伝聞=複数の厄介な物は同時に来る予定らしい。
「それは面倒だろうに。採取の専門でなければ、分からない良しあしも多いだろう」
お兄さんが言うのを聞いて、カーチェスが頷く。まさにそうなんだ、みたいな顔をしてる。
「ええ、とても大変ですよ、間違ったものを皆持ってくるので……こちらに怒鳴りこみに来る人達もいるわけで」
何回かその対応をしたらしい。彼は思い出したくない事を思い出す顔をした。
どこか殴られでもしたのか、ちょっと二の腕をさすり、言う。
「結構な回数、ギルドに苦情を出す羽目になりましたよ。こちらのギルド以外のギルドの人たちは本当に、なっていない人がおおくて。ごろつき顔負けの事をしたり、何が気に入らないんだっていちゃもんをつけたり」
そこで声を一段ひそめて、秘密を言う声で話し出す。
「薬師ギルドの方では、この事態を重く見ていまして、ギルドにミッションとして注文するもの以上に、薬師ギルドとだけ契約する腕利き、を確保しようと躍起になってます」
「えっと、それってそっちに雇われていれば、同伴する採取者を何としてでも守らなかったらまずいから?」
何とか呑み込めそうな事実を聞くと、彼が頷いた。当たっていてよかった。
「まあ、迷宮にあるような特殊な薬草や鉱石などは、どうしたってここのようなギルドの上位冒険者に依頼しなかったら、手に入らない物なんですけれどね」
ため息交じりに言い出したカーチェスの後ろで、どよめきが聞こえた。
「おいまじかよ、新しい勇者がまた、アシュレに配属されるって聞いたか!?」
「前回のとんでもない野郎の後だぞ、まだまだ色々終わってないってララ様が言ってただろ、なのに新しいのを来させるのか? アシュレの迷宮ってそんな特殊だったか?」
「北のダンケニードや、東のウブスナ、孤島にあるトリニドだったら、魔王の痕跡ってやつがあるから、勇者ががんがん行くけどよ……アシュレも魔王の痕跡が見つかったのか?」
「聞いた話じゃ、アリーズたちは前にそれらしきものを見つけているらしいんだ。でもその後階級が下がりまくって、中層以下に潜る許可証も失って、再調査できなかったらしいが」
「だからって早すぎだろ……?」
どよめきながら、情報を分け合う冒険者たち。
そう。
勇者パーティのみが持つ使命という物があり、それが魔王の痕跡という物を見つけ、魔王の遺物を発見し確保する事なのだ。
魔王自体は何年も前に、その当時の勇者に倒されている。
でも魔王が残した数多の厄介な魔道具などがあって、何故か迷宮でそれらが発見される確率が馬鹿みたいに高いのだ。
そして魔王の残した邪悪な遺物……すなわち魔王の遺物……は勇者を冠するやつじゃないと見つけられない事が多い。
魔王を倒したのが、勇者という称号の冒険者だったからと言われている。
そのため各国は、勇者の称号を神殿から与えられた、そんな冒険者だったりを探し、鍛え、迷宮がある街に派遣するのである。
迷宮はどこの街にもあるのだが、一度遺物が見つかった迷宮では、二つ目の遺物が見つからないらしい。
よくわかんねえけど。
アシュレは長い事、魔王の遺物がある痕跡、魔王の痕跡と呼ばれる物がどの階層でも見つからないから、魔王の遺物がない迷宮、と言われてきたというのに。
どこで帝国は、それがあると判断したのだろう。アリーズたちが報告したのか?
でも大問題な奴の報告を、信憑性があると判断するものか?
わからない。首をひねっても答えは出ない。
「子犬、そんな物があるとアリーズたちは言っていたか」
お兄さんがちょっと噂に興味をひかれたのか、耳元で問いかけてきた。
おれは記憶を探り、首を振った。
「覚えてないというか、おれには言わなかったのかもしれませんね」
「あり得る話だな」
お兄さんもそれ以上は聞いてこなかった。
でも。
おれはとある可能性に気付いていて、冷や汗が流れそうな気分になった。
魔王の遺物は、発見していなくても。
魔王の痕跡の近くにあった魔道具などは、呪いが付加されている事が多い。
あいつらは、そして呪われたものを全部おれに渡している。
そしておれは。
装備以外を奪われていない。
あいつらが放ってきた呪いの品々を、いまも道具袋に突っ込んでいる。
それが何を示すのか、噂と照らし合わせればわかる。
“おれ”が奴らの発見した、魔王の痕跡がある魔道具などを持っている可能性が馬鹿みたいに高いという事だ。
気付いたそれは、非常に面倒事の気配を漂わせていた。
お兄さんに相談しなければ。これからの番犬事情に差し障るかもしれないのだし。
あいつらがその事も含めて帝国に報告していたら、おれを探すだろうし、そう言った道具を出せと新しい勇者たちに言われるかもしれないのだ。
何しろ魔王の痕跡から、魔王の遺物のありかを推定するのが定石だからだ。
身ぐるみはがされるという、そんな嫌な事は起きないで欲しいぜ、切実に。
そしておれの珍しい素材も奪うという、蛮行をしかねない奴らじゃない事も祈る。
ん、でも呪いの装備だけを、渡せばいいのか。
あ、じゃあ素材とかは見せなくても問題ないよな。
ぐるりと考えが落ち着いて、おれはちょっと落ち着いた。
「おい凡骨、部屋を案内するぞ、隠者殿、こちらです」
落ち着いた辺りで声がかかって、おれはお兄さんの袖を引いた。お兄さんはさっきから、迷宮のどこのあたりに、どんな薬草があったという話があったのか、をカーチェスと話し合っていたからだ。
二人で信憑性があるか確認していた模様である。
「お兄さん、宿の部屋を案内してくれるそうですよ」
「ああ、すまない。カーチェス、この話を続けたかったら、数日はここに寝泊りをする事になったから、聞きに来てほしい。あいにく薬師ギルドに顔を出すと、私はえらい目に合うんだ」
「わかりました、興味深い話も幾つも聴けて、勉強になりました」
二人が会話を終わらせて、お兄さんがマイクおじさんにうなずく。
「今そちらに行く」
ギルドの建物の三階、そこがギルドの関係者の居住空間の一部で、どうやらそこの一部屋を宿にしてくれるらしい。
お兄さんの重要な感じが、より際立つのは気のせいか。
だってほかの奴だったら、きっと物件を引き渡すまで、何処かの宿を借りろ、くらい言うだろうから。
綺麗に磨かれた洗い場に感心していると、お兄さんはさっそく長椅子に横たわり、道具袋から便箋とペンを取り出した。
そこで思い出した事があって、この際だから尋ねておく。
「お兄さん、家焼かれちゃったときに、燃えてなくなっちゃった貴重な本とか巻物とか、ありました?」
「いっぱいあるぞ。それらの中には、砂の神殿から解読を頼まれていた物もあってな、こうして屋根があって雨風がしのげる場所が確保できたから、その事を連絡する手紙をしたためる。子犬、しばらく話しかけないでおくれ、手紙を書くのが私は苦手なんだ。字が汚くてな」
「はあい」
公国の令嬢とかいうあの女の子、とても大変な物を焼いたんだな……神殿が解読を頼む品って、おれでも超一級品の貴重品だってわかるもの。
国と神殿の大問題に発展しそうだ。
おれは関係ないけれどさ。
おれはおれで、また道具袋の中身を調べなければならない。
取りあえず、勇者が来た時に速やかに、魔王の痕跡かもしれない物を渡せるように、より分けておかなければ。
でも、いっぱいあるんだよな、あいつらが呪われてるってだけでおれにぶん投げてきた変な物。
ゴミ捨て場に捨てられたときに、身ぐるみはがされなかったことを喜ぶべきなのか、それともあいつらがおれの装備を剥した時に、道具袋の事は忘れた事を喜ぶべきなのか。
まあおれの道具袋って、結構いらない物ばっかりだし。
棄てられて死にかけてた時、袋の中から何か防寒の物を取り出せない位痛めつけられていたからこそ、お兄さんと出会えたわけだから、めぐりあわせって変だよな。
あの時、道具袋から物を探せるだけの体力と気力とがなかったから、あんなに凍えたわけだが。
全く、人生って何が起きるかわからない。




