移動=面倒な思いは一度だけでいい
「それにしても処理が上手なんだな、ここまで上手だと職人の出る幕がない」
苦笑いをしながらも、正規の値段で買い取ってくれる担当の小柄なおじさん。
もしかして。
「おじさん、もしかして土小人族?」
「なんだ、知らなかったのか? 俺たちは洞窟を住処にする種族だから、こんな大人でも背丈が小さいのさ」
「単純に背が小さいのだとばかり」
「ああ、あんた人間しかいない所から来たんだな? アシュレの異種族の多さをまだ見てないとみた」
「オーガとハイエルフは見た事があるんだけど、それ以外は見た事ないし、この前初めて、アシュレの北区では、どんな種族も人間に見えるんだって知らされたんだ」
「おおっと、それはびっくりしただろ、オーガもハイエルフも、割と人間よりの見た目してっからなぁ。俺らみたいに背丈ですでに人間と大違い、なんて奴らも、個性だと思ってた口だな?」
「見る目がないと言われてもしょうがないんだけどさ、そうだよ、ただ背丈が小さいだけだと思ってた」
くひひ、と笑った土小人のおじさんは、にやりとした笑顔で続ける。
「まあ種族の差なんてその程度の考えでいれば、アシュレでは平穏に暮らせるぜ、覚えておきな凡骨くん」
「うん。これから新しい環境になるわけだし、覚えておく」
彼はしゃべりながらも、おれの持ってきた素材を確認しおえて、太鼓判を押してくれた。
「これだけいい物がそろってりゃあ、うちのギルドと取引してくれる職人連中も喜ぶさ。なんでもあいつら最近やっと、高位素材を売ってくれる冒険者と、取引ができるようになったらしくってな、一般素材も買い込み始めたんだ」
「関係性が分からないんだけど」
「高位素材だけでは、武器も何も作れないだろう、子犬」
「わっ、お兄さんいつの間に。マイクおじさんと話し終わった?」
「ああ、取りあえずの物件をいくつか紹介してもらった、これから下見に行くぞ? さて子犬、疑問は一つきちんと解決しておこう。高位素材だけで、何かを作るという事は出来ないんだ。一般素材と合せて初めて、高等な物が出来上がる。そこの職人ギルドに高位素材をおろしてくれる誰かが現れたということで、今まで待たせるしかなかった注文の品物を、作れるようになったのだろう。そうなると一般素材も一気に大量に必要になるというだけだ」
「へえ。剣が鉄だけで作れないとか、そんな感じ? 鉄だって色々混ぜないと、強い剣にならないって聞いた事ある」
「それが近いな。剣を作るにしても鉄と石炭や「そんな細かい説明は後で二人でやってくれ! これから物件見に行くんだろ! 日が暮れちまう!」
お兄さんがさらにわかりやすい説明をしようと、した時マイクおじさんが割って入ったから、この話題は終わった。
「やれマイクに怒られてしまった、確かに、日の出ているうちに物件を見にいかないとなるまいな」
肩をすくめたお兄さんがちょっと笑い、おれの片手を簡単につかむ。
いや、間合いに入られるって、冒険者なら結構緊張するものなんだけど。
お兄さん他人の間合いに入るの、本当にうまいよな……
これで暗殺者とかの職業だったら、凄腕すぎて名前が闇の世界にだけ響いていそうだ。
「さて、行こう」
「はあい。ありがとう、おじさん。またいいの採れたらここに持ってくるから」
「頼んだぞ凡骨君。君だけになった途端に、君は有能さがよく分かるようになったなあ」
手を振り機嫌よさげに土小人のおじさんが、次の人の素材を受け付け始める。
そして……
「血抜きもできてない丸のままの魔物なんざ、持ってくるんじゃねえよ!」
思いっきりその、初心者らしき冒険者に怒鳴り散らした。勢いが良すぎて、周囲で喋っていた冒険者が動きを止めたり、武器に手をやったりしてしまったくらいだった。
おいおいそんだけ、初心者ってのも珍しいな、どこの誰だろう。
気になったのだけれども、お兄さんがマイクおじさんの先導で歩いて、ギルドから出て行ってしまうので、その誰かを見る事はかなわなかった。
そして北区の大通りを抜けて行けば、なんだか空気がちょっと変わってきた。
匂いが違うのだ。
なんだろう、ヒト臭くないって感じがする。
「ヒト臭くない気がするんですけど、お兄さん」
「紹介してもらうのは、東区の物件だからな」
「え、お兄さん北区じゃないの」
「北区はわずらわしい。神殿の関係者だの、隠者の隠れる沙漠にはいきたくないけれども、助言が欲しいというわからずやだのが、多い。沙漠をねぐらにする前は、北区で隠れていてな、非常に非常にうっとうしかったのだ」
お兄さんの思い出の中の北区は、大変だったらしい。
確かに、沙漠とかに行かなくても、そこに助言をくれる人がいるって知られたら、大挙して押し寄せそうだよな。沙漠にいたってしょっちゅう人が来たわけだし。
あ、そう言えば人間ばっかり来てたよな……
他の種族が助言を求めてくるのを、見た事が無いような。
どういう事なんだろう、と思って聞く事にした。
「お兄さん、助言を与える事もある隠者だけど、今まで人間しか来なかったのはなんで?」
「隠者なんぞに助言を求めるくらいなら、賢者に助言をもらった方が確実だと、ほかの種族はよく分かっているからだ」
きっぱりとした口調で、断言した事の後に続いたのは。
「わざわざどこにいるのかも、何を考えているのかもわからない相手に、助言を求めるような危ない事を、ほかの種族はしないというだけだ」
ごくごく普通の事でしかなかった。




