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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は日常をつづっているのか
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誓約=あなただから違えない。


それ、が。

あんまりにも苦しそうだったから。

大昔、母さんがおれを師匠の所に置いて行った時と同じくらい、苦しそうだったから。

おれはお兄さんの方を向き、両腕を伸ばした。

深い意味なんてとくにはなかった。ただお兄さんに触りたかった。

そして、一つ言いたい事が出来てしまったのだ。

理由なんてそんな物だった。

伸ばした腕はちゃんとお兄さんに届いていて、お兄さんの血肉に触れる。

温かいな、凍る系統の物にとりつかれているような物なのに。

お兄さんは人間の温かさを持っていた。

それが余計にお兄さんを、苦しめているのかもしれないと、だいぶ失礼な事すら思った。

思いながら口を開く。


「お兄さん、一個言わせて」


「なんでも」


なんでも。

お兄さん知ってる? それだけの許しを相手に与える事の意味ってものを。

何を言っても許すっていうのは、普通はしたらいけない物なんだよ。

口を開き呪いの言葉を唱えるかもしれない、そういう世界なんだから。

でも。

お兄さんはきっと許すんだろう。

何者もお兄さんを傷つけられないんだから。

そして。

おれが傷つけさせないんだから。

……あの令嬢の時は失敗した、今度はちゃんと盾になる。

今度はお兄さんの手を煩わせたりなんてしないで、ちゃんと追い払う。

出来てこその番犬だ。

出来ない番犬なんてよく吠えるだけの、役立たず。


「おれ、お兄さんが思うよりもずっとずっと頑丈だよ、すごく頑丈だよ」


「あれは頑丈かどうかの問題では」


ないんだろうね。瞳の術だ、見ただけでその力を受けてしまうっていう、かなり強力な咒の一つだ。

体の強さでどうこうなる物っていうわけじゃないのは、よく分かってる。

自分の体だけで防げるものかどうか、なんてとっくにわかってる。

お兄さんの説明を聞いた辺りから、薄々それのとんでもなさくらいは、分かったつもりだ。

見つめるだけで、相手に制約を課す。

相手の力を封じる事が出来てしまう、拘束の瞳。

ララさんが持っているという、その信じられない位に強い力が、どれくらいとんでもないっていう物なのか、多少はわかるつもりだ。

でもねお兄さん。

言わせてもらうよ。


「だから、ならない」


その言葉を無視して、言う。言い切る。

迷ったりなんてしなかった。迷う場所がなかった。

お兄さんの顔に両手を当てて、まっすぐ目を覗き込んで、言った。

底が見えない黒い瞳に、言う。

鏡みたいに自分が映る目に、告げる。


「おれはそんな物に支配されない。おれはそんな力に制御されない。おれが制御されるのはお兄さんの命令と盾師としての在り方と、多少の倫理観だけ」


お金も名声も、おれを制御しない。

おれを支配するのは、誇りだけ。

だからお兄さん、おれはお兄さんの怖がることを起こさない。

お兄さんは動かない。信じられないのかな。

でも信じてほしいと思ったんだ、この時はっきりと。


「おれはそんなに信じられない?」


笑いかけたら、お兄さんが仰天したように目を丸くしてから、不意に笑った。


「驚いた、子犬に言い負かされてしまった。確かに子犬のありようは、子犬しか決めないだろうな」


「そうだよ、おれの在り方はおれしか決めないの。おれしかおれじゃないの。おれの進む道を決めるのはいつだっておれで、どんな形でどんなに強制された道でも、それにどんな感情を持っていても、従うと決めたならばそれは、おれの道なの。無理強いだって、思う事じたいが自分を侮辱する事だから。自分を許せない物にしてしまうから」


だからはっきり言えば、あいつらにこき使われていた時代だって、おれがその道を選んだ結果なのだ。ほかの人たちを怖がって、ろくに物を知ろうともしないで、怯えて恐れて従う事を選んだ、っていう道の結果。

おれ自身、反省点はたくさんあるけれども、無理やりあいつらと一緒にいる事になったなんて言うのは、思わない。

それもおれが決めた事だから。


「そうだな、道は常に選択され続けている。続けた選択こそ人生。どんな選択を選んだか、他人を恨むのではなく己を恨む方が、心安らかではないだろうが」


「お兄さんの言葉は難しい。でも言えるよ、おれは結局自己責任の部分が大きいんだ」


おれの真顔での言葉に、やっぱりお兄さんは吹き出して、あのからからとした声で笑い転げた。


「ああ、やっぱり子犬は私なんかよりもずっと強い心なんだな」


「お兄さんの強さが何を基準にしているのか、分からないから褒められているのかけなされているのか、いまいちわからないですよ」


「わからない事でかまわないさ。私はお前を強いと思った。たったそれだけの事実がそこにあるだけだからな」


底なしの暗闇の瞳が、きらきらと光って、満天の星空みたいだな、と馬鹿なことを思った。

思ったと、思ったら。

お兄さんの顔が迫ってきていて、もともと避ける理由も何もなかったんだけれども、沙漠の生活の割に柔らかい唇が、おれのそれと当たった。

あ、粘膜は熱いんだ、お兄さんも。

おれが冷たすぎるのかな。


「この唇を合わせる選択も、無論強制されない私の意志だ。子犬、これをよく心に刻んでおくように」


「何かのお守り?」


唇を合わせるまじないなんて、おれは聞いた事ないけれども、もしかしたらどこかの術であるのかもしれない、そんな物が。

だってそうだろう? お伽噺の眠れるお姫様とか封印されたお城のお姫様とかは、こういう接吻で呪いが解けて目を覚ます。

そう言う何かのおまじないかな、と思ったんだ。

確かに巷では、恋人同士がこれをするらしいし、これ以上の事もするそうだ。

アリーズとミシェルはやっていたし、マーサは聖職者だからそれが出来なくて、アリーズに恋心を募らせているけどかなわなくて、おれに当たり散らしていた。

それ位特別な事だとはわかるんだけれども。

おれとお兄さんの間でそれを交わす理由がいまいちわからないから、きっとこれは何かの術なんだと思ったんだ。

おれのこの言葉に、お兄さんは。

目を細めて、すごく柔らかい笑顔で、言った。


「ああ、私にとってこれ以上の強力な咒は、古今東西どこにも存在しない位の、心強い咒ごとだ」


「どんな効果があるの」


「それは、内緒だ」


「ええー、教えてくれてもいいじゃないですか」


「こう言うのは、教えてしまったが最後、力を失ってしまう物なのさ」


そう言う術あるもんな、結構制約の多い術なんだろう。

深く追求すると、そのすごく強い術が解けちゃって、お兄さんの迷惑になりそうだから、おれは聞かない事にした。


「出来れば子犬にも、同じ術がかかってほしいけれども、そこまでは望まないさ」


「おれもかかるんですか」


「かもしれないというだけだ。かかる可能性の方が低いだろうがな」


お兄さんはくすくすと笑っていて、おれを見る。

なんだろう。言いたい事があるなら言えばいいのに、なんて思って見返していると、お兄さんが言い出す。


「この“凍れる生贄”にして“沈黙の聖者”、そして“凍てる選別者”と多様な忌み名を持っている私に、何の構えもなく目合せる事が出来る子犬は、本当に貴重な相方だ」


「お兄さんの忌み名? いっぱいありますね。いつか聞こうと思ってたんですけど、どんな意味があるんです?」


この際だから聞いてしまえ。お兄さんの名前に対しての疑問がそろそろ追いつかないし。


「通称として、砂吹き荒れる土地に住む隠者だから“沙漠の隠者”または“砂漠の隠者”。」


これは皆普通に呼んでいる名前だ。残りが忌み名とよばれる、よくない方の名前か。


「ほかにも、寒空の祝福という、神がかりの力に触れ、それを体に受けているから“沙漠の聖者”。忌み名としては“凍れる生贄”。その力によって呪いを凍り付かせる事から“凍てる選別者”……まあこんなものだ、私を現す時に、他人は幾つもの呼びかけを行う。それは仕方のない事なんだ。私のような物を、一つの名前だけで呼ぶと、よくない事を呼び寄せやすいからな」


「……?」


「名前を呼ぶという事は大きな力だ。それの存在を他者に告げるし、本人にも言う事になる。その方向性が一つだけに向けられた場合、時々非常に面倒な物を招き寄せたりしてしまうんだ」


名前って重要なんだな、まあ、勇者の名前とか結構重要らしいし、その名前の力にあやかって、子供の名前を付けたりする事もあるんだから、当然か。

名前という、それを現す言霊を自分の子供にもつける事で、その恩恵にあやかろうってするんだったっけな。

いつか誰かが言っていた事だ。もう誰が言ったのか思い出せないんだけどさ。

多分師匠あたりだろうな、あの人術的な物に妙に博識だったし。

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