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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は日常をつづっているのか
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任務(8)=黒蛞蝓の別名はアメフラシ


「さてと。アラズ、そのアメフラシはいかような物だ。さっきから親しげに話しているが、私には何かの魔物には見えない」


お兄さんが笑い止んでから、目に浮かぶ涙をぬぐいつつ問いかけてくる。

そこでおれは今もなお、しっかり片腕に抱えている呪いの本だったものを見せた。


「腰にぶら下がってたあいつなんですけど、何故か何故だか……追いかけてきたあれを吸い込んでこうなりました」


「どれどれ、貸せ」


お兄さんが当たり前の顔でそれを受け取った途端だ。

のたのたしていた呪いの本が、ぐぎゅうとうめいた。


『おい旦那! 握りつぶすな!』


「なに、掴みにくすぎる体を呪え」


『相棒はもっと大事に抱えてくれたってのに! いてえいてえ!』


おれはさすがに聞きとがめ、お兄さんに慌てて告げた。


「そいつが飲み込まれたおれを、助けてくれたんですよ、優しくしてやってください」


これはお兄さんにも効いたらしい。掴んでいた手が、優しくなったのが分かった。


「それはそれは。私はこのアメフラシに礼を言わねばならないのか」


『握りながら、徐々に凍らせつつ言う台詞じゃねえな! ああ助かった助かった』


黒蛞蝓は、のたのたと居心地悪そうに位置を変えつつ、目玉があるらしい箇所をお兄さんに向けた。


『見ての通りの生き物さ、旦那。旦那はアメフラシと言ったな、ならおれさまはアメフラシなるものの、形か?』


「海で見た、黒い雲を呼ぶ生き物とよく似ているぞ、お前」


優しくつかむのは大変らしい。何度も手の位置を変えているお兄さん。

そして居心地が悪くて、のたのたと蠢く黒蛞蝓。

見ていられなくて、おれは手を差し伸べた。


「おれの方が上手に持てますよ、おれが持ちます」


「駄目だ」


「なんで」


「アラズの胸に抱かれているのを見るのが不愉快だから、だ」


「……はあ」


お兄さんはおれにはわからない事が不愉快らしい。

おれとしても、あえてお兄さんを不愉快にするのは乗り気になれないので、しょうがないから道具袋をあさった。

そして見つけた。


「これを使ってくださいよ」


「これはいい道具だ」


お兄さんはおれの見つけたそれを受け取り、ひょいとそれの中に黒蛞蝓を放り入れた。


『なあ、おいらどうして、調理用のボウルに入れられてんだよ。っていうか相棒こんな物日常的に持ってんのかよ!』


それは何の変哲もない、木製のボウルだ。よく大量のサラダを入れておく使い方がされている奴。

おれはこれでよく、捌いた内臓の血抜きをする。

フィールドであると便利な物だ。大きさと言い軽さと言い。

しかしそれは今、黒蛞蝓が入るのにちょうどいい。


「やれアメフラシ、あとでお前の飲み込んだ変な力を分解する、それまでこの中で不自由してくれ」


『外が視えりゃそれでいいんだけどよ。さっきの掴まれ方と比べりゃいいもんだけどよ』


「ほかに何も問題ないだろ」


おれの言葉に、黒蛞蝓は黙った。

しかしここで、黙っていられなかったのが周囲だった。

お兄さんが爆笑した辺りで戦いていた、そんな集団の一人が悲鳴を上げたのだ。


「隠者殿、それが呪いの何かなのは、もう十分に分かりました! わかりましたから、それに外への影響を与えない覆いを被せてくださいませ! 皆倒れておりまする!」


おれはそこで、戦いて静かなのだと思っていた周囲が、黒蛞蝓を直視したために失神して、静かなのだと知った。


「おまえ……さすがに……」


『俺のせいじゃねえよう。おいらをまともに見るなんていう、命知らずをやるからだよう』


言い訳めいた事を言う黒蛞蝓だが。

お兄さんは辺りを見回し、頷いた。


「私が持っている時点で、多少影響を減らしたというのに、この程度で倒れるとは根性のない」


「お兄さん、おれが持っているの不愉快って言ったけど、それだけじゃなかったんですね」


「アラズは影響が何もないが、他には影響がどうしても出てしまうからな。無駄に恨みを買ったりするのはよくない。私のような、呪詛も凍らせるような男が持っていた方が安全というだけだ」


「お兄さんすごい」


言ってからはっとした。おれをすぐさま抱きしめたのは、もしかして。


「こいつがほかの奴らの視界に入らないように、っていう、配慮」


そうだとしたらお兄さん、色々行動が早くて本当に素晴らしい。


「何か言ったか」


ただおれの独り言のような物は、聞いていなかったらしい。

頭覆いを黒蛞蝓の上にかぶせて、しかし目が見えるように調整しているお兄さんの問い返しに、何でもないと首を振った。

倒れいる連中を放っておくわけにも、いかないが、お兄さんは早々に近くの人に連絡し、倒れている冒険者たちを、ギルドに回収するように手配した。

手際のよさが見事な物で、ますます感心する。

どうやら迷宮の入り口に集まっていたのは、物見高い腕利きたちだったようで、連絡を聞いてやってきた仲間たちが、担いだり背負ったりして、てんでばらばらに散らばって行った。


「さて、戻ろう。羅針盤をどうする」


「羅針盤、たぶん一回はギルド預かりになるでしょう」


「よく知っているな」


「前にアリーズたちが言っていたから。勇者に経路を教える前に、発見者の羅針盤の記録を確認して、話に間違いがない事を確認するんだって。そうしたらその経路だけを転写して、勇者の羅針盤に入れるんだとか」


移動経路が記録される、携帯羅針盤は術で、特定の経路を転写できるのだ。

そして、魔王の痕跡や魔王の遺物を発見した場合、確実と判断するために、発見者のそれをギルドが預かるとも聞いていた。


「別に迷宮で、問題のある行動をとった覚えがないから、見られて怖いものはありませんがね」


大きく伸びをして、迷宮の入り口を後にする。そこで気になったのは、グレッグとケルベスの居所だ。


「あいつらは」


「ギルドに助けを求めに行かせて、今ごろお前の羅針盤と己らの羅針盤が同じ経路をとっているか確認しているだろう。彼等の羅針盤にも、魔王の痕跡への経路が記録されているからな」


「数増やして、道が正しいか確認ってやつですね」


そんな事を言いあう道中、もう直夜明けだった。

夜中中ずっと走っていた、と思うと途端に疲れた気がして、何て軟弱と自分を叱りたくなった。

お兄さんが平然としている分、余計に軟弱な気分だ。誰よりも体力がなければならない盾師たるものが。

なんて思っても、一度疲れたと認識した足はのろくなり、お兄さんに置いて行かれそうになる。

その重くなった足に、お兄さんがすぐさま気付いたのだ。


「疲れたか、アラズ。あれだけ走ったのだし、お前は途中戦っていたのだろう。あんなけったいな物の相手だ、疲れて当たり前かもしれない。おいで」


道で立ち止まって手招きするお兄さん。

その背中が下がり、おれに言う。


「私の背に乗りなさい。お前くらいなら、負ぶっても大した重さにはならない」


「おれがお兄さんを負ぶるんじゃなくて、おれが負ぶさるの」


なんかとても負けた気分になるのだが、お兄さんは飄々と言った。


「このボウルを持っていなければならないから、お前を抱きかかえられないのだ。ほら。眠さで瞼が閉じそうだ」


指摘されるほど眠たげな顔らしい。

ここは素直に、甘えておこう。おれはお兄さんの背中に乗った。

しかし。


「ずいぶん……おれにゆるすんですね」


背中なんて急所だ。頚椎に近い。首にも、心臓にも。頭にだって。

そんな場所に乗せる事を許すなんて、すごい事だ。

ついこぼした言葉に、お兄さんが柔らかい声で答えた。


「お前は私の妹背だからな」


また分からない言葉だ。誰かに聞いておこう。

でも、妹背ってどっかで……だれかがいっていたことばだ。

おれは当時その言葉がとても、とてもうらやましかったきが。

そこでお兄さんの背中という、温かくて安心する匂いの場所に体を預けたため、意識が解けた。

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