任務(3)=恐ろしい情報が入る場合もある市場
「それは高い。値段に合わない」
「そんな事言って」
「だってこれもそれもあれも買うのに、なんで? 割引してくれないの? さっき一緒に買うなら割引するって言ったじゃないか」
おれとお店の人のやり取りである。
おれはいつも通り、会話をしまくって値引きをしまくって買い物をする。
お兄さんは隣で品物をよく見て、感心している。
「子犬、あまりそれ以上いじめるな、これは品質がいい」
「お兄さんは見る目のある人だね! 名のある人と見た」
お兄さんの言葉に喜ぶお店の人。品質がいいというのはすごく褒め言葉なのだから。
「ただ品質がいいものと悪い物が混ざりすぎていて、儲けにならないだろう。少しより分けて、階級が低い物は値段を少し下げて売った方が儲かるぞ」
「見る目のあるやつが、いい物をより分けていけばいいのさ。見る目のない奴がちょっと下の物を買うんだ。こうしてみる目を鍛えてやっているのさ! ……でもお前は見る目がありすぎる。さっきからそこの値段の中の最上級の物ばっかり掴んでいって」
後半はおれに対する文句である。しかし。
「値段のなかでいい物を選ぶのは基本だろ、おばさん」
「知ってた、お前そう言う奴って知ってた! ……もう。ずいぶん久しぶりに市場に来るから、ちょっとからかおうと思ったのに。見る目は余計にさえてるし」
なんてことをぶつぶつ言いつつも、おばさんはちょびっとだけまけてくれた。
「毎度。あれとこれとそれを探すなら、いつものおじいちゃんがあっちの方に店を構えていたよ、お前の事を心配していた」
「本当? じゃあ行かないと」
ここでしか買わないと決めている、干し肉のお店のおじいちゃんは、厳しいし口も悪いけど品質が確かな物しか売らないんだ。
おかげでちょっと値段は張るけれど、その分保存性も高いしかびないから、買うに値するわけだった。
おばさんに頭を下げてからまっすぐに、そこへ行く。いつ見てもいつ見ても、そこは少しくらい。干し肉のいい香りが漂う店だ。
「久しぶりじいちゃん」
「野垂れ死んでると思ってたのにな、ふな」
声をかけると、皺で目がどこかわからない糸目のじいちゃんが、おれを見て言う。
野垂れ死んでるってなあ、まあ、あいつらと一緒だったら死んでたかもな。
しかしいつもの疑問だ。何でふな。
「ふなって魚だろ、なんでいつもふなって呼ぶのさ」
「不名だからだろう、子犬。名がつけられないからこそのあだ名だ」
「初耳だよお兄さん」
想像しなかった方面からの呼び名だ。そんなふうに呼び方を見つけていたとは。
おれがびっくりしていると、じいちゃんがお兄さんを見てにやっと大きな口をゆがめた。
「はっ、頭の回転の速い御仁だな、見るに相当な腕利きだ。ふなの相方にしてはちょっと不思議なくらいだな」
「子犬の雇い主とでも言っておこう。子犬は何を買いたい」
「あれとこれとそれ、いつも通りよりちょっと多めで」
いつも通りの注文に、じいちゃんはおれがどこを目指すのか、直ぐに検討が付いたらしい。にやり、と笑う。
「迷宮に入るのか」
「入る入る」
「気をつけろ、ここ数週間、迷宮の魔物の傾向が変わってきた。おそらく首魁が代替わりをした階層がいくつもあるんだろう」
「いつも思うんだけどじいちゃん、その情報何処で仕入れるのさ」
アリーズたちと組んでいた時から、物知りなじいちゃんに聞けば。
じいちゃんはにやりと笑った。
「弟子が何人も迷宮入りしてるからな、情報をどんどん持ってくる」
「じいちゃん干し肉屋なのに弟子は迷宮に入るの」
問いかければ当たり前という顔をされた、解せぬ。
でもお兄さんはじいちゃんをじっと見て、ああ、と頷いた。
「あなたは解体師だったのだろう。それも腕の立つ」
「へっ、見ぬけない不名も大抵目が悪いんだが、一見で知られるのは珍しい。そうさ、昔はここらでも腕利きで通っていた解体屋だったのさ」
「解体屋……」
どんな職業だ。見当がつかないおれは、お兄さんを見た。言いたい事が分かった彼が言う。
「仕留めた魔物や獲物を、最善の状態に処理する職業だ。分類わけすると重戦士の類だな。重い刃物や道具を持つから、重戦士が職を変える時になる事が多い」
「……?」
「分厚い脂肪や皮や鱗の生き物を開く時、小さな刃物では歯が立たないだろう? だから重い刃物の扱いになれている奴が開く。重戦士は飛び切り重い武器を使うから、そういう物の扱いに慣れていく。そして大きな獲物だって扱える筋力も手に入れるから、解体師に転職してしまった人間が多いんだ」
「へえ……」
確かに小さいナイフじゃ、デカい蜥蜴だって捌けないもんなあ。いわれりゃ納得の答えだった。
「こっちはいっそ不思議だ。盾師が解体師顔負けの捌きっぷりをするあたりがな。盾で庇う奴がなんで、こっちと同じかそれ以上の技術で、獲物を解体するのかわからなかった。……嗚呼それで思い出した。お前の師匠、そろそろアシュレに渡って来るぞ」
おれはその最後の一言で引きつった。
「あの人が? 本当の情報ですかそれ」
「本当も何も、手紙が届いたからな。弟子の家に寝泊りする前に、こっちに顔を出してくれるそうだ」
「……子犬の師と何かかかわりが?」
「かかわりも何も、俺はそいつの師匠とチーム組んでいたんだ。何年も前だがな」
おれはお兄さんとじいちゃんの会話の前に、恐ろしさで震えていた。
師匠ってすごく厳しいおひとだったんだもの。
顔を合わせるかどうかで、重複展開の盾でぶちのめされたらどうしよう。
満身創痍にならなきゃいいけど、と真剣に考えてしまう案件だった。




