整頓=呪いの品をいくつも外に出してはいけません。
道具袋の中身を、今日は中に入ったりしないで取り出してみる。
道具袋の中だと、時々狭くて物を落したりするからだ。
おれの整理能力があまり高くない、という事なのか。
それとも物が多すぎるのか。
断捨離でも必要なのか。
だがしかし、おれの持っている山のような呪いの品物は、うっかり市場には出せない物ばかりときている。
当面ここに封印しておくしかないだろう。
間違いなく。
ばらまいたような呪いの品々。どこまでこの部屋に広げられるだろう、と幾つも広げていた矢先だ。
「失礼いたします、入室の許可を」
扉がノックされて、誰かが入りたいと言ってきた。お兄さんは手紙に集中しているから、ここはおれが出て行くべきだろう。
ひょいと広げたものをそのままに立ち上がり、扉の前まで行く。
やや繊細な開け方をする扉を開ければ、そこには女性が一人立っていた。
きっと事務関係の人なのだろう。
「ここに砂の隠者様がしばらく滞在すると聞いて、訪れたものなのですが……」
彼女はしばし部屋の中を見たと思ったら、そのままばったりと倒れてしまった。
え?
何が起きたの?
「え、ちょま、大丈夫!? 息はある、脈拍確認、心拍異常なし!?」
腐ってもおれは冒険者、慌てて生命確認を始めてしまった。
いきなり真っ青になって倒れた彼女は、倒れた以外に何も変な事はなさそうで。
わたわたしつつ、おれは彼女を部屋の外に運び出した。
何故かって? 部屋が散らかしっぱなしだから、寝かせておくの忍びなかったんだよ。決まってんだろう。
運んでどこに寝かせりゃいいんだと、周囲を見回しても休めそうな場所はない。
ギルドの待合室はなあ、女性を無防備に寝かせておく場所としてはよくないし。
どーすっかな。
「あ、おい、凡骨、ちょうど間に合ったか!」
階段を降りるかどうするか、考えていた矢先の事だったのだ。
マイクおじさんが慌てて階段を駆け上り、おれの所まで来たのは。
「ああよかった、そちらの女性はまだ、隠者殿の所には到着していなかったんだな!?」
「え?」
「いや、いきなりここのお抱え呪術師たちがバタバタ倒れ始めてな? ここに異常空間が出来て、それが砂の隠者殿の部屋だと言って来たんだ。隠者殿に何かあってからでは遅いからな、急ぎ来客の御仁も呼び戻して、って気絶している!? 凡骨何があったんだ!」
「いや、実は」
見た事起こった事を、ちゃんと言ったとたんにマイクおじさんが呆然とした。
「部屋に……お前いたのか」
「いたし。道具の整理してたんだよ、そうしたらいきなり扉が叩かれて、こっちの女の人が来たのが分かって、扉を開けてこの人が部屋を覗いたら倒れちゃったから、休ませる場所ないかなって探してて。ちょうどいいから引き取ってくれよ、おれまだ道具の整理終わってないし、お兄さんの所にいないと。お兄さん今手紙書いているから、邪魔されたくないんだ」
「隠者殿が拒絶したのか……いやそのまえに……! わかった原因お前だろう!」
「何の」
「異常空間のだ! どうせお前道具袋のなかに突っ込んであったいわくつきの品物片っ端から取り出したんだろう! 数があればいわくつきは共鳴しあって異常空間を引き起こす、絶対お前だ! よし今からお前、荷物を片付けて来い! 今呪いの専門部隊を呼ぶって大騒ぎしてんだよ階下は!」
「おれなんともないのに」
「お前はあれだろ、何か知らないがあらゆる呪いが片っ端から通じないんだろ、そして隠者殿は自分が因果もちだから、呪いの類はあんまり効果がないときた。くっそこれを考えなかったこっちの不手際だ」
言いつつマイクおじさんは、女の人を担いで降りて行った。
なんかよく意味が分からなかったんだけど、急いで荷物を道具袋に突っ込まなければいけないのはわかった。
急がなければ。
おれは踵を返して駆け足で、部屋に戻った。
部屋に戻る途中の事だったんだ。
いきなり何かが動いたのが分かって、ばらばらっとおれの腰の呪い本が開いたのは。
『相方、すげえなすげえな、今あそこの部屋、凝った呪いでもう一つ何かが生まれちまいそうだぜ』
「生まれちゃいけないだろ!」
それに突っ込み、やはり急がなければと角を曲がる。
曲がって……は、と息をのみそうになった。
いや、だってさ。
なんで雨が廊下で降ってんだよ、おかしいだろ。
ばしゃばしゃと降っている雨。降って床に当たった途端に凍り付いて、床が氷張ったみたいなんだけど。
なんなの。
「おれでもびっくりだぜこれ」
『だろうよう。呪いが拮抗してこんな異次元作っちまいやがった』
ぱらぱらとめくられる音のなかで、本が呟いた。
お兄さんはこの中で無事なのか。ばたんと扉を開けば、お兄さんはさっきと変わらず長椅子の上で手紙を書いていた。
周囲凍えてんだけど、凍ってんだけど。
いいのかいお兄さん。寒くないですか。
それよりも何よりも、おれは荷物を回収しなければ。
幸い寒い以外に問題はないので、手当たり次第に並べたものを今度は、道具袋に中に突っ込んでいく。
なんか軽い爆発音とか、ちかっと光る何かとか、周囲で起きてたけど。
全部無視できる範囲だったから、広げる時は長い時間かけたそれらを、ものの数分で突っ込み終える。
だがしかし、被害は甚大だ。周囲はびちゃびちゃ、そして凍ってつるつる滑る。
おれ自身に呪いは効力を持たなくっても、発動した現象を霧散させるわけじゃない。
これどうやって氷とかすかな、おれの責任かな……怒られるのやだな……とか思っていたら。
「ん、せっかく雨の音がしていたのに」
お兄さんが顔をあげて、周囲を見回して不満そうに言い出した。
えー……雨降ったままでよかったんですかお兄さん。
「止んだのか? それにしては冷えているな。ああ子犬、おいで、きっとこんな寒さだ、手が冷えて切っているだろう」
ちょいと手招きをするお兄さんである。近寄れば当たり前の顔で懐に抱え込まれて、呆れたようにいわれれた。
「こんなに体を冷やして。いくら頑丈と言っても限界があるぞ、陶磁器の人形のように冷えている」
抱え込んでお兄さんは、ぱちんと指を鳴らした。
たったそれだけ、それだけの音なのに、意味がちゃんとあったらしい。
氷は瞬く間に消失し、さっきまで室内で雨が降っていたり氷の床だったりした事なんて、何もなかったように、元通りになったのだ。
「私は手紙に没頭しすぎていて、雨の音がするくらいしか思っていなかったが。何か変な事が起きていたようだな。道具はどうした、整理が終わるようには見えなかったのだが」
「えっとですね」
おれが一から説明をしようとした時だ。
「隠者殿!」
大声をあげて、扉を遠慮もなしに許可もなしに開けた人が怒鳴った。
「あんたまた凍らせただろう! 呪いを凍らせて封印する、“凍てる選別者”だからって甘すぎだよ! どうせなら全部凍らせるか、全部無視するかのどっちかにしておくれ! うちの呪術師たちが、混ざりすぎた術で昏倒して、三日は使えないじゃないか!」
そこにいたのは背のやや高いおばさんだった。胸にギルドマスターの印、三つの剣で描かれた▽模様の水晶のメダルがなかったら、きっとそうだとはわからなかったに違いない。
だがギルドマスターだという事はこの人が、かの有名な義のギルドマスター、ララさん?
お兄さんの懐のなかでしげしげと眺めていたら、こっちを見た彼女と目が合った。
彼女はぽかんとした顔で目を丸くしてから、口を半開きにして思考回路が止まった状態になった。
そんな変な状態か、おれ。
お兄さんが入れたんだぞ。
目があってしばらく、ララさんだろう彼女は動かなかった。




