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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
第一章 いかにして盾師は隠者の犬となり、元の仲間と決別したか
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結末=あるいは新たな問題ごとの始まり

おれが心底そう思って言えば、お兄さんはからからと笑った。


「その点私は非常に運がいい」


「え」


運がいいって何を言い出すんだろう、と思っていれば。


「子犬がそういう風だったからこそ、今があるのだ。これを巡り合わせというのだろう」


おれを拾った事がとても運がよかった、みたいなことを言い出した。


「その場合、私はあのクズどもに感謝しなければならないのかもしれないな」


「感謝ってしないでくださいよ」


あいつらに感謝なんていやだ。

おれの顔が膨れたっていうのに、お兄さんは続ける。


「あの日あの時あの場所にいなければ」


何を続けるんだろう。言葉の続きを待つと。


「私たちは見知らない他人のままだったと思えば。こうしているのはお互いに、運がよかったといえるだろう」


つないだ手を放し、お兄さんがおれの頭を撫でた。


「私の子犬、そうでなければ人生という物は面白みがない」


「……」


「幸運なだけの人生などない。不幸しかない人生もない。どこかで、どこかで幸せだと思い、何処かで不幸だと感じる。他者の眼にどう映っていてもな」


あ、遠い。

その言葉を聞いた時のおれの気持ちを、何て言ったらいいんだろう。

お兄さんは元々、おれの考え方とは違う物でものを考えている。

だから、考えが違うなんて思うのはいまさらのはずなのに。

お兄さんの中の何か、魂とでも言うのか、それがおれが考えられない位に、遠い場所に取り残されているような気分になった。

お兄さんはどこかに、大事な物を置いて行ったんじゃないか。

一瞬よぎった考えはちょっと失礼で、おれはその事は言わなかった。

ただ。


「じゃあ、お兄さんの眼から見て、今のおれは幸せそう?」


冗談めかして聞いてみた。それ位しかできなかったから。


「馬鹿だな」


お兄さんは一言そう言って、それ以上言わなかった。

それが答えなんだって、おれでもわかった事だった。


「肉と魚と豆と、お兄さん何が食べたい?」


「最近は豆を切らしてばかりだったから、豆がいい」


「それじゃあ、豆を買いましょう」


市場に行くまで、そんな会話を続けていた。

おれはその会話が幸せだって思った。

このささやかさが、他愛もなさが、幸せの一つだと、今のおれはよくわかる。

母さんと父さんが、二人で過ごした時もこんな風に、他愛ない事を幸せだと思ったんだろうか。

方向性は違うかもしれないけれど、そんな事すら感じたくらいだった。



数週間後に、家に届いた手紙をお兄さんがざっと眺める。


「あいつらはギルドからの追放。大陸のギルド全域に通達が回ったそうだ。混血云々の前に、仲間をそう言って使いつぶす輩は、問題だからだと。さらにアシュレは帝国に対して、こんな輩を勇者としてよこすなど、といって怒り心頭で厳重抗議をしているそうだ」


「シャリアは? あいつも最後には捨てられたわけだけど」


「あの子供か? は更生の余地があると判断されたそうだ。ララの預かりとして修業させるらしい。もともと体が弱い事もあって、ララが気にかけていた事も大きいだろう。ララは常識破りだからな、新しすぎる世界を、日々見せられて、考え方の矮小さを知らされるだろうな、あの子供は」


お姉ちゃんとよんだあいつが、そういう扱いになってよかったと思う。

でも。


「シャリアもギルドメンバーじゃなくなったの」


「ギルドからはな。けじめという奴だ。ただし再教育という事でましらしい」


ひらひらと手紙を振るお兄さん。

そして。


「俺の処罰は」


「厳重注意で終わるな。お前は私の所の子犬だ。これからは他人に相談する事も覚えたまえ」


おれの処罰がとても甘い気がしたけれど、それで終わりならそれでいいや。

痛いのが好きなわけじゃないから。

お兄さんは手紙を机の引き出しにしまって、ごろりと寝台のクッションに背中を預けた。

そして最近手に入れた巻物を読み始めた。

こうなるとお兄さんは、話しかけても返事がない。聞いてない。

おれも家の事が終わったから、外に出て四阿に座った。

今日は道具袋の整理だ。

色々突っ込み過ぎた結果、おれの袋は混沌状態だから。

何が出て来るかわからない位だから、しっかり整理して、物が見つからないという事が無いようにしなければ。


『なあ相方。お前さんは珍しいよな』


「なんで」


『文字も読めない、言葉もわからない、でもおいらたちを使役できる』


「お前たちが集合体で、自分の意志を持っていて、おれと会話ができるからだろ」


賢い魔獣と同じようなものだろ、それを言ったらと考えて言えば。


『そういうものかねぇ』


呪いの本はそう言って、おれの脇で日向ぼっこをし始めた。劣化はしないらしい。さすが呪いの本の集合体なだけある。

もぞりと袋に入り、おれは何度整理しても物が山のように崩れてくる、そんな自分の袋に溜息をついた。

ひたすらにいるものいらない物をより分けて行けば、なんだか外が騒がしい。

道具袋から出てくれば、境界線の白線の手前で、人が一人癇癪を起していた。


「何で入れないのよ!」


気の強そうな美女である。なんだか背後には複数の護衛らしき人まで従えている。

客人かな、お兄さんが外の騒ぎに気付いていないという事は、まだ巻物に熱中しているという事であり、邪魔されるのを嫌がるという事だ。

お帰りいただこう。


「ちょっとそこのお姉ちゃん。今は相手が出来ませんよ」


境界線の所で、彼女に話しかけてやっと、彼女はおれに気付いたらしい。どんだけ鈍感なんだよ。

彼女は上から下までこっちを見て、鼻で笑った。


「あなたにそんな事を判断する権限がありまして? 私はカルロス様の婚約者なのよ!」


「いや、カルロス様誰それ。人間違いじゃない? 最近人間違いの案件多いなあ」


おれの返答に、相手は苛立ったらしい。

境界線のない場所を見つけて、入ってこようとする。

おれはそこで彼女を押しとどめながら、続ける。


「カルロス様なんて人はここにいないから、お帰り下さい。道中魔物が出て大変だったかもしれないけど、護衛がいるなら大丈夫でしょう」


そんな事を言ったのは、彼女が砂原に合わない衣装に身を包み、華奢な日傘をさしていたから。

護衛は何処かくたびれていたけれども、まあ自分たちで受けた何かだろうから、おれに責任はない。


「うるさいわね、カルロス様がここにいるのはもう分かっているのよ! 隠し立てなんてしたら、私の父に言いつけますわよ」


「あなた誰だか知らないし、あなたの父親なんだか知らないし、脅迫ならもっと効果があるもの選んできな、お嬢さん」


呪いの本がぶぐぶぐと笑っている。ツボに入ったな、お前……

しかしおれの言葉は、お嬢さんを不愉快にさせたらしい。


「あなた、そこの子供を抑え込んでいてちょうだい、カルロス様が従者を使って私を拒むなら……乗り込むまでだわ」


その命令を聞いた護衛が、おれを掴もうとする。

おれはその手をひっぱたく。結構な音がして、護衛の顔が痛みに歪んだ。


「っ……!?」


「おれ見た目以上に馬鹿力だから。護衛さんたち三人がかりでも、おれを動かせないよ」


言わなくても済む事を、先に手を出したのお前たちだからな、という心で言えば。

彼女が癇癪を起したのか、目を吊り上げておれを指さした。


「なんて生意気な少年なの! 私に口答えなんて百年早いわ!」


「いやおれ女だよ?」


この反論はよくなかったらしい。彼女は目を見開いた後、目いっぱいの怒りを瞳にたたえたのだ。


「はっ……!? 貴女なのね、私のカルロス様を奪った泥棒猫は!?」


「猫に失礼じゃないかその言い方?」


泥棒猫なんて言い方、初めて聞いたからそう言えば。

彼女は傘でおれを殴ってきた。え、結構乱暴なんだな、あんた。

おれはといえば、こんな細腕のお嬢さんの動きなんて止まって見えるような物だから、片手で傘を掴んで止めた。なんか握りつぶしたけど。


「素直に叩かれる義務があるわ! 私の婚約者に取り入るなら!」


「そこの前提どんだけ間違ってんだよ……」


話が通じねえな、お兄さんが溜息を吐きそうな客人だ。

呪いの本で目くらましでもさせっかな、と思った矢先だ。


「子犬、子犬。面白い調合が書かれていた、一緒にやろう」


扉を開けて、お兄さんが姿を現したのであった。

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