表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師は、隠者と添い始めるのか
67/132

新居=気付けば自爆発言に要注意だった中身


東区生活ももう数週間になる。お兄さんは最近忙しい。

何しろ超がつくほどの貴重品であった、何かの古代書物を焼失してしまったせいだ。

それもこれも、あの公国の令嬢が悪いのだが、公国の令嬢のせいだと言っても不始末は不始末、と解読のために貸していた神殿は、考えたようであり。

お兄さんの方も、保護が甘かったというせいか、絶対にあの理不尽な令嬢が悪いのに、お兄さんのせいにされてしまっている。

その結果、お兄さんには一生かかっても支払えないほどの借金……損害賠償らしい……ができてしまった。

それを返済するために、あちこちのフィールドに回るし、薬草の調合の手伝いをするし、今までとは一変した生活をしている。

おれはおれで、お兄さんとフィールドを回る事もあれば、調合のための薬草の下準備をする毎日だ。

今までと比べて目が回りそうな忙しさだし、色々なところで追いつけない。

お兄さんはもっと大変そうだとおれは、思う。

でもお兄さんはにこにこと、笑いながら


「別に命をとられるわけでも殺されるわけでもなし、借金で命を狙われるわけでもなし。じっくり返済すればいい。まああいつはそのうち、厳重抗議をまたするだけだ」


なんてどこかずれているから、おれはその借金の額に倒れそうにもなるってわけだ。

借金は知っている桁よりもゼロが三つも多かったのだ。

これって人間が背負う借金って額じゃねえだろ、と思いながらも、お兄さんはどこ吹く風で今日も、


「あんな重要な物を結果的になくしてしまったのだから、これだけの事を言われるのはある意味仕方がないのだ、それだけあの書物に書かれていた事は貴重だった」


と本気で神殿に殴り込みに行こうとするおれを、なだめるのである。


「だってだってお兄さん! お兄さんがあの状態で悪いっていうのおかしいじゃないですか!」


「あの時結界の外にはじき出していればよかっただろう、と周囲は言うだろうな。隠者ともあろうものが、相手の悪意を見抜けずになどと、簡単に賢者と同じ振る舞いを求める」


新たな住居の、玄関先、そこで盾を片手に、いつでも飛び出せる支度をしていたおれ。

そんなおれの腰に片腕を回して、動けないようにして言うお兄さん。

この人関節の限度を知っているから、こうして動けないようにされると、骨を折る覚悟しなければ、脱せない。

まして片腕に重たすぎるものを装備した状態では、振り解くのは夢のまた夢でしかない。

そしてお兄さんは続けるのだ。


「お前がいくら、あれがおかしい事だった、私にとってこの損害賠償はおかしいのだと言っても、神殿側が聞く耳を持つわけがない。彼等は命に代えてもこの書物を守ることを念頭に置いた後で、私に貸したのだから」


「だって家をいきなり爆破されて、守れるも何もあるわけないじゃないですか!」


おれのこの言葉に対して、お兄さんは笑いを増すばかり。


「だな。確かに家をいきなり爆破されて、守れるも何もあるものではない。だが神殿にはそんな物は関係ない、結果しかないのだ」


「結果しかって、それじゃああの令嬢には何の御咎めもないの、お兄さんの家を壊してお兄さんの生活を壊して、お兄さんの“今”をめちゃくちゃにしたっていうのに!」


喚いたおれのおでこに、自分のおでこを合わせて、お兄さんが頷く。


「無論私がそれに対して、何の思いも抱いていないわけがない。だがな」


お兄さんの表情が、至近距離でわかる瞳の中の何かが、面白そうに揺蕩った。


「あんなものそのうちに、どうでもよくなる事態に陥るな、あちこち」


その時のお兄さんの、なんとも言えない獣のような、大型の魔物以上の何かのような、そんな雰囲気に、おれは沈黙し。


「やっべ惚れなおしましたお兄さん」


そのなんとも言えない先読みの仕方と、懐の深さのような物に、ほれぼれとした。

それしか言いようがない気持ちだったのだ。

おれなんて思いもしない所でお兄さんは、色々な事をみているのが、すごい。

すごいったらありゃしない。

おれは目先ばっかりにとらわれる、この治らない癖があるけれども。

お兄さんは“トンデモナイ額の賠償金”という現在以上の先が、見えているんだ。

しかも、破滅じゃない先が。

その見通すような強さは、おれの持ちえない物で。

これがお兄さんとおれの、格の違いってやつなんだなと真剣に思った。

きらきらとお兄さんを見ていたら、お兄さんはすごくうれしそうな顔でおれの額に、唇をあてがった。

柔らかい接触音だ。これは父さんも母さんもやっていた事で、いまだに意味は分からない。

でも、悪い意味の接触じゃないのは確かなのである。

何かしらのおまじないの一種、とおれはとらえている。

出かける時に、母さんは父さんにこれをしていたから。

きっと何かの守りなのだ。


「惚れなおすも何も、お前な。アラズ。そんな期待に満ちた光の瞳で見るな、どうにもこらえが効かなくなってしまう」


唇を放したお兄さんが、やっぱり至近距離で囁くように言う。

こらえが効かなくなるのが、問題だという声である。

でもしかし、だ。


「え。こらえが効かなくったって、問題ないんじゃないんすか」


首を傾けるおれ。


「いやだったら、おれ、お兄さんでも跳ね返してしまうと思いますし」


この前は雰囲気に流されて、色々あっという間だったけれども。

その後も何回か、同じような事になったんだが。

お兄さん優しいし、限界を察してくれるのもうまいわけだし。

別段、お兄さんのこらえが効かなくなっても、問題はないのだ。

おれは自分の実力を知っているし、腕力だけならお兄さんなんて三人束でもどうにでもなる。

さらに知らない事でいろいろ強化されているし、そういう行為になだれ込んだ時、跳ね返せるだけの物は持ち合わせているのだ。

アリーズたちはあれ、頻繁にやっていたしうるさかったから、声だけは意地でも出さないけどなあ。

まさかこの歳で、それも実地で、アリーズたちのしていただろう事を知るとは、色々人生って言うのは謎だ。


「妹背、……お前は嫌なのだとばかり」


目を軽く開き、意外だという顔で言う隠者様に、おれは続けた。


「周りがうるさいと嫌じゃないですか、だから声は出しませんし、お兄さんそう言うのするとなんだか、体ぜんぶ蕩けちゃって嫌って気持ちにはなりませんけど」


「……」


おれをしばし見たお兄さん、頭を抱えた。


「本人にこう言われてしまうともうどうしようもない……私とあろうものが……」


「なんか不名誉な事言いました、おれ?」


実際にお兄さんがそう言う意識で触る時、なんかふわふわして体が融けていって、なるほど誰でもこれにはまるのは道理、と思ったのはおかしいのか。

それともこれが常識と知識の違いなのか。

いまいちわからない。

あ、でも言いながら分かった事があるんだ。


「でもたぶん、お兄さん以外が同じことをするつもりだったら、四分の三殺しまでいっちゃうだろうなあとは、思いますよ。盾師が心臓許すの、なんてそんないないんですからね」


おれの続いた言葉に、お兄さんは顔を覆って動けなくなってしまった。

何だこの空気、おれが飛び出す飛び出さないをしていたはずなのに、止めていたはずのお兄さんが動けなくなっている。

混沌とでもいうべきなのか。

おれはしゃがみ込んで動けないお兄さんの前にしゃがんで、そのままぼけーっとそのつむじを眺めていた。

頭の形がいいなあ。


「いつか聞いた事がある事を、当の本人に言われるとは」


しばし動かないお兄さんが、ぼやくように言う。いつか聞いたって何を。


「何を聞いたんで?」


「盾師は守ると決めた者を守る性分だが、心臓の位置だけはよほどの相手でなければ許さないと。心臓を許すという言葉を使うこと自体が、あー……」


お兄さんが非常に言いにくそうに続けた。


「最上級の愛の告白だと」


「まあそうかもしれませんね、盾師はいつでも心臓の音を一定にしていなければ、務まらないって師匠が何度も言いましたし」


危機一髪という局面でこそ、発揮される盾師としての実力と覚悟なのだ。

そこで心拍数が跳ね上がったりして、動きに支障があってはならないのだと言われて、どんな時でも心臓の音を一定にする訓練ってやつを。

させられたっけな。あれは非常にしんどかった。

……ってあれ?

おれは自分で言いつつお兄さんの言葉も、思い返して。

自分の言った言葉が思いっきり跳ね返って、顔が真っ赤になった。

心臓の速さも音も一定なのに、血が回るってなんだこれ。

……つうか、自分がするりとお兄さんに、心臓許すって言った事自体びっくりだ。

そっかそっかおれ、実はもうかなり……

いやもう、かなりっていう所飛び越えて、おれは。

お兄さんが心臓の隣にあるっていう、特別扱いだったのか。

気付いた事がかなり爆弾で、おれも膝をついて顔を覆って、あまりのこっぱずかしさに動けなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ