろばかども」
「言ってあんたが分かるのか?」
「おれはこれでもアシュレ以外にいた時間の方がはるかに長いんだよ。あいにくな、アシュレに来たのは二年くらい前だったか。一人で来た。その道中だって結構あちこち回ったからな、たぶん多少は知ってると思って聞いてんだよ」
「あんたがどうして目的地を知りたいんだ」
不思議そうな顔のそいつはミケル。アンジューと同じ歳の同じ組の友人だそうだ。
「お前らが間違い過ぎて、制限時間をすぎないようにと言う心遣いだ」
「……あんた護衛なんだろ? どうしてそこまで考えてくれんだ?」
疑う声を出したのはファエロ。もともとおれの実力を高くは思っていない事が、言動のいちいちに現れている奴。
アンジューは二人を見て、二人と同じ事を大体思ったらしい。
何故、と視線が問いかけてくるから、とにかく相手を把握するには会話するのがいい、と問い返してみた。
「お前たち、このコウガイガクシューとやらをどういった風に考えてる」
「え?」
おれの言葉に怪訝な顔の三名。意味が分からないらしい。
「考えって……次に来る勇者の同行者になるための試験の一つ」
ファエロの答えは意外な物だった。溜息が答えではあったが。
「はあ、そんな中身もあったのか、誰か教えろよったくもー。面倒くさいな。これから言う事は、別に秘密にされてるわけじゃないから喋る中身だ、事実なのか嘘なのか、そっちで判断しろよ」
一応前置きして、おれは“何故おれが心遣いをするか”を口にする。
というか勇者の同行者になるための、試験ってな。
今まで誰も、そんなこと教えてくれなかったぞ。
これはジャンヌさんを揺さぶるしかないな、情報が足りないなんてすごく困る。
「これは高い割合で、お前たちが、お前たち以上の、“なにか突出した能力を持つやつ”と、どれくらい渡り合えるかっていう試験なんだ。そいつとどれくらい協力し合えるか。どれくらいそいつに動いてもらえるか。……どれくらいそいつを使いこなせるか」
「使いこなすって」
「お前たちは割といい身分らしいな。アンジューなんて誰かの上に立たされる子供だろ」
「あんたと似たような年齢だ」
「そこは放っておけ。きっと、お前たちは護衛を選ぶときから試されている」
「それはそうだろう? 自分たちと相性がいい相手を選ぶ目を、試されているんだろう」
「たぶん、それだけじゃない」
おれはすぐに言った。そう、この試験の最初に試されていたのは、それだけじゃない。
それだけを測るために、あんだけの上位冒険者をそろえるわけもないのだ。
「お前たちは先生方に“自分たちで御すことができる相手を選んでいるか”を見られている。さらには“何の目的であれ、自分たちに協力及び助力ができる相手を選んで同行者にしているか”まで見られている」
おれの言いたい事が頭にしみ込んできたのか、アンジューの顔色が変わった。
「自分たちと相性がいいだけでは、いけないのか。“同行する生徒と、校外学習を突破できる能力持ち”を選んでいるかまで見られているのか」
「そうだろうさ。単独冒険者なんて、たいてい自分勝手で自分だけで進む輩の方が多い。ただ強い、ただ戦闘能力の相性がいい、だけで突破できる試験で、勇者なんぞの同行者を選ぶもんか」
そこまで言って皮肉そうに笑って見せた。
「あんたらの情報でわからなかった事が色々分かったのさ。これは簡単で大変な練習だ。単剣の冒険者みたいな自分勝手どもを、使いこなす。場合によっては使いつぶす。それが出来れば勇者たちともやりあえる、という考えでやってるんだろうな」
「だがそれでは、盾師が中身を話してくれる理由が分からない。どうして生徒が知られていない中身や、校外学習の本当の目的を話してくれるんだ」
おれは目を丸くした。それからおかしくなってけらけらと笑った。
「お前たち、他人の話聞けっての。嘘か真はお前たちが考えて決めろって言っただろ」
これがおれからの、最初のためし。
おれの言葉を信じるか? 疑うか?
どっちに傾くかで、この後のコウガイガクシューの進み具合が変わるはずだ。
どっちになるかと思っていると。
「た、盾師さんは断言してない!」
ミケルがはっとした顔になった。そして笑顔になる。
「僕は盾師さんを信じるよ。だって盾師さんが言っている事は全部、盾師さんの推測なんだから! ちょっと話しただけでも、盾師さんはなんだか、ごまかすの嫌いそうだし」
おお、おれが『たぶん』とか『だろうな』とか前置きしたりしているのを、ちゃんと聞いたか。
こいつなかなかだぞ……。
それに、おれが喋っている事が推測だときちんと判断する能力があるのだ。
詐欺師が嫌いな傾向の奴だな。ララさんが好きそうだ。
「それに盾師さん、秘密じゃないから話すって言ったよね、という事は秘密にもならないことを話しているって事で、それもやっぱり盾師さんが自分の考えた事を話している証明になる」
……こいつなんでこんなに頭回るの。よくまあいましがたの会話だけで、それだけ考えが回るんだ。
ミケルか。うん、顔と名前を一致させておこう。
おれはいざという時、ララさんに紹介できるように覚えておいた。ララさんは頭のいい義に厚いメンバーを大募集中なのだ。
「……というか、そんな脳みそがなさそう」
ぼそっといったファエロ。お前表に出ろと思ったが、もう表である。
アンジューは二人を見て笑顔になった。
「盾師は凄腕の本物だろうからな。その歳で単剣の印って事は、実力も達成率も相当だと思う。なあ、盾師。盾師の今回のミッションの中身を教えてもらえるか?」
アンジューも頭がいいぜ。嫌いじゃない。にやっと笑って答えてやる。
「お前たちの護衛と、あとなんだろうな?」
さあ、二番目だ、どう出る。
「そりゃあ、“僕たちを護衛しながら、目標地点まで行って、それからアシュレまで制限時間内に戻って来る事”!」
じりっと笑顔で詰め寄ってきたミケル。
こいつ、分かったらしいな。
そう。
こいつはおれが、生徒の護衛以外の何のミッションも受けていない事、を正確に見極めたのだ。
そしておれの疑問に、自分たちの目的を答えとして入れる事で、ミッションの上書きをしたのだ。
何故なら、ミッションの中身を答えないというのは、ギルド協定に違反する事になるから。
大陸全土のギルド協定に、明記されているとマイクおじさんが言っていた。
『ミッションの中身を問われたら速やかに答える事。答えない場合ミッションを受けていないと見なす』
というものだ。これは違法なミッションを受けないようにと言う警告でもある。
ミケルはこのギルド協定を知っていたに違いない。
あなどれん。
それに、そうなるように仕向けたアンジューも割とすごい。
おれはちらっと、視界の片隅で見えたものの方を見る。
そこでは、生徒を無視して酒盛りを始める冒険者がいる。生徒が何を言ってもびくともしない。
あっちでは生徒がきいきい言っているのに、じっくりとフィールドに行く支度をするやつ。
やっぱり単剣は単独行動が長いから、自分のしたいようにするのだ。
彼等もおれと同じく、生徒の護衛は請け負っていても、生徒と協力するという事はミッション内にないのだから。
これで生徒が無視して、先に歩き出せば後を追いかけるしかないのに、生徒たちは自分たちだけ先に行く、という事を考えられないらしい。
「……どうやら、盾師の言った事はある意味事実の一部らしいね」
その光景を見て、ファエロが悔しそうに認めた。
「まあそれはさておき。話を戻そうぜ、目的地、ちゃんとした名前なんだ?」




