付加=万能なんかじゃありません。
おれの指摘に相手は、数分固まった。
そして腰のあたりを探り、何もない事実に蒼褪めた。
「これで今月八回目だ……」
「そんなに物吹っ飛ばしてんのかよ、あんた」
荷物ちゃんと、自分に固定しておけよ。吹っ飛ばされても離れないように工夫しろよ。
冷めた目になったおれに、彼は慌ててあちこちを見回した。
「申し訳ない、一度あなたが受け止めた場所まで戻らせてほしい」
「あったって誰かが拾って中身なり外見なり盗んでるだろ」
おれが知っている世界ではそうだから、言えば。
「あれは口を開けるのに認証術が必要なんだ、だから持ち主しか開けない」
実に能天気な事を言いだすから、おれは冒険者の間では常識である、一つの事実、を口にした。
「そういう術は、開口部だけ強くしているから、側面に穴を開けられたら役立たずな術なんだぜ。あんた馬鹿なのか、それとも学生って身分はそんなに、世間ってものを知らないのか」
「……え?」
目を見開かれても、こっちの反応に困るだろうが。だって事実でしかない。
「えっていうほどの物じゃないだろ、だいたいこの話八年前に、当たり前のことになった話じゃないのか」
「詳しく聞いてもいいか」
いきなり真顔になって、少し身を乗り出して言い始めるアンジュー。
その前のめり加減にちょっと驚く。そんなに重要事項みたいな事、言ったのかおれは。
いまいち自覚がわかないながらも、頷く。
「ん、おれ詳しくないぜ、でも聞きたいなら……知っている事だけでも話すさ」
「じゃあ、……認証術で出し入れ口に鍵をかけても、脇を切り裂かれたら中身は盗めるのか?」
「だからさっきからそう言ってんだろ? おれら冒険者が持つ道具袋は中が拡大されていて、入れた時の状態を維持する術がかけられている。これは知ってるな? でも道具袋は認証術が付けられないのも知ってるだろ?
おれの説明の途中での挙手。質問する時は手をあげる癖でもあるのか、こいつ。
「道具袋は認証術が付けられないものなのか?」
そこからかよ! なんで知らないんだよ、どこから説明すりゃいいんだ!?
内心で悲鳴をあげつつも、おれは何年も前に、師匠に道具袋一代目を下げ渡された時に、延々と聞かされた説明を、記憶の中から掘り起こす。
「物に掛けられる術が、最大で二つまでだからだ」
愕然とした顔と、沈黙が返ってくる。
……まて学園とやら、なんでこんな基本教えてないんだ、冒険者なら誰だって知ってる事実じゃないのか、おいまて、なんでこんな、“衝撃の事実”を聞かされたような顔されるんだ。
これはお兄さんのように、教えるのが上手な人じゃないと、変な勘違いさせる中身なのか?
「道具に付加できる術が最大で二つなんて……聞いた事が無い。だって防火防水、相手の攻撃を反射し、打撃を軽減するという防具が普通に売っているだろう?」
「あれは素材のかけ合せで成り立ってんだよ。……お前まさか、術を付加するって事と素材を掛け合わせて効力を増加させることの違いも知らないとかか」
恐る恐る聞いてみた。聞いてみて後悔した。聞かなきゃよかった。
「なんなんだそれ」
こんな事心底不思議そうに言われて、もう、どうすりゃいいんだおれは。
……お手上げだ、これもうおれの手に余る。おれ教えられる気がしない。
ぽかんとした顔のままのアンジューをしばし眺めた後、おれはここまで言ってしまったのだから最後まで責任をとろう、と思った。
それゆえにこう告げた。
「おれよりも教える事が上手な人がいる、おれよりもはるかに知恵がいっぱい詰まった頭の人がいる。一から十まで、お前にこの類の事を説明してもらえないか、今日頼むから、明日の夕方に、おれがあんたを受け止めた場所で待っていて欲しい」
丸投げではない。断じて違う。
どうしても教える手段をおれが持っていないから、より詳しい人……お兄さん……を紹介するという事なだけだ。
お兄さんはきっと、この頼みは聞いてくれるから。
……おれはそう、お兄さんがやってくれると思っている。これが信用と呼ばれる物なら、おれは信用しているのだ。
そんな内心に気付かないまま、アンジューは頷いた。
「……ありがとう。おれもわかる限り調べる、だが盾師は教えられないのか」
「おれじゃあ足りないんだ、おれが理解してても、それが言葉として人に伝わらない」
たくさんの言葉を知らないって大変だ。専門用語とかいう物なんて知らないから、あれでこれでそれという言葉になっちまう。
それゆえにお兄さんを頼るのだ。
そして空を見上げて足元の影を見れば、そろそろ鑑定が終わっていそうな時間である。
飯はくいっぱぐれた。しょうがない。
「悪い、そろそろ査定が終わるんだ、おれもう行かないといけないんだ、じゃあな」
「あ、ちょ……」
アンジューがおれに何か言いかけている。だが査定が終わったらすぐに行かないと、順番を後回しにされてしまう。
そうなったら、午後の時間の調整が難しい。
予定では、あと一つ、採取のミッションを受ける予定なのだ。
身をひるがえす。ひるがえして、近道が分からない事に気付く。アンジューの後を追いかけてきたから、それをなぞるのは出来る。でもそれじゃ遠い。
ぶっちゃけ道が邪魔だ、跳ぶか。
周りの建物の高さとかを目算する。まあそこそこ跳べるな。
足に少しだけ力をためる。道を蹴る、壁につま先を当てる、踵、足首、とはねあげる。跳躍。
翼あるものは空を飛ぶんだから、おれが多少屋根の間を走っても苦情は来ない。
さあ、査定の結果が楽しみだ。
文字通りギルドの受付まで、あちこち短縮しながら駆け戻れば、査定が終わってすぐだったらしい。
ほとほと困った顔の鑑定士たちがいて、話し合っていた。
「どうする、値段が付けられないぞこんな物」
「だが事実現物でここにあるんだぜ」
「でもだな、いくらなんでもこれはない」
話し合いの中身は、値段の付けられない物を持ち込まれたという事であるようだ。
おれが持ってきた竜金剛は、ミッションだったから、買い取られない事はない。
ただ、それが本物かどうか、どれくらいの価値の物なのか、を査定するのだ。
たまによく似た偽物だったり、間違った物を持ってきてしまう事もあったはずだ。
貴重な素材になればなるほど、査定に時間がかかるのも、そういう事の結果だとか。
「おうい、マイクおじさん、おれの奴の査定どうなった? ミッション達成だから、報酬出るだろ?」
鑑定士たちの悩みを放置する。おれには関係のない事だから。その代わり、受付で名簿をめくっていたおじさんに話しかける。
「ああ、凡骨。確かに竜金剛の最上級品質、って太鼓判が押されたからな。これがミッション達成の報酬と、それから買取側からの上乗せだ」
「へえ、上乗せなんて気前がいいじゃないか」
上乗せ。欲しいものよりもいい物を持ち込まれた場合に、買い取り手が気分によって支払う金額だ。チップという言葉で言われる事もある。
「十年以上見た事のない、とてもいい物だと喜んでいたぞ、あそこは長年竜金剛の衣類を作っている老舗だからな。いい素材を持ってくる奴には、上乗せの額もいいんだ」
「ああ、ドラク繊維だっけ、ギルドにそのミッション注文してたの」
「知ってるのか」
「アリーズたちが欲しがってて、値段が高すぎて買えなかったからな。あの時殴られたから覚えてる」
「……そうか」
なんとも言えない顔のまま、渡される重い袋の中身。
それを道具袋の中にいれる。
そこで不思議に思った。今更のように。
「おじさん、なんで道具袋って、重さ感じない袋もあるんだ?」
おれのは、重さが多少反映される安物だ。そのせいで報酬の貨幣の分、重さが増した。
でもそうじゃないのも、たくさん売っている。
違いは何なんだ。
「ああ、袋の底の部分に、いくつ軽石を入れておくかで変わるんだ」
「軽石」
「お、お前でも聞いた事ないのか、珍しい。これはええっと」
マイクおじさんが得意げな顔になって、説明を始めようとした時である。
「物の重さを無効化する鉱物の一種だ。浮遊都市や空中島などはこういった種類の鉱物を多く持っている」
おれの背後から声がして、当たり前の調子でおれにのしかかる。
「私のアラズ、そんな物は私に聞いてしまえばすぐなのに、こんなのに聞くのか」
「こんなのって言い方ないですよ隠者殿……確かに知識量で確実に負けますがね。ちょっとした世間話の流れでして」
お兄さんが芝居がかった声で嘆くものだから、マイクおじさんが呆れ顔だ。のしかかられているおれは、お兄さんから血の匂いとかそういう、危険な匂いがしない事にほっとする。
たまにお兄さん、返り討ちにした盗賊の返り血で、おっかない姿だったりするんだ。
それも高額の懸賞金がかけられた、指名手配の集団だったり、するんだな。
「そうか、仕方がないな。……よその男の匂いがする」
お兄さんが喉の奥で笑ったと思えば、おれの肩口の匂いをかいで、不穏な声で呟いた。
この人の声の不穏さは、本物の不穏さだからおっかない。
「他所の男って」
「普通に接していてこんなに気配が付くわけがない。アラズ、どこで何をしてきた。と言うかお前はまた、反撃を忘れてしまったか」
普通じゃない接触、匂い、男。気配。……あ!
ちょっと考えてすぐに、答えが出てきたのはありがたい。
「あ、今日東区で吹っ飛ばされてきた天使族の男の子を、受け止めましたよ。それで結構がっちりつかんだから、それでじゃないですか」
おれの返答は、機嫌を直すに値したらしい。
不穏な気配が一掃されて、向かい合っていたマイクおじさんが深く安堵の息をついた。
「そうだそこでですね、お兄さん、折り入って頼みが」
アンジューに術の負荷の事と、素材のかけ合わせの違いを教えて欲しいと話す。
おれの頭に顎を乗せているから、お兄さんの表情は全く分からなかったけれど。
「東区の翼あるものの縁者に、恩を売っておくのは便利そうだな」
喉の奥でまた笑って、お兄さんがそのことを了承してくれた。
「っていうか、学園でそういう話しないんですかね」
「学園は職人や冒険者とはとんと縁がない、上流階級の世界だからな」
「それでも気にならないの」
「お前は干し肉の産地を気にするか」
「いえ、品質と値段と保存状態で」
「それと一緒だ。あの階級になると、効果があるものを買い求めればいいという考え方になる。それを作るに至る過程を、知らないほうが普通の世界だ」
なんか身に覚えがあるような声でいうお兄さん。ああ、お兄さんも結構上流社会の生まれだったか。あの令嬢が言っている事が事実だったら。
まあ今は、どうだっていい話だけれども。




