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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は日常をつづっているのか
64/132

任務(7)=強さと信頼は比例しない


「こんなもの初めて見るんだけど、どんな魔物だよ」


魔物以前の問題かもしれないんだが。

そいつはおれの命の恩人であり、頼もしい呪いの本なわけだ。

見た目の変化なんぞささやかだ。

だがこれを、他の奴らはどう見るか。

持って帰った後の不安が少しあるものの。


『しらねえな、きっと魔物じゃねえよ』


なんて、主張する呪いの本。

持って行ったら大騒動だな、と感じてしまう見た目だ。

それくらい、魔物っぽい見た目なのだ。黒くて光っててぬめっで、のたっ。

しかしそいつを置いていくのはできないので、おれはそっと両手でそんなぬめぬめを持ち上げた。大きさは小型の猫位である。

そして星図がきらきらピカピカ瞬いている。

蛞蝓みたいな形状でなければ、きれいだと思う人間も多いだろう見た目だ。

しかしその蛞蝓っぽさがすべてを裏切っている。


「何でこんな形になった」


ぐんにゃりしていて、手からこぼしそうだ。指の間からすり抜けていきそうなくせに、重量感はたっぷりときた。

持ちにくいったらありゃしない、とぼやくと、元呪いの本は言う。


『あれの周囲にいた形ある生き物、が蛞蝓ばっかりで、あれが飲み込んだ蛞蝓が多かったからだろうな』


つまりあれを中途半端に飲み込んだ結果、あれが飲み込んだ物の形に影響されたって言いたいのかお前は。


「まあ、ありがとうな、おかげで助かったわけだし」


文句は飲み込みお礼を言う。事実だからだ。

だが呪いの本だった黒蛞蝓は、けらへらりら、と笑い声を立てる。

お礼を言われるゆえんがない、とでもいうのか、この野郎。

と内心で憤慨していたら。


『持ち主が飲み込まれちまったら、おいらたちも外の世界なんて見られないからな。だけどな、運は確実に良かったぜ』


なんて事を言いだした。どういう意味で運がよかったのだろう。


「どういう意味で」


『俺様の封印があったままだったら、あんたあれに消化される運命しかなかったぜ。あれは時間をかけても、確実に飲み込んでいく系統だ』


どうやら封印がちぎれたままだったから、おれの命は助かったらしい。

物事、どんな方向に転がるか、分かったもんじゃねえな。

ほっとして息を吐きだし、デュエルシールドを担ぎ直す。

そのまま歩いて迷宮の出口まで行けば、お兄さんが入り口の前で立ちはだかるように立っていた。

そしてすさまじい眼光で迷宮内を睨んでいたと思ったら、おれを確認する。

あ、目の色が変わった。

底の底のなにかが、ふらりと揺れて、ぱりぱりと凍っていた空気の水っけが、はらはらと落ちていたのだ。

氷の精霊とやらが踊っていそうだな、とどっかで思ってしまった。

綺麗だな、お兄さんのあれ。

なんて他人事のように思ってしまいながら、お兄さんとじっと目を合わせていたら。

温度が変わった、え、お兄さん走って来る!? 腕が伸びた、おれが避ける間もなく。

お兄さんに包まれていた。みしり、なんて音が体の中から響く気がする。

骨が折れるな、と思う位の、痛みのある、抱擁だった。


「ああ、子犬、無事だった、無事だった。お前は信じろと言うが、いくら分かっていても信じ切れないほど心配な、この隠者の気持ちはわかるまい」


ぎゅうっと腕を絡まれて、密着するほど抱きしめられて、心臓の音を感じて気付いた。

お兄さんの体が震えている事に。

本当に、おれがいなくなることが怖かったのか。

そう思うと、申し訳ない事をしてしまったな、と思う。

お兄さんほどの強いお人でも、信じる事が出来ない事って、あるんだな。おれが強いとわかっていても、戻ってこないと恐れたのか。

しかし、だからと言っておれが、しんがりを務め、あれを足止めしないという選択肢はどこを見てもないのだけど。


「お兄さん、お兄さんの狗は、盾師だから、な」


他になんて言えばいいのかわからない。

でもそう言えば、お兄さんが余計に腕を強くする。


「お前の盾師としての在り方は、知っていても。知っていても受け止めきれない物がある、もしもを考えて、気が狂いそうになる心がある。分かってほしい、私の子犬」


子犬、と呼んだあと。お兄さんがおれをじっと見た。

そしておれから腕を離し、ふわりと膝をついた。

その仕草に背後が仰天する声をあげている。

なんでだ。

分からないまま、お兄さんを見ていたら、おれの傷痕しかない手を取られた。


「お前に名前を、お前に求愛を。お前にアラズの守りの名を」


と、どこまでも真摯な声で言われた。聞いている方が黄色い声だの悲鳴だのを上げている、訳が分からないのは、おれだけ?


「さあ、諾の言葉か否の言葉かを。アラズの名前を受けてくれるか。受けないか」


おれは目を瞬かせた。お兄さんはどうやら、おれを形どる名前を決めてくれたらしい。

それがアラズというらしい。

アリーズに似ている名前だが、お兄さんが考えたおれに最もふさわしいだろう、お兄さんのなかでも飛び切りに、素晴らしい名前なんだろう。

欲しいと言ったのはおれだ、そのおれが欲しくない、要らないというわけがない。


「諾を、お兄さん。おれの名前はこれからアラズ」


『ま、ばっ、おまっ! 意味分かってねえだろ!?』


笑顔でお兄さんの手をしっかりと握って、膝をついて視線を合わせようとした時、腕のなかでのたのたしていたやつが、裏返った声で悲鳴のように叫んだ。


「え、お兄さんが名前くれたんだろ」


『おい相棒! その前の台詞を思い出せ、求愛だって言ってんだろうがよぅ!』


「あ、そうだ。え、求愛?」


名前をくれるというあたりですっ飛ばしていた言葉に、え、と声が漏れた。

周りは天地も割れそうな大騒ぎだが、おれとお兄さんとそいつの間だけ割と静かだ。


「お兄さん求愛してんの」


「していると言ったのに、聞いていなかったのか、アラズ」


「名前くれるって事だけしか、聞いてなかった」


「だがアラズ、お前は言葉に諾と返した。言い逃れもやっぱりやめたもできないぞ」


でしょうね。誰でもなくお兄さんとの言葉の交わしあいだもの。

おれはお兄さんの求愛を受けた事に、なってしまったわけだ。

だが。

おれはにやりとお兄さんに笑い、言い返した。


「諾と返して、おれのありようが変化するわけでもなし。どうせ肩書の何かが増えるだけだろ。無理やりおれを変えたくて、お兄さんともあろうものが、名前をくれるわけがない!」


それを聞いたお兄さんが、数拍おくれて大爆笑した。解せぬ。

そして隠者のあるまじき大爆笑に、周囲が静まり返っても、お兄さんはツボに入ったのか、笑い続けていた。

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