任務(1)=情報に当たりはずれはある
起きたら起きたでまた、あちこちでうわさが広がっていたらしい。
何か知らないが異常な位の熱い視線を感じつつ、ギルドのカフェテリアで朝ご飯を食べている。
もちゃもちゃと食べている物の、お兄さんにはわがままを言っておかゆを用意してもらった。麦の粥はお腹に優しいから、熱が下がったばっかりのお兄さんにはいいだろう。
まったくもう。
隣でそれを黙々と食べているお兄さんと反対に、おれは人の頭ほどもあるパンを食べている。
何故か知らないけれども、食事を抜いてからの一発目は、異様に腹が減るのだ。
量が少なくても、ちゃんと回数食べていればそうじゃないのに、何故だろう。
もっともこの量の少なさ、はあてにならない。
何しろ前のチームで食事を請け負っていたのはおれで、おれだけ別の部屋で食事していたし、第一台所で食べろと強制されていたから、あまりものだの残されたものだの、色々ごったで食べていたという事実もある。
もともと大食いなんだろうな、と思う要素は多いし、オーガはかなり大ぐらいの種だともいうから、おれもそうなんだろう。
三つ目に手を伸ばす。朝から肉でもいいし、卵だっていい。野菜は生野菜は嵩ばっかりあって、皿に食べたいだけよそえないのが難点だ。
「……おまえもともとそんなに大食いだったのか」
そんな食べっぷりを見たのか、向かいで食べていた二人組が声をかけてくる。
この二人は顔見知りだ。
迷宮の情報を交換したり、フィールドの情報をお互いに見せたり、成果を見せたりしていた。
アリーズたちが軽蔑していた、“盗賊”という職種の二人組だ。
あいつらは“盗賊”という名前だけで下賤だの卑しいだのと言っていたけれども、彼等の特徴を総合すると、そういう職業になるだけで、決して盗みを職業にしているわけじゃないのに。
彼等はたまにポケットの中に、傷薬を突っ込んでくれた二人である。
いい奴らなのだ。奢らせようとして来ない限りは。
「食べるよ。ああ、お兄さん、食べきれないならよこしてください。食べます」
「熱のあとにこれだけを、食べるのもきついとは」
向かいに答えながら、一人分を食べるのもしんどそうなお兄さんに言う。
ため息交じりにお兄さんが、器をおれによこしてくる。
手を伸ばしていた三つ目はやめて、麦粥を食べ始める。
お兄さんは甘党なのだ。おかゆに蜂蜜や樹蜜を垂らす。それから木の実を突っ込んでいく人で、おれからしたらおやつだろう、と思う事もある。
だがしかし、他者の好みは色々、気にしても仕方のない事だ。
「熱って、隠者殿が昨日おかしかったのは、熱のせいだったのか」
話しかけてきたのはグロッグ。二人組の背の高い方だ。細身でしなやかで、足音がどこかひたひたとした猫の様。
「いや昨日の隠者殿のおっかなかった事。おいらは寿命が三年は縮んだと思った」
同意するのはケルベス。横幅が大きい方だ。しかし侮る事なかれ、こいつの俊敏さはおそらく武闘家も裸足だ。
二人は違う町からここにきて、仲間を探して組んだらしい。
その後の事は知らないし、今の事しか知らない。聞いた事ないし。
「熱が出たら大抵は行動不能になるだろうに、やっぱりとんでもないひとはとんでもないんだな」
「おいだいぶ失礼だからなケルベス」
「そんな事言ったって、札なしの方が扱いが雑だろ」
札なしとはおれの事だ。名前がない、名札がない、札がない、札なし……という考え方からだ。
「そうかぁ?」
粥は平らげた、ちょっと肉っけが欲しいと卓であまりものになっていた、塩気の利いた肉の塊の切れ端をつまむ。
「子犬は丁寧だと思うが」
お兄さんも行儀悪く頬杖をついて、グレッグに言う。
グレッグは違う違う、と手を振った。
「何と言うか親しさがにじんでいるって意味ですよ。相手に対しての……遠慮と言うかなんというか、そう言った物が感じられないという事で、雑と」
「子犬とは数か月ほど寝食を共にしているから、程度が分かっているんだ」
「もうじき一年近くなりますねー。おれ去年はこんな風に、他人と会話できる日が来るとは思ってもいませんでしたよ」
「私は自分だけで何もかもをどうにかしなければならない、と思って少し憂鬱だったな」
「……札なしはいいやつですからね」
「そうだ札なし、このフィールドの事で何か聞いてないか、それか迷宮の事で情報が欲しい。採取のミッションで珍しいのがあるから、誰かと手を組んで入ろうと思ってるんだ」
うんうんと頷いているグレッグ、身を乗り出しておれに聞いてくるケルベス。
「知っている情報なら。どんなやつ?」
「宵闇蛍草、あれが迷宮に生えているって話なんだが」
「聞いた事ない草だな、……お兄さんはご存知?」
「まあ珍しい草ではある。蛍のような光を放つ花粉をこぼす、暗がりで生えている草だ。色々な薬草の調合の手間を省く草だが、残念な事に……」
「残念な事に?」
「栽培方法が全く分からない草でな、どうしても採取に頼るしかない草だ」
「……暗闇で光る花粉をこぼす草」
おれは記憶のなかを探った。なんかどっかで見た事ある。どこだっけ。
ちらちらと何かが頭で動くから、それをどうにか引きずり出す。
……だ、出せない! 特徴が足りない!
「これでわからないなら、そうだな、もっと簡単な説明は……」
お兄さんが眉の間を軽く叩いて、ああと手を打つ。
「葉の形が独特だ。六角形の葉をいくつもはやす」
「あ!」
そこまで聞いて思い至った、あれだ!
「あったあった! 迷宮中層第八階の所にあった。たしかあのあたり……大水女郎蜘蛛が巣を張ってて、それからえーっと」
「おいお前待てよその前に突っ込んでいいのか、突っ込ませたいんだな」
ケルベスが引きつった声で言い出す。
「中層第八階ってなあ……ほとんど下層じゃないか」
「そら誰も見つけられないわな」
同意しているのは、グレッグと近くで聞いていたらしい冒険者たち。
いつの間にか聞き耳を立てていたらしい。
「でも良い情報だ、確実に迷宮内にあるのだけはわかった」
「後は場所の特定なんだが、さすがに札なしもそこまでは覚えてないよな」
「いや、覚えてるけど」
「……お前どんだけなんだ」
その草を見た時の道順は覚えているし、大体前のチームはおれに道を覚えさせて、自分たちは楽をしていた。
条件鍵付きの結界だって、おれが開いていたしな。
まあ役立たずができるから、自分たちも出来るって思ってたかもしれないが。
「今から軽い地図でも」
「お前その前に文字だめだろ」
「線だけなら!」
「そこで胸を張るな!」
思いっきりケルベスに頭を叩かれた、その時だ。
「子犬、場所まで覚えているのなら、私を連れて行ってくれないか」
お兄さんが言い出した。何でだ。
「調合が面倒すぎる古の薬の、再現を頼まれたんだ。宵闇蛍草が手に入るなら、早く仕上がる」
そうなのか。きっと俺が寝ていた昨日の朝がたに頼まれたんだろう。
お兄さんの調合の腕前は最高峰だし。
「え、じゃあじゃあ!」
目を期待に輝かせたのはグレッグだ。
「俺らと組んでもらえませんかね、隠者殿。今回限りのチームで」
「利害は一致しているし」
「札なしと隠者殿なら、人格的に間違いはないだろうし、札なしが今まで死んでいない事を見るに、かなり腕は立つし」
二人の顔がじっとお兄さんを見る。
流石だ。決定権がどこにあるのか、ちゃんと理解しているんだ。
お兄さんがおれをちらっと見る。
やるか?
視線が問いかけてきたから、こくりと頷いて見せた。
「それなら今回限り、きちんと書類でも書いておこう。どうせ家を引き渡されるまで暇な身の上、多少迷宮のなかで日を過ごしても問題ない」
「よっしゃ!」
ぐっとこぶしを握った二人だった。
「ちなみに報酬どんだけだったの」
「これだけ」
「わ、こんな量でそれだけ金貰えるってすごいな」
金額で結構びっくりした。
「子犬、よく考えろ。十種の薬草を分量を間違えずに用いて調合するという途中段階を、大きく省く草だぞ」
「……それだけでもう、価値はかなりの物ですね」
ちょっと考えたら確かに、高額なミッションになって当たり前だった。
「……あ、もしかしてカーチェスと話していたのって」
「これだな。これからの時期、アシュレの北区以外では、変に頬が腫れる風邪がはやる。死者こそ今では出ないが、去年かかっても今年もかかる、変な風邪でな。注意していてもばたばたやられて、街としての機能が保てなくなる」
一呼吸置いたお兄さんが続ける。
「そのため、薬師ギルドは予防薬をこの時期から作り始める。大量に販売する薬だからな。あちこちに採取依頼をしているだろう。……確か去年はほかの街から輸入していたんだが。近場で見つかるならそれも手に入れて、万全にしておこうという事なのだろう」
「へえ」
顔が腫れるなんて、面倒な風邪だな、つらそうだ。
納得したおれは、“盗賊”二人に一応名乗った。
「いまさらだけど、名乗りを。おれは“盾師”。これからちょっとの間だけどよろしく」
「ああ、“盗賊”で無音のグレッグ」
「“盗賊”で瞬歩のケルベス」
大抵は職業の後に二つ名、そして自分の名前を名乗る。通りがいいからだ。
お兄さんはにこりと笑い、同じように名乗った。
「“隠者”の凍てる選別者、アイオーニオン」
「職業も二つ名も名前すらもとんでもなかった」
聞いたケルベスが、もう突っ込めないという声で続けた。
「永遠って……かなり盛った名前だ」




