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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師は、隠者と添い始めるのか
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講義=お勉強のお時間です

屋敷の中は大変に立派だった、こんな屋敷は見た事が無い。

これもそれも、この家の主が翼あるものの統括者と言う、大変に重要な立場だからだろう。

まじまじと色々な物を見ていると、小脇に抱えた鞄の中から声がした。


『こりゃまたずいぶん、色々かかった家だな、よくまあ俺様がはじかれなかったもんだ』


「かけてあるって、なんか術が?」


『相方が何の問題もないなら、気にしなくっていい方面だろうなあ』


「こう言った家の主は恨みを買いやすいからな、守りの術を幾重にもかけている事が多い」


お兄さんがどこ吹く風、と言った調子で囁く。前を歩くアンジューはカチコチに緊張しながら、何処かに案内している。


「アンジューどこに案内してんだ」


「こういう時の初めは、当主に挨拶をするのが当たり前なんだ。つまり……俺の父に当たる人に挨拶をする」


アンジューがぎくしゃくとした動きのまま、少しだけまともになった声で言う。

なんでアンジューに教えるのに、この家の当主に挨拶が必要なんだ?

首を傾げていれば、お兄さんが横から言う。


「一応知識を教えるものとして来たからな。万が一変な物を教えた場合、苦情を送りやすいように、顔を知っておくのもよくある」


「なんだよそれ、お兄さん帰りましょ」


なんだその言い方。お兄さんの言った事だけれども、中身にカチンときた。

おれはお兄さんの手を引っ張り、元来た道を戻ろうとした。


「こらアラズ。どうした、そんなにぶすくれた顔になって」


「だってお兄さんはちゃんとした事実を教えるのに、変なこと教えるような事を疑われてるって事じゃないですか! お兄さんだからこそ、紹介したのに。お兄さんに失礼です。おれも気分がよくない。疑われながら物を教えるなんて言う事でも、お兄さんはいいの」


「だがアラズ、それではお前の仁義に反するだろう。お前はちゃんと最後まで責任をもって、アンジューに術の付加を教えると決めたんだろうに」


「……まあそりゃそうですけど」


「何、もともとこう言った階級の人間は他人に対して、ひどく疑り深いものだ、いちいち気にしていてもしょうがないし、無駄な事だ。ただ私たちは間違いようのない事実だけを、教えればいいだけの事」


「……はあい」


疑われているかもしれなくとも、お兄さんがかまわないのなら、おれが文句を言っているわけにはいかない。

なんとなく変な気分だが、頷いておくと頭を撫でられた。


「わっ」


「私の妹背はよく分かっているけれども、まだまだ甘いな。その甘さを大事にしていて欲しいものだ」


なんかまた、よく分からない事を言っている。

そんな会話の間に、当主がいるらしい部屋の前までついたらしい。

アンジューが丁寧に扉を叩き、入る許可をもらってから、扉を開けた。


「父さん、術の付加について教えてくれる人達が来ました。その、……あの、見ても驚いて腰を抜かさないでくださいね」


父親相手に丁寧なしゃべり方をするんだな。

それがここのやり方なんだろうか。

まあそれは置いておいて、開けた扉の向こうでは、アンジューが成長したらこうなるかなって感じの男が机に座っていた。

違いは羽毛の色味だろう。アンジューはきれいに白いんだが、この人はどこか灰色が混ざっている。

何やら書きかけの物があったらしいが、それらを脇に寄せて、こちらを向く。


「ああ、いらっしゃい。……え」


こっちを向いたその人も、お兄さんを見て目を見開いてから、二度見三度見と重ねた。


「アンジュー!? いったいどこで沙漠の聖者殿を紹介されたんだ!?」


声がひっくり返っていらっしゃる。やっぱりお兄さんって分かる人には、なんかすごい効果があるんだな。


「おれが紹介したんだよ、と言うかあんたら驚きすぎだろ」


「は、え、君が紹介、君の方が何者!?」


「私の妹背だ、アンジューが吹っ飛ばされたのを受け止めて縁が出来た」


彼がおれを見て叫び、お兄さんがおれの肩を抱き寄せて言う。

その一連のやり取り、でアンジュー父は落ち着いたらしい。


「そんな事もあるものなのか……実は私も、術の付加の方面には明るくないから、一緒に聞かせてもらおうと思っていたのだが。深い知識を持つと言われている、沙漠の隠者殿に教えてもらえるなんて、なんて運がいいのだろう」


ではさっそく、と立ち上がったアンジュー父が、お兄さんに向かって一礼をする。


「初めまして、沙漠の隠者殿。あなたの名前はかねがね聞いております。私は翼あるものの頭、ジェリックと申します」


「ジェリック。初めまして」


お兄さんが穏やかな声であいさつをする。


「あまり名乗らない主義なので、名乗りは省かせてもらいたい。隠者とわかっていれば何も支障はきたさないのだから」


「ええ、あなたの名前を聞くなど、恐れ多い」


言いつつ長椅子を勧め、そしてお兄さんの講義と言う物が始まった。




「初めに。術の付加は、道具一つに対して最大で二つまで。この理由は明快で、それ以上かけると素材がどんなに強固な物でも、術の強さに耐えられず壊れてしまうからだ」


「どんなものでも例外がないのですか」


「例外があると聞いた事はない。技術者たちはなんとしてでも、より多くの術の付加を行える素材を探すわけだが、それが成功したという話は聞いていない」


「何故耐えられないのですか」


「もともと、術の付加自体が無茶苦茶だからだ。どんな素材も、どんな道具も、術を付け足すように育っていない」


「育っていないとは」


「生まれ方だ。道具は初めは自然の物。自然の物は術の付加をする事を基本としないで生まれ出ずる。鉄だろうが竜金剛だろうが同じだ。それを前提にして生まれていない。二つでぎりぎり耐えられる程度なんだ」


「ではどうして、いくつもの効果を持つ道具が存在しているのですか」


「そこで特性を持つ素材同士のかけ合せ、が始まる。火に強いものが欲しいのなら、火に強い生まれ方をしている素材を使う。それに防水も欲しいのなら、水をはじく特性の素材を合わせる。より強固にしたいのならば、強固な特徴を持つ素材を合わせる。術の付加は一番最後の仕上げ、と言うわけだ」


「では、今まで使っていた物に新しく素材を掛け合わせる、と言うのは出来るのですか」


「組み合わせによる。上から塗るなり染めるなり出来る特性ならいいが、大本を変えなければならない場合は、最初から作り直しだ。職人が値段を上げたり下げたり、新しい物を作るなり古い物預かるなりするのは、そこが理由になっている」


へー。知らなかった。

やっぱりお兄さんに頼んで正解だったな。

おれは、横でアンジューとジェリックが質問を挟みながら進む話に、ひたすら感心していた。

おれではこんなに上手に説明が、出来るわけもない。

そんな風で、三十分ほどでお兄さんのお話は終わった。

そこでジェリックが、お茶を用意してくれた。

見た事のないお菓子とともに。

これどうやって食べるんだろう。

ふわふわしていそうな儚い見た目の、とろっとしたものがかけられているお菓子だ。


「お兄さんこれは」


「ケーキと言う物だ、食べた事が無いのか」


「ないですねえ。どうやって食べるんです、手づかみは無理そうだ」


「フォークでやってみればいい」


お兄さんは言いつつ、それを見事な手さばきで食べている。

こうやって食べるのか、と口に入れれば、びっくりするほど甘かった。

それでとろっとした物がすごく濃厚なクリームを、泡立てたものだともわかった。

うわ、こんな足の速そうな物、高級品以外の何物でもない!

そんな時だった。酷くあどけない笑顔が、頭をよぎったのは。


<わあ、これおいしい!>


ありーずの、えがおだ。

あれは、大した食べ物じゃなかったと思う。アシュレに来た当時の、料理というには疑問を感じる物しか作れなかったおれが、アシュレで見て覚えて、作ってみたお菓子。

小麦粉と水と、奮発して入れたバターで作った、薄焼きの皮。

アリーズはそれの匂いに釣られて、やっている途中だった洗濯物を放置し、一枚皿から奪っていったのだ。

そして目を真ん丸に開いて、笑ったんだった。


<これおいしいねえ。どうやって作るの? ぼくでも出来そう?>


結構楽な作り方だぜ、と答えたのを思い出してしまう。でもアリーズは、薄く焼けなくて、なんだか妙に弾力のある分厚い生地になったんだ。


<こ、こんなはずでは……>


分厚い生地を見て、ショックを受けるあいつに、おれは森林のフィールドで、でかい蜂から分けてもらった蜂蜜を渡したのだ。


<これかければ、夕飯のパン買わなくて済むぜ>


<晩御飯に甘いもなんて、ゼイタク……>


うっとりとした、幸せそうな笑顔。蜂蜜の瓶を開けて、大匙を入れて、その口に突っ込んでみると、きらきらしたあおいろの眼が、またとびっきり星を散らした。


<たてし、これすっごい上等な蜂蜜だよ! どこで買ったの?>


<蜂追熊のあと追っかけてったら、見つけた穴場にあった。ずいぶん熟成された蜜もあったから、ちょっとだけもらって来たんだ>


今度一緒に行こうな。約束したからね!

夕暮れの台所で、交わした些細な約束だ。でも。

それは、果たされなかった約束になってしまった。

アリーズが、聖剣を神殿から与えられて、そんな約束も忘れてしまったからだ。

甘い物に目がなくて、小遣いをやると皆甘い物に変わってしまったような昔のあいつが、これを食べたらどんな顔で笑うだろう。

一瞬涙が出そうになって、食べる事で誤魔化した。やっぱり、溶けるように甘い、濃厚な、生菓子だった。

あっという間に食べてしまったおれは、その後何か言いたそうなジェリックの顔を見た。

お兄さんに相談したそうだ。


「お兄さん、ジェリックは何か困っている様子ですね」


「えっ」


アンジューがびっくりした顔になる。父親の表情の変化に、気付いていなかったらしい。


「驚いた、顔を見てそれを気付かれるとは」


ジェリックが苦笑いしている。お兄さんがおれの口元をぬぐいだす。


「顔についている。もう少し小さな口で食べる事を覚えなさい」


「あ、うん」


言っている間に、ジェリックは真面目な顔になり、お兄さんに言う。


「隠者殿に相談する事はなにか、違う気がするのですが……お話を聞いていただいてもいいですか」


「ここで巡り合ったのも何かの縁になるのだろう。お前がそれを抱えているのも。アラズ、扉の外に出なさい。大丈夫、さすがに自宅を吹っ飛ばす訳はない」


「アンジューも外に出なさい。隠者殿が相談を受けてくれるようだから」


おれとアンジューはそうして、外に出された。おれは扉の前に座り込み、何か異変があったら素早く動けるように、身構えておく。

アンジューは盗み聞きをしたそうだけれど、出来ないようだ。


「そうだお前、吹っ飛ばしてくる相手どんな奴なんだよ」


お兄さんとジェリックの話が終わるまで暇なので、おれはここで話をする事にした。

アンジューも言いたい事が溜まっていたのだろう。


「とても我儘だ」


「わがままで」


「気が強くて人の悪口ばかり言う。そのくせ干渉したがって、いう事を聞かないと怒り出す。上から目線がひどすぎる」


「それってどうなのよ、人格的に」


さすがにないわ、と思ってりゃ、アンジューも身を乗り出す。


「だろう!? だが地竜の上の方の奴だから、偉そうなんだ。子分はたくさんいるのに、どうしてか俺にかかわりたがる。それが迷惑で極まりない。おかげで恋人にも泣きながら別れられた」


「その相手外道だな……そこまでするような事するか。それともアンジューの恋人に横恋慕してたのか」


「それだけはないんだが……本当に付き合いきれない奴なんだ」


アンジューが大きく溜息を吐いた。


「このままだと、数日後にある校外学習で大変な事になるんじゃないかと、不安でいっぱいだ」


「校外学習」


「学校の外での活動だ。今年はフィールドのとある地点で、到着したという印をとってきて、アシュレに戻るという道なんだ」


「お前らフィールドの魔物を倒せるのかよ」


「そこそこ。この校外学習は、倒せる者限定の活動なんだ。最高学年が多いな。もしも手に負えない魔物だった場合、同伴する護衛が何とかしてくれたり、逃げ道を探してくれたりする事になっている」


「護衛付きとか甘いだろ」


「死んだら大変だろう」


「そうだな」


おれはその後、去年の校外学習は職人のなかで手伝いを行う物だったとか、そう言った昔の話を聞く事になった。

学園の生徒はお金持ちが多くて、自分たちと同じ層以外の事を何も知らないことも多いから、世間を学ぶために学校が、いろいろ取り組んでいるらしい。

取り組むんだったら、術の付加の事くらい教えておけよ、とおれは内心で突っ込んでしまった。


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