任務(6)=盾師の矜持
ストックが切れたので、これからは週一くらいで更新します。
走る、走る、走る。
皆全速力で、おれの羅針盤をつかって出口まで走っていく。
途中何度も魔物に出くわしたんだが、そのたびにお兄さんが、
「凍てろ!」
と一言で氷漬けにしてしまい、今の所進路を邪魔されてはいない。
そして問題の訳の分からない物も、おれにさえ追いついていない。
だからおれは、前の三人にそれを伝える。
「まだ大丈夫だ、おれにすら追いついていない!」
この世界で、そう思ってしまったら術はそんな効果を発揮する。
つまり、前の三人が、絡みつかれて捕まってしまった、と思ってしまったらそのとたんに、扉の向こうからのびてきた何か、はすぐさま三人に絡みつくだろう。
おれは例外だ、おれは絡みつかれるなんて思わない。
それもあって、おれはこの場合しんがりが最も適役というわけだ。
おれに届かないなら、まだ大丈夫と前の人間が思うからである。
グレッグもケルベスも、そろそろ体力が限界だろう。
普通は三日か四日ほどかけて到着する、迷宮中層第五階から、一気に迷宮の出口までは知らなければならないのだから。
あれが、どこまでおれたちを追跡するかわからない以上、迷宮という他の場所と違う理のフィールドから脱出するのが、一番安全なのだ。
術によっては、迷宮を出た途端に霧散するものもあるくらいだし。
「も、もう走れない……」
最初に音を上げたのは、先頭を走っていたグレッグだった。確かにかなりの長距離を全力疾走しているから、そうかもしれない。
どうする、おれが担ぐか!?
この中で一番剛力で、体力があるおれがその選択するべきか。
瞬間的に考えたものの、お兄さんの速度が上がり、グレッグを軽々担ぎ上げるや否や、言った。
「私に羅針盤を! 私が先導する!」
「助かった!」
相棒を担いで逃げる事は、さすがにできなかったらしいケルベスがほっとし声で言う。
そしておれたちはそのまま、迷宮上層第三階まで駆け抜けた。
不思議とほかの迷宮探索者と、遭遇しなかったんだが。
何かの力か、それとも運がよかったのか。
あれがおれたち以外に、目を付けた場合を考えるに、運がよかったのだ。
と思いながら走る。
そんな時だったのだ。
「何だあんたたち、そんなにせき切って!?」
前方からなんと、運の悪い冒険者のパーティが現れたのだ。
お兄さんがらしくない舌打ちをした。
「変な物に目をつけられた! お前たちも急いで戻れ!」
お兄さんがやばいと判断しているものだ、他の面々にとっても危険極まりない物。
冒険者たちは怪訝そうな顔をした後、おれの背後を見てから凍った。
「な、なんだあんなにたくさんの目玉は!」
「口もあるぞ!?」
「真っ黒い影に目玉と口がある! 聞いた事のない魔物だ!」
「言う暇があるなら走れ!」
戦闘態勢に移行し、道をふさぐ結果となった彼等に、お兄さんとケルベスが怒鳴る。グレッグは担がれて揺さぶられて、喋れない状態だが、同じことを思ったらしい。
そしてケルベスが、背後を見てしまったのだ。
「追いつかれた!」
そう、認識してしまったとたん。
俺の背後の物は急速に速度を増し、一気におれたちに群がってきたのだ。
やるしかない。
覚悟を一つ決めて、おれは後ろを向いた。
「おれが食い止める、おれを信じて先に逃げろ、全員だ!」
「子犬、魔王の痕跡に由縁するものだ、さすがに無茶だ!」
「名前も持たない、これの正体も想像がつかないおれが、一番被害を少ない状態で足止めができる! お兄さん、おれを信じて行ってください! それで急いで、迷宮の出入りを停止させてください!」
「……こいぬ」
「おれは盾師だ! 行って、お兄さん!」
おれの言葉に止めようとするお兄さんだが、おれはここの適役が自分だと、一番知っていた。
だから怒鳴り、その大小無数の目玉と口のそれを睨む。
グレッグを担いでいる以上、お兄さんは逃げるしかない。
遭遇したやつらも引き連れて、お兄さんたちが出口まで逃げていく。
それを音で確認して、少しほっとする。
「おれが遊び相手だ! 盾師の本気を見せつけてやる!」
逃げた方がいいんだろう、でもおれは盾師だ。しんがりを務めて、皆を守るのが盾師の誇りだ。
その誇りを無視して、皆を守れずに逃げ出すなど笑止千万!
高らかにそれを相手に語ったおれを、ついにそれは認識した。
のたのた、と黒い闇の塊がおれの前で止まる。
なんだかわからないものだ、わからないから術の効果はない。
ただ声が、いくつか聞えて来るだけだ。
“おそれがない”
“わたしが通用しない”
“この先に行けない”
そんな声を聞きつつ、おれはデュエルシールドを戦闘形態に展開し、一気に躍りかかった。
物理攻撃は効くだろう、と殴り掛かる。
物体に見えている目玉や口は、次々とひしゃげて潰れて、液体をこぼしていくけれども。
それらをまとめている、闇は叩けない。
叩けるはずだ、叩けるはず!
おれはそう信じて、ふるい続ける。
眼玉も口もあらかた潰したあたりで、それの声は呟いた。
“これはすごくつよい”
“じゃあ”
何か来るな、と身構えた時。
“飲み込んでしまえばいい!”
それが頭にそういう意識を流し込み、回避する余裕もない速度で、おれを飲み込んだ。
世界が光を何も認識しない、そんな暗闇になったから、飲み込まれたとわかるだけだった。
こいつ人喰いか?
にしては人の血の匂いや、人喰い特有の気配がない。
なんだ。暗闇で、自分さえ認識できないから、おれは自分の体に意識を集中させる。
そして、狂気に浸らないようにする。
何度も中でデュエルシールドをふるっている物の、効果はいま一つの様で、そして中にいるからか相手の声もわからない。
らちが明かない、と舌打ちした時だった。
『おいおいおいおい! 面白い事になってんじゃねえのかぁ!』
おれの尻ポケットに入る大きさになっていたらしい、あの呪いの本がそこから飛び出した。
この前封印を千切った後、再封印していなかった事も、ここで思い出した。
呪いの本はおれの視界に映る。
そしてばらばらと己の体をめくって、高らかな声で笑いだす。
『笑止千万、傑作だ! たかだか一つ分の呪いが、おいらたち集合体を飲み込もう何ざな! どっちが食らわれる側か、理解するといい!』
え、お前魔王の痕跡に付随する術を、食らえるの。
流石に突っ込みそうになったが、そして始まった光景に絶句するしかなかった。
本の真っ白なページが出たと思えば、そこにどんどん闇が吸引され始めたのだ。
それも、つぎつぎと文字らしき形に分解されて、引っ張り込まれていく。
この事実は、おれと本を飲み込むやつにとって、想定外すぎたらしい。
ぐわんぐわんと闇が揺れて、べちゃっと、おれと呪いの本は吐き出されたのだ。
それでも接続を切らなかったのか、呪いの本は吸い続けたんだが。
ばつっ、とあれは自分の体を断ち切ったらしい。
その事で強制的に、呪い本とのつながりを切って、どんどん奥へ逃げ出していった。
「……たすかった」
『あんなちゃちな子供だまし、おれさまからすりゃ赤子の手をひねるようなもんだったんだがな。自分の尻尾を切るとは、なかなかかもしれない』
呪い本がいい、お、と呟く。
『おでれぇた! 中途半端に飲み込んじまったから、形態が変わっちまうぜ!』
「は」
不意に呪い本が明滅したと思えば。
形が変わってそして。
「星図のある黒い蛞蝓……?」
としか言いようのない物が、呪い本のあった所でぬめぬめしていた。




