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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は日常をつづっているのか
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贈答=欲しい、とねがった。


「それに」


お兄さんが眠るのか、とろりと少し緩くなった瞳で言う。


「多すぎる名前の持ち主と、持たない者では、均衡がとれてちょうどいいだろう?」


「おれとお兄さんはつり合いがとれているっていう事?」


「まあそうだな」


おれはじっとお兄さんを見下ろした。おれとは比べようのない大人の体格だ。

骨もがっちりしているし、とてもとても、つり合いの文字が似合いそうもない。

でもお兄さんは、つり合いがとれているという。

お兄さんの中の何かが、きっとそう判断したんだろう。

俺が疑問を口に出す由縁もない。


「ああ、でも」


お兄さんが呟いた。


「私の大事なお前を、形どるものが何もないのは、すこしさみしいな」


名前は強い術である。それは遠い昔にも聞いたものだった。


“お前に名前は付けられない、付ければそれになってしまうから”


遥か昔の父さんの声が、不意に耳に蘇った物の、おれはつい口に出していた。


「お兄さんがそれなら、おれをカタチどればいい」


お兄さん瞳が、この上ないほど開かれた。

それは信じられない事を聞いた声で、信じ難いという顔で。

おれも言ってから、ああ、これは言ってはいけない物だったかもしれない、と思った。

おれを取り巻く無名の障壁を壊す事だからだ。

お兄さんが、それをあえて壊す理由はきっとない。

でも。

この人がおれの形を自在に作っていいとなったら、この人はおれをどう形どるんだろうと、思ったのだ。

そして形どってほしいと思ったんだ。

おれの形を、作ってほしいって思ったのは今が初めてで。

言った事のない言葉のせいで、沈黙が流れて。流れて。

お兄さんが、静かに瞳を一度瞬かせて、いつも通りの瞳に戻って、問いかけた。


「では、とびぬけたものを、一つ、お前に与えよう」


「とびぬけたもの」


「ああ、名前は術でありまじないであり、持つ事でも持たない事でも己に枷をはめるもの。ならば持つ事で何よりも守られる名前を、お前に贈ろう」


お兄さんの断言からして、きっと相当な力のある名前をくれるのだろう。


「だから子犬、その名前を拒む事だけはしてくれるなよ」


柔らかく頭を撫でた手の温かさに、おれはこくりと頷いた。

お兄さんが手紙を机の上に置き、言う。


「さっそく子犬、お使いだ。これをギルドから砂の神殿に届けるように、手続きをしておくれ」


「書き終わったの」


「書き終わったとも。説明は単純な方が分かりやすいし、誰が悪いのかも明白になる」


相当単純に書いたんだろう。

ちらりと見えた文字列は、手紙としては短いように思えた。

そのままギルドに降りて、手続きをして、戻ってきたらお兄さんは、長椅子で寝落ちしていた。

顔に布をかぶせて、上着に包まって熟睡しているから、おれは寝ぼけて引きずられないように、慎重に寝台に運んで、自分は床に寝転がった。

今日もいろいろあったから、とても疲れた。

ぱちんと目を閉ざせば、もう夢と闇のなか。




死と眠りは、そっくりなものだ。ただ眠りには目覚めがあるだけ。

おれはその時、自分が死んだのだとわかった。

そして同時に、目を覚ましたのだともわかった。

意味が分からないって、おれ自身が意味不明だから。

なんか、嗚呼おれ死んだなって思って、それから、嗚呼おれ目を覚ましたんだなって思った。

たったそれだけの事。

多分それは、今までの、欲しいものも思いつかないおれ、が死んで、欲しい物を見つけられるおれ、が目を覚ましたという事なのだろう。


「名前」


それをおれに投げかける時、お兄さんの表情はどんなものになるのだろう。

それがとても気になって、気になっていた。

笑うのか、呆れるのか、悲しむのか、嘆くのか、怒るのか、ふてくされるのか。

きっとどんな顔でどんな声でも、呼ばれたらきっと、この指は血が廻るのだろう。

そんな事を思って起き上がれば、お兄さんはもう起きてどこかにいっていた。

どこに行ったんだろう。おれが気付かないって相当だ。

鍛錬が足りないのかな。それともお兄さんがそれだけ気配を消せる腕前なのか。

今までお兄さんの寝起きくらいはわかったのに……

やっぱり最近腑抜けたんだな。迷宮にぼろぼろになりながら出かけて、死線を潜り抜けなかったからだろう。

鍛錬と称して、お兄さん、迷宮に入っても許してくれるかな。

欠伸を一つして起き上がって、立ち上がる。肩からずり落ちたのは、お兄さんの上着だった。

それを肩にかけたまま、たぶんこっちだろうな、とギルドの待合室に降りていく。

階段を下りればぎょっとした顔をされるが、おれ殺気すら出していないのだが。


「おおい、凡骨、それなんだそれ」


今日は朝いちばんからの勤務だったのか、マイクおじさんがおれを指さして言う。


「それって」


「それって隠者殿の上着だろう。そんな物羽織ってどうしたんだ、自分の上着はどこに行った」


「なかった、お兄さんの上着が代わりに掛けてあった。あれ目立たないから、隠れてどこかに行きたかったんじゃないのかな」


番犬を置いてというところが不服だ。後で文句の一つでも言ってやろう。

そう決めていると、マイクおじさんが何とも言えない声で言った。


「お前知らない間に結婚とかしてそうで怖いわ」


「出来ないだろ、おれ相手に誰がそんな物抱くんだか」


「可能性が高いのがいるから、しょうがないだろう……」


何かあったのか、マイクおじさんが頭を抱えていた。

ちょうどその時だった、がたんとギルドの扉が開いて、お兄さんが姿を現したのだ。

うわあ。

現れた男に、冒険者たちが視線をやり、そして凍り付くのもわかる。

お兄さんそれはない……それはない……

何せお兄さんときたら、返り血まみれのメイス片手に、普段見せないほど殺気でぎらついていたのだから。

普段欲なんて何もなさそうな顔をしているから、そのぎらつきはちょっと息が止まる。

近くで殺気に充てられて、失神するやつらが出ているくらいだ。

お兄さんがそこまで制御できない相手ってなんだろう。

おれはここで一番、お兄さんに近付いても怪我をしないだろうから、現状をどうにかするべく近付いた。


「お兄さんたら、どうしたんですその格好」


「朝いちばんのミッションを一つ受けたわけだが、ランクが低すぎたんだ。おかげで殺意や狂気が抑えられなくてな。こういう凶暴な感覚は、一度荒れ狂うと始末に負えない」


ああ。

あるあるだそれ。冒険者あるある。

一度戦闘状態になった精神が、弱すぎる相手しか相手にできないで、消化されないで持て余すのは、冒険者なら何度も体験するものだ。

こんな事を言うおれは、盾師という戦うのではない職種だから、そういう感覚に切り替わることがまずない。

守るために戦う事に、殺意と狂気はいらないのだ。

しかし、倒すためなら話が違っていて。そういう物を持たないと、手元が狂う場合も多い。

相手が上級で、視線だけで気おされるような邪眼もちだったら特に。

お兄さんは道具袋からどさりと、大きな防水の袋を取り出す。

見るからに重たそうなそれは、明らかに何かの腑だった。

朝に出没する魔物で、腑が役に立つと言えば。


「驚いた、森林樹蜥蜴の腑なんて。あれ結構打撃に強いから、お兄さんのメイスでは難敵でしょうに」


「あんなものは、頚椎を一撃すれば事足りる。もっと手ごたえがあると思ってかかった私が愚かだった」


素材の受付にそれを出すお兄さん。森林樹蜥蜴の腑は全部、薬効があるから一匹でも袋が重たくなる。これだと三匹くらいはやってそうだ。

これは解毒に有効な物が多いのだ。


「ミッションで、雄雌一匹というからやったら、腹の中に子供がいた、悪い事をしたものだ」


お兄さんがどこか申し訳なさそうに言って、ああだからこの袋重たいのか、と納得した。

腹から出す前の卵もあれば、重たくなるだろう。

お兄さんは受付に渡し、お金を受け取ったと思えば、まっすぐマイクおじさんの所に行く。


「マイク、もう少し上位の物をよこしてもらいたい。……珍しく感情を制御できない。下手すればこのあたり一帯を氷漬けにしてしまいそうなんだ」


「……あー、だから凡骨の、遮断の力がある外套をとって行ったんですね……闇柿渋は、外と中を遮断する力も強い……」


「お兄さん、おれが一緒だといけなかったの」


近くにいるままに文句を言う。


「おれがいれば、凍らせないって言ったのあれ嘘なんですか」


「孤独ではな。それ以外では凍る場合があるのだ、困った事に」


お兄さんはふうと息を吐きだした、見るからに熱い息だというのに、空気は冷え冷えとしていた。

だからおれは、お兄さんに申し訳ないと思いつつ、手をひらめかせた。

人間が昏倒するぎりぎりの一撃を、後頭部にくわえたわけである。

当然お兄さんは、予測していない方からのそれで、がっくりと膝をつき倒れた。


「って、お兄さん熱、熱あるし!」


支えた途端に燃えるように熱くて、おれは悲鳴を上げた。

熱で制御できないだけだろお兄さん!

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