他方=幼い魔法使いの後悔
だってとシャリアは言い訳をしようとする。
そんな物ここでは意味をなさないというのに。
だって気付かなかったのだもの。
埃まみれの家でせき込み、ぜんそくのような状態を続けるシャリアは、それでも仲間たちとともにフィールドを進んでいく。
知らなかったんだもの。
家はきれいなのが当たり前で、毎日おいしいご飯が出て来るのが当たり前で、苛立ったらそのいら立ちをぶつける相手がいるのが、当たり前だったのだもの。
シャリアは術を展開しようとする。
だが弱った体は術の負荷に耐え切れなくなり、術はがたがたと輪郭線をぼかす。
魔物たちはひしめき、苛立った声を隠しもしなくなったアリーズが言う。
「シャリア、たかだか火球の術程度で何をそんなに遅くしているんだ!」
「シャリア、この沙漠で火球の術よりも氷弾の術の方が効果があるでしょう? 何を間違えているの!」
「能無し!」
アリーズに続き術の形式を見たマーサがこれまた、苛立った声で言う。
今まで盾師に向けられてきていた、能無しという言葉を投げつけてきたのは、魔物を蹴り飛ばしているミシェルだった。
だがシャリアにだって言い分があるのだ。
自分には今、氷弾の術を使うだけの体力が残されていないのだ。
頭はふらふら、水を求めて思考はおぼつかなくなり、なんだか手足も冷えて来ているのだ。
これが危ないのだとどこかでわかっていたのだが、シャリアは皆の補助になるために自分の体調不良を押し隠す。
元々ここしばらく、せき込んで息が苦しくて、眠れていないのだ。
そのため、周辺の気候に合わない術を展開するのが、恐ろしく難しかった。
だがシャリアはそれを言わない。
火球の術を何とか完成させて、今回の魔物の、首魁級の奴に叩き込む。
元々シャリアは術の威力が尋常ではないために、このチームに加入した魔法使いだった。
首魁級の奴はいきなりの高温に、肩を焼け焦がす。
しかし致命傷には至らず、相手も相手、部下級に回復術を使わせて、焦げた体を再生してしまう。
守ってくれる相手のいない状態で、長い呪文を唱えるのはあまりにも無防備だった。
シャリアは引きつりながら、苦しみながら、もう一度、と火球の術を行おうとする。
だが。
一気に迫ってきた魔物の一匹が、彼女に狙いを定めた。
「あ……」
全ての事がとても遅く感じられた。迫って来る魔物の武器、逃げられない自分の体、せりあがってくる死の恐怖。
何もかもが遅くなる中、シャリアはこういう時にいつも間に入っていた盾師を思った。
こういう時。
不敵に笑って、間に入って、相手をその重たいデュエルシールドで薙ぎ払い、彼女を振り返る人がいた。
『大丈夫か、術を完成させる事に集中しろよ? シャリアの前に来るのは全部、おれが何とかしてやるから!』
どんな戦況でも不敵に笑う人だった。
その笑顔に安心した、その強さに安堵した。それに甘えて、それを頼りにし、長い呪文を唱えたのだ。
だがその盾師はどこにもいない。
シャリアが追い出したのだから。
いいや、皆で追い出したのだ。捨てたのだ。
いらない物だと、役立たずだと。
それどころか、自分たちの足を引っ張る出来損ないだと、粗大ごみ置き場に捨てたのだ。
あの笑顔を裏切った。
シャリアは迫って来る爪を見ながら、何度目になるかわからない後悔をした。
だってシャリアは、本当は。
あの笑顔が好きだった。
だからアリーズが、あの笑顔の持ち主をオーガとの混血だと聞きだした時に、裏切られたと感じて、衝撃を受けて、好きだった裏返しのように憎んだのだ。
憎んで、ほかの皆が彼女を痛めつけるのを見ていた。止めようともしなかった。
ひどい言葉を投げつけた。
でも。
彼女はいつも笑っていて、しょうがないなと笑っていて。
だから一層言葉がひどくなったのだ。余計に腹立たしくて、自分の言葉が意味をなさないのがむしゃくしゃした。
本当は。
隠さないでいてほしかった。自分にだけは内緒にしてほしくなかったのだ。
爪が少女の体を無残に切り裂く、ほかの仲間は手一杯でシャリアを助けに入れない。
命は流れて砂の中に吸い込まれていく。
「おねえちゃん」
シャリアは、盾師がオーガとの混血だと知る前まで呼んでいた名称を、血を吐きながら呟いた。
「ごめんね……」
遥かに年下のシャリアに、すごいと純粋に賞賛を向け、打算なしに仲間になる事を喜んでくれた人は、もうどこにもいない。
ミッションを受けない日に、洗濯の傍ら焼き菓子を焼いてくれた人も、家じゅうをピカピカにしてくれていた人も、怖い夢を見た時に、面白し話をして慰めてくれた人も、もう、いないのだ。
自分がばかだったから。
遠のく意識の中、シャリアは最後になんとかして、おねえちゃんの笑顔を思い浮かべようとした。
口元を思い出すのがやっとで、意識が無くなった。




