突入(7)=作戦はきちんと確認してから。
そしていよいよ結婚式数日前まで来た。
おれはこの日のために入念に準備を重ね、お兄さんと食い違いが出ないようにし続けた。
「子犬、あまり気負い過ぎると失敗するぞ」
「大丈夫ですよ、最低婚約者を懲らしめるっていう面白い現場を作れるってのが、楽しみなだけで」
おれたちはこの日のために、一週間前から帝都に入っていた。
表向きは結婚式の見物として、やや遠い所の住人がやってきたという姿勢。
裏は結婚式をぶち壊すっていう目的がある。
「しかしさすが帝都、なかなかの防御結界が作られている物だと、ここにきて度々思うな」
お兄さんが宿の窓辺で言う。おれには見えない結界は、お兄さんみたいな知識のある人には色々な情報を見せるらしい。
結界がどれくらい強いのかとかも、お兄さんくらいになればオミトオシらしい。
すげえなお兄さん、とまた感心していれば、手招きされる。
それにちょこちょこと近づけば、お兄さんがおれを抱え込む。
この準備期間で変わったのは、お兄さんがちょっとやりすぎなくらい、おれを手の届くところにいさせたがるって事か。
あんないきなりいなくなった事が、かなりこたえてしまったらしい。
それに対しては、本当に、申し訳ない。
砂の賢者に真偽を問いただそうにも、彼女もこの結婚式に祝福を授けるために、帝都入りしていて会えないままだし。
いまだに、なぜおれの事が、お兄さんの所に回らなかったのかは不明だ。
そこに何かの思惑があるんだろうけれど、おれはなんとも推測できない。
だって情報が足りなさすぎるんだもの。
おれは抱え込まれながら、お兄さんの呼吸がうなじにかかるのを許容している。
こうやってすっぽりと、抱え込まれる体格差はちょっと、オーガとの混血としては切ないものがあるものの、この事実は秘密にしているから言えないし。
お兄さんの精神安定に必要なら、番犬はそれをするわけだ。
必要ならするだけである。
ふっとお兄さんの顔が動いたと思えば、おれのこめかみに唇が落ちる。
そんなにぺたぺた触らなくても、おれは消えたりしないと思うのに、お兄さんは触れる事を止めたりしないのだ。
「お兄さん、くすぐったいですよ」
「こうして印をいくつもつけておかなければ、子犬がどこかで変な物に目をつけられてしまうだろう?」
笑いながら言えば、お兄さんはこうやって返す。キスは印をつけるらしい。
そして印がついていれば、変な物に目を付けられないらしい。
……たぶん魔術的な何かを、お兄さんはおれにかけているんだろう。
俺に害がない程度に。
「さて、お兄さん、明日の確認をしましょうか」
おれはお兄さんの膝の上で、明日、つまり結婚式当日にやる事を確認する。
「明日おれは、大聖堂にお兄さんが来るっていう手紙を届ける。結婚式が始まって、いい所でお兄さんが大聖堂に現れる。それで結婚するルヴィー達に、沙漠の隠者の祝福を与える。っていうのが流れですよね」
「そうだ。その祝福が、本当は祝福だが、最低な人間には大変な呪いになるというだけだ」
「そしておれは、それを見計らってそいつがあっちこっちにつけていた請求書の写しってやつをもって、代表として支払いを求めるってわけですよね」
「ああ、……面白いだろうな、何しろ他人のふりをして金を使い、その他人とは全く違う筆跡を使って、商人たちが代金を請求できないようにし続けていたやつだ。そしてその筆跡は」
「最低野郎の筆跡そのものなわけですからね。詐称とかで色々出来ますよ。そしてそんな醜聞を持っている男のせいで、結婚式はぶち壊し。大騒ぎになったあたりでお兄さんが、そいつが誰の姿をとっていたのかを明らかにして、さらに騒ぎを大きくする。最低野郎の暴走を止めなかった友人も、最低野郎も、似たような最低っていう事を露見させるっていうの、結構派手ですよね、帝王に睨まれませんか」
「帝王は潔白な部分がある。そしてこう言った事が露見すれば、たとえ結婚させても、諸国の王侯貴族たちの見る目も変わる。あいつは人を見る目もないやつだとな。そして帝王にとってはそれは大きいものだ。結婚の誓約書に署名する前に、この大騒ぎを起こすのが一番だ」
睨まれたくないと言いつつ、やる事の派手なお兄さんだった。
この度の計画でわかったのは、お兄さんが婚約者に対して不誠実な奴が大嫌いという、新たな側面である。
……お兄さんも実はいたのかな、隠者になる前に、そんな人。
そしてその人に裏切られたのかな、と思ってしまうのは、おれの邪推でしかないのだけれどもな。
お兄さんはおれのお腹に腕を回して、おれの肩に顎を乗せて、言う。
「とにかく、一番は子犬の友人が結婚しないようにする事だ。それも誰の眼にも明らかに、彼女が被害者だという事が分かるような方法でな」
お兄さんはくつくつと笑う。
「祝福は呪いと紙一重。そんな物を目の当たりにする事になる輩は、それを一層心に刻み込むだろうしな」
ちらっと見ると、呪いの本も同意するように動いていた。呪いって祝福と紙一重なのかな、後で聞いてみよう。
餅は餅屋、呪いの事は呪いの本に聞くに限るのだから。
帝王の三女の結婚式、それもさらわれた事のある悲劇の姫君の結婚式ともなれば、明け方から帝都はざわめくのだ。
朝早くに起きたおれも、そのざわめきで目を覚ましたような物。
入念にお兄さんの手紙を確認して、床に広げていたものを道具袋に入れていく。
必要にならない方がいい物もあるが、大事な物も多いのだ。
お兄さんは、帝都入りしてから頭に被らなかったあの、お兄さんが何者なのか明白にする頭覆いをつけている。
「お兄さんも早起きですね」
「そうだな、子犬より先に起きてしまったから、食事は買ってきておいた」
「じゃあいただきます」
示されたのは肉と野菜を挟んだパンであり、沙漠では食べられない食べ物だ。
朝からがっつりと言われるかもしれないが、パンはふかふかというよりももっちりしていて、しゃきっとした葉野菜とぽりっとするウリ科野菜と、甘さや酸っぱさを調整する赤い果実を挟んで、肉はしっかり鉄板で焼いて皮目を香ばしくした鳥の組み合わせなんて、おれ滅多にないご馳走である。
こんな物食べられるうちに食べておかなかったら、すごく後悔するに違いないのだ。
そしておれは今日も大忙しなのだから、しっかり栄養を補給しなかったら動けない。
二つも食べれば、お兄さんが笑う。
「朝からよく食べる」
「食べられる時に食べておくのが、冒険者の基本ですよお兄さん」
「そうだな。いつ食べ物にありつけるか、分からないからな」
お兄さんはすでに食べ終わっていて、温かいお茶を飲んでいる。
風味が、沙漠の奴とは大違いだし、砂糖も入れないから甘くない。
なんとなく、渋い匂いなのはおれの気のせいか。
口に入れたら本当に渋くて、飲み込むのに苦労してしまった。
「これなんですか」
「帝都では一般的な紅茶というお茶だ、苦いだろう」
「渋いし苦いし美味しくないです」
「飲み慣れれば病みつきになる。だがこれは淹れ方が下手だから一層不味いのは事実だな」
……平然としているお兄さんは、きっと飲み慣れるほど飲んでいるんだろう。
それが、おれの知らないお兄さんの過去を見せる気がした。
そんな干渉をすぐに振り払って、言う。
「さて、まずは大聖堂にお使いに行ってきますね」
ひょいと窓枠に足をかけて、周囲の人目がないの確認し、おれは隣の屋根に音を立てないで飛び移った。
この帝都は、平らな屋根が多くて、洗濯物干し場にしている人が多い。
だから三角屋根とかのように、滑り落ちる心配が少なくて、飛び移るのも楽しかった。
行ってきますと手を振れば、お兄さんも手を振り返してくれた。
さて、お兄さんの期待に応えるとしますか。




