任務(4)=いざ迷宮入り、そしてずるする方法
「子犬、顔色が悪いが」
「ははっ、そりゃそうだ、あいつが寄ると聞いて弟子が、蒼褪めないわけがない」
じいちゃん笑い事じゃねえからな!
「何故だ、そこまで厳しいのだろうか」
お兄さんはよくわからないらしい。だがおれは真面目に頷いた。
「命の危機を感じるくらいにすごい師匠です」
「命の危機……師匠だろう?」
「あの方弟子だろうが何だろうが、鍛え直すと言いながら半殺しにしましからね」
大きく身震いをしながらも、干し肉を買い求める。
それから豆だの乾燥野菜だの、迷宮入りするから必要な食材、などを買い求めていく。
元々寝具とかはそんないらないし、迷宮だろうが何だろうが、生えている草とかを有効活用すればいい。
「子犬、買い物が少ないようだが」
「迷宮入りっていったって、中で使える草はじゃんじゃん使いますし、千切りますし。迷宮だって結構ほかのフィールドと変わらない部分がありますからね」
ただ光が差さないから、灯りの燃料だけはしっかり買わなければならない。
魔術師の光明、通称ランプの術は、魔術師がスタミナ切れたら使えなくなるしな。
そして今回の面々は、ランプを使えるかわからない人選だ。
お兄さんは使えるんだろうが……以前迷宮入りした時は、普通にカンテラ片手に歩いていたし。
「はい、このあたりで買い物終わりです」
「何日迷宮に入ると思っている?」
「宵闇蛍草が見つかるまで、まあ大体三日か四日前後ですね」
「子犬は中層第八階まで、四日で到着するのか?」
お兄さんが不思議だという顔をするが、そうさ。
おれだけなら、四日で中層までいける。
それにいくつか、おれもずるする方法を知っているんだ。
あいつらとチーム組んでた時に見つけたもので、へえ、こんなのでずるができるのかと感心したものでもある。
「滅多に人に教えないずるがあるんですよ」
にやっと笑ったんだが、お兄さんは頷く。
「ずる、大いに結構だな。それで宵闇蛍草を見つけやすくなるなら」
その後の市場巡りは、大したものじゃない。
ただお兄さんが、古書の場所で動かないから、おれとしてはこれ以上本を抱えてどうするんだ、と聞きたくなった。
そして聞いてみた。
「これ以上道具袋に蔵書増やしてどうするんです」
「いかんせんこう言う物に目がないんだ」
でしょうね。暇さえあれば本を読んだり解読したり、っていうのがこれまでの日常でしたもの。
「隠者殿は見る目がありすぎて怖い怖い」
商人が身を震わせる。お兄さんはゆるりと笑って答える。
「なに、古いものの目利きができるだけさ。新しい物はどれが面白いものか見当が、つかない」
「おっと、最新の本には詳しくないか。じゃあこれとこれとそれなんて。結構面白いという事になっているし、実践的な事も書かれているんだが」
お兄さんがそれを聞いて、おすすめの本をいくつか開いていく。
いつ見ても虫がのたくったような形だな、文字ってやつは。
ぱらぱらといくつかを開いて眺めて、お兄さんは嬉しそうに頷いた。
「これはなかなか面白そうだ、暇な夜長に読むにちょうどいい」
お兄さんはあっさりと購入を決めて、早々に買い求めてしまった。
値引きの隙なんてどこにもなかったんだけれど。
「値引きしなくてよかったんですか」
「この金はあの商人が新しい本を仕入れる際に使われる。支払っておけば何かまた、面白いものを仕入れてくるだろう。つまり自分の楽しみのための前払いだ」
へえ。よくわからないけれど、そういう物なのか。
何て言いながら、待ち合わせ時刻になって、おれたちは北区のはずれにある、幾重もの柵に覆われた扉の前に到着した。
そこではすでにグレッグたちが立っていた。
何か調整しているらしい。顔を突き合わせてああだこうだと言っている。
「二人とも、待たせたな」
「ああ、札なし。そんなに待っていないから安心しろ」
「いよいよだな」
やる気十分な彼等に、おれは言う。
「道はおれが知っているから、おれが先導する。それ以外の戦闘展開はその場その場に合わせようぜ」
「承知」
それが一番効率がいいと、二人も頷き、迷宮から戻ってきた冒険者たちとすれ違いながら、扉を開けて中に入った。
ばちんと暗闇、しかしカンテラで周囲は何となく見えている。
迷宮上層部は、光源が本当にない洞窟の見た目だ。
そして魔物が周囲で息をひそめている。
おれは道案内だし、道もちゃんと覚えているから、どんどん進んでいく。
「おい札なし、こっちの道でいいのか? 普通は左側の道で降りていくだろう」
「だからずるがあるんだよ」
「ずる」
「そうそう。すごく簡単に中層まで下りられちゃう。これ知ってるのはかなり迷宮に潜っている奴らじゃないかな」
「俺たちも結構潜ってるんだが」
「おれは上層部全域を歩き回ったぜ、あんたらは」
「……」
上層部全域を歩き回ったと聞いて、他の皆黙った。
やっぱり皆、寄り道しないで下に潜るのだろう。
おれはしばらく歩きそして、一つの青紫の光で覆われた穴を示した。
ここまでの間に、何回か魔物に遭遇したものの、おれの先手必勝で終わってしまって、後ろの誰も戦っていない。
おれ盾師なんだけど、まあ一番前歩いているから、戦闘に移行するのが早いんだ。しょうがない結果だ。
「俺なんで札なしがこんなに強いのに、あいつらに使いつぶされかけてたのかわからん」
「あれだろあれ、初心者をいいように丸め込んだんだろ」
「子犬もそう言う事を前に言っていたしな」
背後の声がそんな事を言いあっている。おれは盾を壁にぶつけ、三人を注目させた。
「はい、これがずるの中身」
「これって条件を満たさないと入れない結界だろう」
「無名は条件を知っているのか?」
「……というか、おれそんなのなしに入れるぜ」
「子犬、自分の無知の防御を当たり前にするな」
お兄さんの突っ込みに、おれはぐっと手を握った。
「大丈夫っすよお兄さん。これは実は」
俺は軽いステップを踏み、調子を整える。
「ここは何故か、“息を止めて十秒そこに立ち続けていれば一時的に無効化される”という条件の結界なんです」
「なるほど、普通は急いで通りたがるものゆえの、逆説の結界か」
「……お前本当だろうな」
「本当だぜ」
「では私が試してみよう」
お兄さんが疑わし気な二人を押しのけて前に出る。
「子犬が嘘を言った事は今まで知らないからな」
「隠者殿の絶対の信頼が痛い」
「札なしと隠者殿の絆が眩しい」
二人が色々言いだすものの、お兄さんは息を止めて結界の壁に立つ。
十秒が経過すると、はらりと結界は消えた。
お兄さんが先に進むと、結界はまた発動してしまった。
それをみて二人も、進むことを決めたらしい。
「俺たちも行くぞ」
グレッグがいい、ケルベスも頷いて、お兄さんの後を追った。
おれも無論行くに決まってるだろう。
結界の先には、淡く輝く宝玉が置かれていた。
本物の完璧な球体という物だ。その中で粉雪のような光が舞っている。
それを取り囲む壁には、物々しい立像が置かれている。武器まで迫力満点だ。
「なんだあれ」
「儲かりそうな見た目だな、なんの魔道具だ?」
盗賊という名前だから、きらきらしたものに弱い二人が目を輝かせた。
でもおれは首をふる。
「あそこから外そうとすると、一気にそこら辺の立像が襲い掛かってきて、死にかけるからおすすめしない」
「したのかよ」
「すぐに戻したから生きてんだよ」
おれはいい、これを示して言った。
「これ、中層第五階に飛ぶ魔道具なんだ」
見つけた時にはすごい便利だから、踊って喜んだっけな。




