転居=当面はそれでしのぐしかない。
一瞬だけ命が無くなる気がしたものの、おれの感覚や経験はそれ位では命を手放さなかったらしい。体を覆うデュエルシールドは耐火の性能も抜群だったらしい。
すっぽり覆っておれを守ったわけだ。
さらに家の造りが木造で、沙漠の家としてよくある軽さだったのも幸いだった。
なんとかしゃがみ込んだ体勢から、立ち上がれば。
無事……とはいいがたいかもしれないけれども、家の残骸から出る事が出来たわけだ。
高機能な外套と頼もしいデュエルシールドのおかげで助かったわけだ、ああよかった。
そしてその頃にはもう、令嬢たちは姿をくらましていたのだ。
相手の気配がどこにも感じられないのを、しっかり判断してから火の粉を払う。
「えらい目に遭った……お兄さんは大丈夫かな……」
「大丈夫も何も、ここにいるが」
「えっ」
火の粉を払いながらのつぶやきに答えたのは、聞き慣れた声だった。
そっちを見ればお兄さんも、結構乱雑な調子で火の粉を自分から払い落としていた。
「まさかあんなものを取り出してくるとは、過激もいい所だ、子犬、怪我はないか?」
「お兄さん連れて行かれたんじゃないの」
「あの程度の事で身の自由を奪われるわけがないだろう。手を握られた瞬間に幻覚を見せて、傀儡一つで騙しとおせる」
煤が目に入ったのか、少し涙目のお兄さんは自信ありげにそう言った。
そしてとても残念そうな顔で、燃えていく家を見つめる。
「この家もかなり気に入っていたのだがな。こう跡形もなく燃やされてはこまったものだ」
そこまで言ってから、おれの腕をつかみ引き寄せて、上から下まで検分する。
「大した怪我もなさそうだ、お前は本当に運がいい。あの体液の引き起こす爆発は、相当始末が悪い時があるからな」
すすけた頬に触る手は、やっぱりいつものお兄さんと同じだけ優しかった。
「アシュレにでも行くか。ここに長居をしていれば、もしかしたら目のいい輩に気付かれてしまう。……すでにここが燃え尽きた事で、作り上げた浄化の回路が乱れてしまった」
言いつつお兄さんが、おれの手を取って歩き始めた。
「どこの宿を紹介してもらうか、そこが悩みどころか」
悩んでいなさそうなのに、お兄さんはそんな事を口にしていた。
おれはお兄さんの手を握りながら、騙されたあの令嬢が、そう簡単にあきらめる性格じゃないだろう、となんとなく感じていた。
冒険者は困った時に、街のギルドを頼る。お兄さんも一応そのくくりの中にいるのか、目指したのはギルドだった。
マイクおじさんが今日も暇そうに受付をしていたから、二人でそこに行く。
「やれどうした、凡骨に隠者殿。なんかすすけてないか?」
「困り果てた事に、公国の令嬢に家を爆破されてしまってなぁ」
マイクおじさんがこの言葉にたっぷり五秒は固まった。
何を言われたのか理解できなかったんだろう。
だってお兄さんのような人の家を、爆破だもの。
普通は考え難いだろう。
「まじで?」
信憑性を確認したくなるのもわからないでもない。
だがおれも事実だから頷いた。
「そうなんだよ、マイクおじさん。すごい過激なお嬢さんでさ、お兄さんが一緒に来ないって分かるや否や、無茶苦茶したんだ」
「沙漠の聖者の家だぞ、砂の神殿に知られてみろ、大騒ぎだ……というかかっこくにちらばっている神殿に知られれば大問題だぞ」
「でも吹っ飛ばされたものは、吹っ飛ばされたんだぜ。マイクおじさん、しばらく滞在できるような住居紹介できない?」
蒼褪めているのか青白くなっているのか、微妙な顔のマイクおじさんがそれでも仕事をしてくれた。
「住居を追い出された相手の手配はよくあるんだが……あまりにもずさんな計画の人さらいの令嬢だな……とりあえずの宿の紹介状は用意できた」
差し出された書類。これがあれば宿に長期滞在できる。
お兄さんは壁一面に張り出されている、怪しいのから楽なのから、玉石混合の依頼を眺めていた。
「マイク、公国の内情を知っていそうな情報売りは誰が一番だ」
眺めていたお兄さんが、こっちを見て問いかけてくる。
何か思うところがあるようだ。あのお嬢さんも何か色々言っていたから、そこの情報を手に入れたいのかもしれない。
「胡蝶のが詳しいだろう、あいつは東の事をよく手に入れるからな」
「胡蝶のは同じ家にまだいるのか」
「目くらましは一層磨きがかかってるけどな」
どうやら情報売りの、胡蝶という二つ名の人に聞く事になったらしい。
宿の確保もできたから、さっそくそこを訪ねるのかなと、思いつつおれは話し込み始めたマイクおじさんとお兄さんの近くで、素材を売る事にした。




