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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師は、隠者と添い始めるのか
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案内=ようこそお屋敷へ

お兄さんは非常に楽しそうに、待ち合わせ場所に立っていてくれた。

おれが隣で、アンジューが一向にやってこない事を気にしているのに、なんか不思議なくらい機嫌がいい。

雰囲気としては、鼻歌でも歌いだしそうな気配だ。

こんな上機嫌なのは久しぶりに見る、気がする。

砂漠ではしばしば見ていた顔だ。東区に移ってからはとにかく、賠償金返済のために忙しく、こんな機嫌よく巻物を読むような表情、された事がない。

そんな顔のまま、お兄さんが呆れた声で、笑った声で言う。


「やれ、約束の守れない小童だな」


「そういうわけじゃないと思うんですけ」


おれが時間はそろそろ何だけどな、ともう一回太陽を見上げた時である。

見事な爆音とともに、誰かが吹っ飛ばされてきた。

軽い体重の所為で、吹っ飛ばされ方が尋常じゃない。

おれはそのまま立っていても、何も問題はない位置だ、勝手に相手がどこかにぶつかって終わる。

しかしお兄さんの方を見て、その考えを改めるしかなかった。おれ動かなきゃだめだ。

なにせお兄さんがその誰かと直線上に立っていて、おれはすぐさま盾を展開させた。

お兄さんに傷一つ付けたくなかったのだ。だがしかし、盾を構えて待ち構えた時に、あ、これ盾で飛ばしたら相手の骨折れる、と気付いた。

しょうがないから、また昨日と同じように、盾をしまって全身で受け止める。

覚えのある衝撃の重さ、そして何よりはっきりとわかる、目でわかるこれは。

あー何と言うか、まあ。

見覚えのある金の髪の翼のある、お仕着せみたいな恰好の男子。


「お前また吹っ飛ばされてきたのかよアンジュー」


学べよ、前回吹っ飛ばされたんだったら、今回だって同じように飛ばされる可能性ありまくりだろうが。

何してんだよ、おれが受け止めなかったらまた骨折れてるだろ。

受け止めたおれは呆れた声を上げたのだが、そんなおれの腕からお兄さんが、アンジューをひったくって、子猫のように首を掴んでぶら下げた。

扱い雑だな、おれの扱いよりひどい。


「私の妹背に手間をかけさせるな」


ぶら下げたまま、穏やかな笑顔の圧力で、お兄さんが断言した。

周りの空気が留まっている。それはそうだ、お兄さんの顔はそれ位の迫力があったし、言葉も強い響きがある。


「……」


首根っこを掴まれて、顔を向かい合わせているアンジューは目を見開いて、おれを見て、それからお兄さんを見て、顔色を青くした。


「沙漠の隠者……どの?」


「なんだ私を知っているのか、話が早い。今日はお前に教えて欲しいのだと妹背に頼まれてな、ここに来たら無様に飛ばされるお前がいたわけだが」


うっわお兄さん言葉にとげがあるぜ、とげどころかもっと鋭い何かもありそうだぜ、そんなにおれが受け止めたのが、気に入らなかったんですかね。

後でそうなる理由を聞いて、直す方法を考えなければ。

おれは見殺しにするのが嫌いだが、お兄さんの機嫌を悪くするのも嫌なのだ。

きっとお兄さんの事だから、理不尽な事で機嫌が悪いわけじゃないだろうし。

ちゃんと、おれでも、納得できることで不機嫌になっているに違いないのだから。

直すべき所は直さなければ。

それがおれの矜持に反しなければ。

そんな事を考えている間に、アンジューは絞り出すような声で、かすれたような声で言った。

自分の目の前の相手の素性が、信じられなさすぎる、と言わんばかりの顔だった。


「……うそだろ本物……? 沙漠のお伽噺じゃないのか……」


「本物も何も、私は存在しているし、お前の服の襟首をつかんでぶら下げているし、これ以上ないほど現実だが」


お兄さんの明言にして断言。突っつく隙間も何もない。

だってそうだろ、お兄さんは現実としてアンジューの襟首をつかんでぶら下げている。

これで幻覚とか疑えるわけもない。

きっとアンジューの背中には、おれが受け止めた時にぶつかった痛みがあるだろうし。


「……えっと、あの」


アンジューが青いまま視線をさまよわせて、もう、何も言えないでいる。

おれは別に怖くないし、同じ事を言われても平気だと思うんだが、この調子だとかわいそうだ。

完全にお兄さんに、空気で負けてしまっている。

助けるというよりも、可哀想すぎて口をはさむ。


「お兄さん、アンジュー下ろしてやってください。なんかえらい引きつってるんで」


手がぱっと離される。そこでべしゃっと尻もちをつくアンジュー。お前受け身くらい……ああ、こいつ受け身うまくとらないんだ。昨日もそうだった。


「盾師お前なんていう存在と知り合いなんだ……」


「おれこの人の番犬だからな、知っているも何も」


「妹背でもある。可愛いだろう?」


頭の上に乗せられたお兄さんの手。それと言っている事の中身を理解したのか、アンジューがまた引きつる。


「あ、ばばばばば……」


「そろそろ泡吹いて倒れないか、心配になってきたぞ、ほら、立つ」


おれはお兄さんの手を離れて、アンジューを引っ張って立ち上がらせる。アンジューは青い顔でおれと、お兄さんを交互に見つめている。

というか今でも教えてもらえないんだが、妹背ってなんだ。

なんか意味がある呼びかけなんだろうが、おれはよくわからない。

でも、おれを呼んでいるんだって確実に分かるから、いいんだけどさ。


「今日はどこで話をするか。私の自宅は論外だが」


お兄さんが微笑んでアンジューに言い、微笑まれたのに今度は白くなったアンジューは、ぎくしゃくとした動きで視線をやり、言う。


「父に話をしたところ、ぜひ我が家に招待し、お話を伺えとの事でした……」


「ではお前の家か、早くいかなければ日が暮れるな。案内しろ」


お兄さんが当然の声で言い、アンジューが視線から逃げ出すように体の向きを変える。


「ところで何で今日も、吹っ飛ばされてきたんだよ。それも時間に遅れて」


「……か、絡まれてっ」


おれの当たり前の疑問なのに、アンジューは裏返りかけた声で答えた。


「……おい」


これじゃまともな会話にならない。おれは一度アンジューを呼び掛けた。

そして振り返りざまにばんっと相手の腹を叩く。

威力を調整したこれで、体に入っている余計な力が抜けたらしい。

自分の手を見て、目を白黒させているこいつに、言っておく。


「お兄さんはすごいお人だ。断言できるし世界中に触れ回ったっていい位にすごいお人だ。でも、おれそこら辺にいるちょっと強い冒険者だからな。おれへの態度は昨日と同じにしておけよ、話しにくくてしょうがない。で、絡まれてどうして、吹っ飛ばされるに至ったんだよ」


「あ、ああ……約束があるから無視しようとしたら、相手は誰だとこれまたしつこくて。振り払おうとしたら、生意気だと重力展開した一撃を受けて吹っ飛ばされたんだ」


「重力展開、地竜の得意技だな。対象の重さをいくらでも一時的に変えられる」


四文字の言葉がわからなかったおれに、お兄さんが脇から答えてくれた。本当にお兄さん、分かってらっしゃる。


「吹っ飛ばされたら勢い利用して、体勢立て直して逃げの一手打てないのかよ」


吹っ飛ばされた勢いを使って転がり、その間に体勢を立て直して、あえて転がり逃げる。

おれが前に師匠に習った初歩の初歩を言えば、アンジューが首を横に振った。


「重力展開で飛ばされたら、自分の意志で転がれるわけないだろう」


「甘いな、小童。冒険者の中でも鋼玉級ともなれば、それ位はお茶の子さいさいだが」


「……それって普通は出来ない、という事になりませんか、隠者殿」


「さてな、訓練次第でどうにでもなるものだ」


肩をすくめたお兄さん。きっとお兄さんだってできるから、甘いとアンジューを切り捨てられたのだろう。

おれは余裕だぜ、それ位出来ないと盾師ってものを続けられないからな。

だがこの会話の間で、余計な力や遠慮や恐れが、少し抜けたらしい。

さっきよりも足取りが落ち着いた調子で、アンジューはどんどん、東区の高級住宅地に進んでいく。

ここはお金持ちの暮らす場所だ。豪商とか職人頭とか、いろんなお金持ちや強い力を持った人たちが生活する、研究地区と大きく離れた場所である。

あっちの爆発音が遠く響く地区でもある。


「ここが俺の家です」


どういう敬語を使えばいいのか、分からない。

そんな顔をあからさまにしているアンジューが、ひときわ立派で大きくて、手入れの行き届いた屋敷を示して、お兄さんに言う。


「ああ、ここは確かに長い事、翼あるものの統括者の住居だな」


お兄さんはちらりとそこを見て断言する、建物を見てそんなところが分かるのか。

おれは城門の仕組みとかはわかるけれども、翼あるものの住居かどうかはたぶん、分からない。

でもやけに、天窓の多い屋敷ではある。

そこが翼あるものの住居の特徴なのだろうか。


「お兄さん、天窓が多いのが翼あるものの家の特徴なの」


「自由に飛べるようにな。おそらく玄関よりも天窓の方が、より出入り口として使われているだろう。何より天窓の方が使われている形跡が多い」


そこまで見て取れちゃうのか。たしかに。

よく見れば玄関の扉よりも、天窓などの使い込まれた感じの方が強い。

言われてみれば納得の理由だった。

確かに飛ぶ生き物は、足を使うよりも飛ぶ方を中心にするからな。

うんうん。

なんて思っていれば、アンジューが屋敷の外門の扉を開いて、お兄さんに示す。


「どうぞ、中へ」


「ああ」


お兄さんが先に歩こうとするから、おれは一歩大股で歩き、お兄さんの半歩前に出た。

これは何かあった時に、お兄さんの前に出て庇えるようにと言う保険だ。

いつでも保険はかけておいた方がいいのだ。

なにせいきなり家を爆発させる女がいる、この世界なのだから。



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